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第四十話 灰と炎と雷と 2

 俺の前に立つシエルが話しかけてくる。


「ボロボロですね。あなたのこんな姿は見たことがありませんでした。立てますか?」


「ハア、コホっ。ああ、なんとか。助かったぜ、シエル」


「どういたしまして、バーンさん。私が時間を稼ぎます。その傷、応急処置をしておいてください。私一人では不安ですから」


「珍しく自信なさげだな。でも俺も弟子を失いたくはない。すぐに戻る」


 シエルにそう言ってアンとザイルのもとへ向かう。ザイルが波導術を発動して救急キットを取り出す。

 ザイルから簡易的な治療を受けていると、


「申し訳ない、ミスター・バーン。私たちは何もできず……」


「流石にちょっと波導と体力を使い過ぎちゃったッス」


 悔しげに話す二人。大規模な波導術や空間に干渉するタイプでは仕方のないことだ。


「いや、二人がいなかったら死んでいた。ありがとう。もう行けるか?」


「あと一分で終わらせます。あくまで簡単な治療なので、同じところに攻撃を受けないよう気をつけてください」


「おう」


 返事をして数十秒後、治療が終わりザイルが波導術を解く。



 元の世界、元の空間に戻る。少し離れた場所でバキラとシエルが激闘を繰り広げていた。

 空中を走る無数の電撃。

 宙に浮いた建物の瓦礫。

 それぞれが衝突しては消滅していく。雷と瓦礫に囲われた中心ではシエルとバキラの高速近接戦闘。

 "電理眼"と電気による身体活性を最大限利用するシエルと"完全掌握"により理論上最高の動きをするバキラ。

 お互いの決定打は炸裂していないが、互角ではない。


「若干シエルが押されてるな」


 シエルの防御の回数が増えてきた。得意なはずのカウンターを放つ隙もない。早く参戦しないとまずいが、俺が手を出すタイミングがない。


「まだ多少なら『糸』は出せるッスよ。空中歩行の方も使えるッス」


「私もあと三回ほどなら波導術を使えます。手を打ちますか?」


 アンとザイルが提案してくる。


「じゃあ、二人にはサポートを頼む。俺が言った通りにやってくれ。まずはアン、足場を」


「了解ッス!」


 周囲の建物どうしの間に糸が張られ足場が出来上がる。俺とザイルは糸の上を跳ねながらシエルとバキラの頭上まで移動する。俺たちに気づいているバキラだが、シエルとの戦闘でそれどころではないのだろう。何もしてくる気配はない。


