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第三十九話 完全掌握

 無線機からテルズの声が聞こえる。


『バーン、アン、ザイル。君たちに任せる。他の皆は全員退避してくれ』


 アンとザイルが前に出てきて、他の仲間たちは周囲にバラけながら離れていく。それでも距離が足りないくらいだ。この街のどこにいても巻き込まれる危険がつきまとう。


「気兼ねはないかね? 全力でいかせてもらうとしよう」


 次の瞬間、バキラが消えた。

 凄まじい速さ。目で追うのが精一杯だ。

 一瞬で俺の左側に回り込んだバキラが波導で強化された拳を振り抜く。ヴェルザで受け止めるも、二撃目、三撃目の拳が振るわれる。

 かろうじてヴェルザで受け流しているとアンが空中から『糸』を伸ばしていた。右手の五本の糸でバキラの肉体を切断しにかかるが、糸は空を切り地面を叩く。

 糸を回避したバキラがアンの背後に回り、拳を振りかぶる。そこへ腕を竜化させたザイルが突進して弾き飛ばし、アンが左手の糸をバキラへ伸ばす。

 しかし、バキラは空中で体を捻り、脚を回転させて糸を蹴り返した。


「んなっ! ええ……。人間の動きじゃないッスよ、あれ」


 攻撃を防がれ驚愕するアン。事実、あれは普通の人間の動きではない。後ろへ滑りながら着地するバキラへ炎を纏わせたヴェルザを伸ばす。バキラは強烈な踏み込みによって前進。炎を回避しながら俺に近づいてくる。

 バキラが俺の懐に入り込む直前、


「ほう、やるな。読んでいたか」


 俺の足下から数十本の灰の槍が出現する。

 延長した灰溜まりから槍を発射する。バキラは転がるようにして横に避ける。その先で待ち構えているのはアンの糸。


「"円網(えんもう)・女郎蜘蛛(じょろうぐも)"!」


 アンの手から蜘蛛の巣状に広がる糸。本物とは違い粘着性はないが、触れたものを切り裂く硬度と鋭利さをもっている。

 バキラの前方から迫る蜘蛛の糸。後方には俺が立っている。逃げ場はない。しかし、


「その程度では私には届かない。特にお前は相性が悪かろう」


 バキラの手から数滴の血が垂れる。だが、ついた傷はその浅い切り傷一つのみ。

 糸は、空中で止まっていた。


「いや、まだチャンスですッ!」


 ザイルがバキラへ攻撃を仕掛ける。俺もザイルに続いて炎とともに駆ける。振り抜かれた竜の腕と炎の剣は、バキラへ届く前に防がれた。


 アンの糸によって。


「なっ、なんでっ! 動かしてないのに!」


「なんで、か。私が動かしたのだから当然だ。この驚き様、私の波導術を伝えていないのかね? もしくは思い出せないか? バーンモルト」


「忘れたも何も聞いた覚えがな――」



 いや、まさか。俺がなぜ『ACE』にいたか、どうしてアヴァリティアス騎士団と戦う羽目になったか。



「ははっ、滑稽極まりないなバーンモルト。その身をもって体感したというのに覚えていないとは。

 私の波導術は『完全掌握(マニピュレーター)』。触れた物であればある程度物理法則さえ無視して操れる。生物の場合は少し勝手が違うが」



「お前が俺を操っていた……のか!?」


「その通りだ。生物であっても意識がない状態であれば操れる。お前としては眠っていたようなものだったか?」


「そうか、お前が……! 師匠のこともある……。ここでぶっ殺してやるよ!!」


 糸の防御を破りながらヴェルザを振り抜く。しかし、バキラはほどけた糸を越えて空中へと跳ね上がった。

 距離ができたので次の動きを考えていると、ザイルが俺の肩を叩いた。


「落ち着いてください、ミスター・バーン。ここにあなたの過去を責める者は一人もいません。怒りを持ってなお、冷静に動きましょう」


「……悪かった。さっきの勢いで突っ込んでたら死んでいたな。よし、切り替える」


「それにしても、どう倒せばいいんスかね? あれじゃあ糸が全然役に立たないッスよ」


「いや、使えるはずだ。恐らく奴の波導術は指か掌で触れなければ発動しない。そうでなければヴェルザを操って俺を切れたはずだ」


「確かに。私は素手ですので変わらず攻撃しますが、アンはできるだけ下半身を狙ってください」


「了解ッス!」


「っし、やるぞ」



 ヴェルザをバキラへ構える。アンとザイルも攻撃態勢に入った。


「作戦会議は終わったか。いつでも来るがいい」


 バキラが言った瞬間に地面を蹴る。ヴェルザを伸ばしながら横に薙ぐ。伸びた蛇腹の刀身十五メートルに加え、纏った炎によってさらに攻撃範囲は広がる。周囲の建物を真っ二つにしながらバキラに斬撃を放つと、バキラは跳躍して回避。

