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第五十九話 夢

「カノン!!」


 目の前でバーンがもう一度叫ぶ。


「お前、なんで!? どうして最後に手を抜いた!?」


 やっぱり波導を止めたの、バレてた。

 全身が激痛に苛まれる。体が焼けるように熱い。それでも、私は、全部バーンに話さないといけない。


「ねぇ、バーン。ちょっと長くなるけどさ、私の話、聞いてくれる?」


「ああ……。もちろん」


「私たちさ、『ACE』の実験施設で魔獣核を埋め込まれたでしょ? 貴方に埋め込まれた核の能力は、波導と力を失う代わりに死から蘇る、というもの。それでね、私と貴方の魔獣核は、ある一匹の魔獣から取り出された一対の核。その能力は正反対。わかる? 私の魔獣核の能力は――


 自分の命を犠牲にして波導と力を授ける」



「じゃあ、カノンは。まさか、死んで、俺に……? だから、波導をーー」


「うん、そう。戦う前に貴方に話したら、多分止められちゃうから。私と貴方がただ組むだけじゃ『王』には勝てない。でも、貴方なら、きっと」


 私が魔獣核を通して与えた力は本来の性能より上がることが、なんとなく分かってしまう。今や身体の一部となった核についてはよく知っているから。


「でも、それじゃあ! カノンは……!」


「ごめんね、バーン。私はいっつも貴方に迷惑かけて、悲しませてばっかり。だけどね、貴方には生きていて欲しいから。幸せになって欲しいから。私が、貴方の隣にいないとしても」


 雨が降り始めた。私の頬に水滴が垂れる。

 バーンが私の手を掴む。立派に成長しているのに、どこか懐かしい感触。


「貴方に手を握られるのは、あの日以来かな。本当に、ごめんね」




 私がバーンを刺したあの別れの日。


 その前日、私は『王』と黒服の会話を聞いてしまった。


「カノン・グラキエスの経過は良好。まったく問題はありません。ですが……」


「バーンモルトの方だね。彼の核に対する適合、当初よりかなり低くなっている。あまりよくないね。このまま実験を続けて暴走されたら逸材であるカノンに傷がつくかもだしねぇ。廃棄しようか、彼」


「分かりました。明日の朝にでも」


 最後は賭けだった。崖下に川が流れているのは知っていたから、バーンごと魔獣核を刺し、氷で止血して突き落とした。結果としてバーンは生き残ったけれど、もっと上手く逃がせたかもしれない。私は、未熟過ぎた。





「カノン、カノン!」


 バーンの声が聞こえる。その声はだんだん小さくなっていく。

 必死に私を生かそうとするバーンの手を止め、心臓に埋め込まれた魔獣核の能力を発動する。私が力を授けられるのは、私の死因となったうちの一人だけ。


「バーン、約束してね。私のぶんまで、幸せに生きるって」


 雨と涙で顔を濡らすバーン。貴方にはもう、仲間がいる。隣に立ってくれる人たちが、背中合わせで戦える味方がいる。

 私も、本当はその一人になりたかったけれど。この最期でいいんだ。


 これが、私の人生だ。




 でも、もし。もっと違う世界だったら、私は貴方と、もっと一緒に……。






「カノン!! カ、ノン……」


 カノンが俺の手を握ったまま目を閉じる。全身に火傷を負い、呼吸の音はもう聞こえない。彼女の口は動かない。聞こえるのは雨の音と、頭の中で反響する最期の言葉。


「どうして、お前は……! 俺は、まだ何も言えてないのに! 聞きたいことだって、まだ、たくさん……!」


 できないことばかりだ。やりきれない思いだけが積み重なる。

 神経を巡るカノンから託された波導。妙な心地よさが、自分の無力感と相まって心底不快だった。




 どれだけの時間が経ったのか。雨が止み、日が照り始めた。

 はっきりと目に映る、カノンの顔。安らかで幸せそうな、どこか悔しそうな、なんとも言えない表情。


 俺は、進むしかない。託されたのだから、生きるほかない。俺自身が、この生を謳歌したい。だから、『王』を打ち倒す。


「行ってくる。安らかに眠れ、カノン」


 カノンの体に灰を覆い被せ、瓦礫の側に残っていた小さな淡い紫の花を添える。最後に一度だけ振り返って、俺はその場を後にした。


 向かう先はクレール王国のさらに南側。『王』が向かった場所は大陸最大級の『導脈』の噴出口のはずだ。奴はそこで大量の星の波導を吸収する、そんなことを言っていた。




 辿り着いたその場所に、紫色のローブを羽織った男が立っている。既に吸収し終えていたか。向こうも俺に気づいて振り向いた。


「どうして君がここにいるのかな? バーンモルト。君には眠ってもらっていたはずなんだが」


「脱出してきたんだよ。『ACE』ももう終わりだ。お前の野望は今日で終わりだ」


「く、くくっ! あはははは!! 終わり? 私(・)の野望が? 笑わせてくれるね、バーンモルト。むしろ今日、ボ(・)ク(・)の願いは叶う。見えるかい、バーンモルト。このあ(・)た(・)し(・)の身体が!」


 そう言って『王』がローブを脱ぎ捨てる。初めて見た、『王』の素顔。

 黒色の短髪に白い右の瞳。顔の左側には様々な色の六つの目があり、肌は緑色の鱗で覆われている。まさに異形と言うべき顔面に加え、皮膚の一部も鱗や骨のようなものになっており、


「とても人間とは思えないな。竜人に鱗はあっても目はそんなにないぞ」


「いい勘だ。事実、私(・)は人間ではないからね。最初の人類が発生する以前、この星が理想の生命として産み落とした存在にして、ヒトを存続させるという使命を背負った者――

 それが我(・)だ」


「ヒトを存続させる? ああ、なんか人類を進化させるだなんだ言ってたか。それがどんなことだろうと、お前がアヴァリティアスを襲ったのは変わらない。俺と、カノンと、『障壁を越える者(スヴェラトール)』だって散々な目に遭ってんだ。これからもそんな人を増やそうってんなら、二度と立ち上がれないようにする。それだけだ」


「君はそれでいい。我(・)も君はここで倒しておこうと思っていたよ。君には是非私とともに未来を迎えて欲しいんだ。

 この星が死ぬまで生き続ける、新たな人類としてね。

 けれど君はボ(・)ク(・)の説得に応じるような人間ではない。なら、力で従わせるのみだろう?」


「星が死ぬまで生き続ける、新たな人類? その誕生がお前の目的か?」


「まあ、そういうことになるね。一つ、教えておこうか。そのプロトタイプはもう既に何体も存在している。分かるね? 君たちのことだよ」


「俺たち……」


 俺やカノン、『障壁を越える者』のメンバーのことだろう。だとすれば、コイツの目的は、


「私(・)はね、生まれて以降ずっと探し続けてきた。ヒトという種が滅びない方法を。何万年もかけてようやく分かった。その方法をとれば、少なくともこの星が終わるまでヒトは生き残り続ける。バーンモルト、我(・)の悲願、追い続けてきた夢。


 それは、人類と魔獣を、つまりヒトとこの星を、一体化させることだ!」

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