「ザイル、飛び降りるぞ。波導術のタイミングは任せる」


「ええ、分かりました」


 糸から降りてバキラとシエルを囲う電撃と瓦礫のもとへ落ちていき、ぶつかる直前にザイルが、


「"隔絶現世(ノーゲート)"!」


 隔絶したのは電流と瓦礫。覆いを失った二人の間合いに着地する。右手に掴んだ剣を構え、俺とシエルでバキラを挟み撃ちにする。バキラは地面に手をついて、


「戻ってきたか。逃げれば少しは長生きできたというのに」




 突如、バキラが消えた。予備動作などなかった。


「一体どこに……」


 シエルが呟く。

 電理眼で捉えられないというのなら、


「シエル! 下だ!!」


 地面が浮き上がる。シエルの足下に亀裂が入り地下から大量の土とコンクリートが吹き出す。先ほどまでバキラがいた場所には縦穴が空いていた。


「バキラは地下だ。地面を操作して陥没させやがった!」


「なるほど、どうりで電気信号が見えないはずです。おっと危ない」


 地面が揺れては崩れ、滅茶苦茶になっていく。建物が浮き沈みし、既に街の原型など残っていない。


「バーンさん! 後ろ!!」


 シエルが叫んだ。振り返ると、ものすごいスピードでビルが飛んできていた。


「ふっ!」


 斬撃で真っ二つにして軌道を逸らす。しかし、


「つっ、またかよ」


 切断されたビルが俺のところへ戻ってきていた。バキラが操作しているのだろう。

 灰外殻でビルを突き刺し、炎と熱を送って爆発させることでようやく止まった。

 シエルのもとへも何棟かのビルが飛来している。

 雷撃で粉々に砕いて対処するシエルだったが、突然その動きが止まった。


「シエル? おい、どうし――」



 シエルの背中にナイフが突き刺さっていた。

 さらに、高速で突っ込むビルが直撃し吹き飛ばされていく。


「シエル!!」


「他人(ひと)の心配をしている場合かね?」


 背後から声がした。振り返りながら距離をとった。


 そのはずが、なぜか俺の前に立っている。バキラは足を動かしていなかった。ただ右手に握ったナイフを振りかぶっただけだ。


「なっ!? うおっ!」


 投げられたナイフをなんとか弾く。気づけば、バキラは既に俺の右側に回っている。ありえない速さ、訳が分からない動きだ。

 拳を灰外殻で受け止める。灰がバラバラに散りながらもギリギリで躱す。避けたのも束の間蹴りが左肩に直撃して吹き飛ばされ――

 ていない。


「そういうことかよ。厄介だな」


 バキラは地面を動かしている。俺やシエルが動く瞬間に、ピンポイントでその逆方向へと。そうして生じる慣性によって、着地点が動く前と変わっていないのだ。シエルもナイフを避けようとしてコレに引っ掛かったのだろう。


「それは賞賛か? ありがたく受け取っておこう」


 バキラが俺に向かってくる。本人の脚力に加え、地面の移動によりさらに加速している。空気から火が出るほどの速度で放たれるバキラの拳。

 避けることは叶わなかっただろう。俺一人であったなら。




「言ったでしょう? 誰も殺させません、と」


 上空から飛んできたシエル。全身に雷光を纏いながらバキラの拳を踏んで地面にめり込ませる。


「そうか。ならばお前から殺すとしよう!」


 青筋を立て、顔が歪むバキラ。一度俺とシエルから距離をとった直後、再び異常な速度で動き出した。目で追うことすら困難な速さ。それに加えて何棟かの建物や大量の瓦礫が飛んでくる。

 そんななか、シエルは俺に向かって微笑み、


「任せてください、バーンさん。あなたの知らない私の奥義、ご覧にいれましょう」


 飛来するビルと瓦礫。でこぼこになった地面が絶えず動き、バキラの姿は完全に見失ってしまった。

 シエルの金色に光る目が辺りを見渡す。



 一瞬の静寂。



 直後、周囲の建物を破壊しながら特大のビルが飛んでくる。シエルの目がそちらに向いた瞬間、バキラはそこにいた。


 シエルの背後、巨大なビルと挟むように現れた奴は、空気を圧縮させながら超音速の拳を放つ。


 一方のシエルは、


「見えていましたよ、バキラ・オード」



 シエルが両手を合わせる。その周りで波導が渦を巻き、大気が震える。


「"靂(かみのふるめき)"」


 走る閃光。轟く雷鳴。蒼白い光が万物を包み込む。



 目が眩む。衝撃に耐えて目を開くと、バキラの拳は完全に止まっていた。シエルは新たな傷を負うことなく立っている。


 先に動いたのはバキラだった。


 いちはやく地面を動かし、踏み込んで距離を取ろうとする。


「逃がさねぇよ!」


 炎とともに地面を蹴る。両手で掴んだマギア、レヴィン。


 その能力は『世界の重さ』。

 この世界そのものを投影し、内部にもう一つの世界を持っている剣。展開後の重量は世界そのものに等しい。使用者は重さの影響を受けない代わりに、一振り毎に肉体と波導神経に莫大な負担がのし掛かる。今の俺には大きすぎる代償だ。下手すれば死ぬ。それでも、レヴィンの火力が必要だ。


「ぐっ! まだだ! まだ、私はっ!!」


 バキラが地面から大量の土を放出して波導で固めて盾にする。


「終わりだ、バキラぁぁ!!」


 渾身の一撃が防御を破る。

 世界の重さをもつ斬撃が、バキラの全てを打ち砕いた。

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