 そこにアンが糸を振り回して追撃するが、再び異常な身体機動力によって避けられる。


「もしかして、自分の体も波導術の対象なんじゃないスか!?」


 ビルの上に着地しながらバキラが語る。


「正解だ。人間というものはどうしても動きに制限が生じる。さらに、二度同じように動いたとしても一度目と二度目には差違があるのだ。私はそれらをなくすことができる。この肉体を思い通りに、最も効率よく動かすことができる!」


「なるほどな。鍛え上げられた肉体が考え得る最高の動きをしてくる。そりゃ拳が重いわけだ」


「故に私に隙はない。バーンモルト。以前のお前ならともかく、今のお前では私を倒すなど不可能だ。そこの二人とともに、私の新たな『罪』になるといい」


 バキラが立っていたビルに手をつく。同時に、地面が揺れ始めた。


「まさか」



 次の瞬間、ビルが抜けた。地面から離れて宙に浮かび上がる。バキラはその間に地上へ降りてきていた。



「言っただろう。ある程度物理法則さえ無視できる、と。ビル一棟操るなど造作もない」



 空中のビルが俺たち目掛けて突っ込んでくる。大質量、超高速の物理的に強い一撃。


「二人とも、任せてくださいッス。代わりに追撃は頼むッスよ」


 真剣な顔つきでアンが前に出る。


「"千本綾糸・(サウザンスレッド・)紅弁慶(カランコエ)"!」


 前方を塞ぐように広がる無数の糸。一本一本が紅く染まり硬度が増している。

 衝突する糸とビル。

 砕けるビルの先端。

 押し込まれる糸の繋ぎ目。

 のしかかる重さに耐えながらアンが叫ぶ。


「つ、ああああ! 負ける、もんかっ!!」


 アンが腕を振り抜く。その瞬間、飛来していたビルが糸によって四角く砕け散る。

 安堵するのも束の間、空気を圧縮しながら瓦礫を潜り抜けて走るバキラが見える。


「ザイルっ!」


「アンはお任せを! "隔絶現世(ノーゲート)"!」


 消えるアンとザイルを尻目に、突っ込んでくるバキラの正面に立つ。




 コンマ二秒後――

 下から突き上げられるバキラの拳をヴェルザで受け流す。がら空きの胴を左手で殴り飛ばしヴェルザを伸ばす。

 バキラは蛇腹剣を避けながら間合いを詰めてくる。ハイキックを左腕で受けながらヴェルザを捨てて脚を掴む。


「うおおっ!!」


 身体を捻りながらバキラを振り回して地面に叩きつけ踵を振り下ろすも、ギリギリで躱され反撃の正拳突き。両腕で防御するが四十メートル近く吹き飛ばされる。体勢を立て直そうとした頃には既にバキラが迫っている。

 圧倒的なスピード。頭を狙ってきた拳を避け、伸ばしていたヴェルザの先端を掴む。刃で自分の手から出血するのも厭わずに振り抜く。仰け反って避けるバキラ。縮めることで戻ってきたグリップを持って上から刃を振り下ろすが、砕いたのは地面のみ。踵で地面を蹴って避けたバキラ。

 懐から取り出したナイフを投げつけてきた。ヴェルザで弾いて軌道を変えるも、


「もう忘れたわけではあるまい」


 弾いたはずのナイフが俺に再び飛んでくる。次は打ち落として足で踏み砕いた。視線を戻すと、バキラが正面で構えている。


「遅れたな。一手打つ度に思う。昔のお前ならばもっと良い方法で戦えただろうに、とな」


 避けられない。バキラの貫手が俺の胸部を穿つ、その直前。


「レヴィン、起動」


 内ポケットのマギアが熱を放つ。服を突き破りながら剣が展開され、バキラの右手を上に弾いた。頬を掠める。

 直ぐに反応したバキラが左手を固める。展開したレヴィンを掴んで斬撃を放つ。



「「うおおおおおっ!!」」



 咆哮とともに振り抜かれる拳と剣。互いが互いを捉えて止まる。


 零れる血。赤く染まる視界。遠くなる意識。

 内臓がやられた。口から吐血が止まらない。

 一方のバキラも左肩から腰の付け根までに一本の赤い跡。


「ぐっ、ふふっ、ふはははは。まさか一撃を貰うとは。だがお前はもう動けまい。命を頂き、新たな『罪』を被るとしよう」



 バキラの手が俺の頭へ伸びる。視界の端には駆けつけてくるアンとザイル。



「ダ……だ! 来、ぐ……なっ。ゴホッ、ゲバッ!!」


 口から血が溢れる。喉から声が出せない。


「すぐにあの二人も送ってやろう、寂しくないだろう。いや、既に昔のお仲間がいたか」


 バキラが俺の頭を掴み――


「残念ながら誰も殺せませんよ。『六天(わたし)』がいますので」


 突如落ちる閃光がバキラを吹き飛ばす。


 そこに立っているのは、『六天』 シエル・リュミエール。

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