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第三十二話 天が堕ち、天は落つ

 一時間ほど前、アヴァリティアス南東部『導脈』研究所付近。

 五番隊隊長ジーデン・スパーダムは『ACE』による襲撃に備えていた。

 騎士団本局及びジーデンの予想通り『ACE』の部隊が現れた。


 ただ一つの、想定外の事象を除いて。『ACE』の部隊の先頭に立つ彼を見て、ジーデンが口を開く。


「ほう、なぜお主がそこにいる? 北部地域の担当ではなかったか? なんのつもりかね。のう、二番隊隊長 マティク・ワイルズ!!」


『ACE』の襲撃部隊の先頭に立つマティクは、笑みを浮かべながら話す。


「まったく、いくつになっても気迫だけは衰えない。それに、もう二番隊隊長じゃありません。二番隊は全滅させましたから、この手でね」


「そうか、堕ちるところまで堕ちたものじゃな。あれから二十年、再び『六天』から裏切り者が出ようとは。掛けるべき情けなどありはせぬ。ここで斬り殺すとしよう。


 "生命なき兵団(ニヒツ・レーベン)"!」


 しゃがれた声が平野に響き、ジーデンの背後に三百人ほどの兵士が出現する。

 一方、マティクは『ACE』の部隊員を退かせ、ジーデンと相対する。


「衰えた老兵にはご退場願います、ジーデンさん。これまでの礼として骨くらいは拾いますよ」


 ジーデンが杖から刀を抜いて構える。マティクは素手のまま、両腕を広げて待っている。


「抜かせ、小童」


 ジーデンの波導で構成された兵士が駆け出す。マティクに一斉に飛び掛かり、逃げ場のない攻撃が彼を襲う。しかし、


「やはり、老いには勝てませんか? 歳はとりたくないな」


 マティクは無傷のまま。兵士たちは強烈な衝撃に吹き飛ばされ、次々に消滅していく。

 それでもなおマティクに接近していく兵士たち。そのうちの一人が巨大なハンマーを振り回す。マティクは蹴りで腕を折り、ハンマーが地面に落ちる。


 その瞬間、兵士の胸から刃が飛び出た。想定外の攻撃を避けきれず、先端がマティクの腕を掠る。


「これは危ない。コンマ数秒速かったら即死するところだった」


 マティクが後退しながら腕を確認する。

 兵士の胸から刃が抜かれ、波導の兵は消滅した。

 ジーデンが兵士ごとマティクを貫こうとしたのだ。


「休んでおる暇などあるか?」


 マティクの足下、地面から兵士が顔を出して足を掴む。

 さらに兵士が飛び掛かり、マティクに覆い被さっていく。

 兵士たちの背後でジーデンの声が響く。


「儂の兵士は使い捨てでの。人の形をしていようとも、人の道など気にせぬよ」


 血の通わない兵士たちの体温が上がる。虚ろな目から光が漏れていく。


「まさか……」


 マティクの声が搔き消される。

 轟く爆音。次々と兵士が爆発する。

 熱と光に兵士たちが飛び込んでいく。

 新たな燃料を得た爆発と炎は勢いを増し、辺り一帯を吹き飛ばし続ける。

 すべての兵士がいなくなり、爆発が止んだ。昇る煙。地面の焦げ跡。

 そして、むくりと起き上がる金髪の青年。


「いやー、ひどいですよ。骨の一欠片も残さないおつもりで?」


「ふん、随分元気そうじゃの。騎士団にいた頃より生き生きしとるわい。その喉、搔き切ってくれよう」


 ジーデンが再び刀を構える。その構えには、一分の隙もない。


「機嫌がいいだけですよ。なんてったって、あなたの限界を知れるのだから!」


 マティクが地面を蹴る。対するジーデンは刀を振るい斬り上げようとするが、マティクの身体に沿うように軌道が変わる。


「ぬ? なぜ……」


 驚きを隠せないジーデン。彼はマティクを両断するように刀を振ったはずだった。


「"漸近"していくんですよ。ゆっくりとしか近づけない。だから! その前にぶっ飛ばしてしまえば!!」


 ジーデンの鳩尾に拳が炸裂する。


「攻撃は当たらない!!」


 嬉々として右手をめり込ませるマティク。腕を振り抜き、ジーデンを殴り飛ばす。


「ぐっ! ぬおっ」


 呻くジーデン。三十メートルほど吹き飛ばされたものの、両足で着地して止まった。


「どうせあなたはここで殺す。もっと、もっとこの力をお見せしましょう、ジーデンさん」





『数智の支配者(マスターレイン)』。

 人類が発展させてきた『数学』。その範疇で発生しうる、もしくは解析できる事象を現実に適応させて引き起こす。

 これこそが、現在の騎士団で唯一アルス・エルバートと張り合えるとされていた男、マティク・ワイルズの波導術である。





「残念でならぬよ、マティク・ワイルズ。その力とその才能。儂は、騎士団は認めていたとも。だが、アヴァリティアスを侵そうというのなら! 儂は! 『六天』として貴様を終わらせよう!!」


 ジーデンが疾走し、刀を下段に構える。


 マティクが波導術を発動させようとしたそのとき、彼は背後に気配を感じた。

 振り返った先にいるのはジーデン・スパーダム。正面と背後だけではない。左右、空中にも一人ずつ出現している。


「これは……!?」


「"我独り此処に在り(アライン・アイゲン)"」


 ジーデン本人とその分身による五本同時の斬撃。全方位から迫る刃がマティクの逃げ場を失くす。


 しかし、その刃が彼を断つことはなかった。


「"不連(ディファレント・)続(リミット)"」


 関数の不連続点。マティクは自身が存在する座標をそう設定し、ジーデンの斬撃の軌道を関数に見立てた。

 ゆえに、斬撃の軌道はマティクの位置で定義されず、彼をすり抜けた。


「終わりですよ、ジーデンさん。人類が積み上げてきた『知』に、たった一人の人間が敵うはずないでしょう?」


 驚くジーデンの前で、マティクは告げた。


「"極(ポール)"」


 五人のジーデン全員の心臓を無限大のエネルギーが貫く。背後、中央、左右に立つ四人のジーデンが消滅し、正面に立つジーデンの胸から血液が垂れる。


「ああ……。儂、は……」


 ジーデンが仰向けに倒れる。赤色が地面に広がっていく。マティクは動かなくなった老人を見下ろし、


「ジーデン・スパーダム。朽ちた騎士の最期は哀れだな」


 マティクの視線の先、ジーデンの指がピクリと動く。


「朽ちた木は、新たな……命の礎と、なるものよ」


 途切れ途切れにジーデンが語る。

 次の瞬間、ジーデンの身体が爆発した。

 波導の兵士のものとは比べ物にならない爆発。

 マティクの後ろに待機していた『ACE』の部隊さえ巻き込み、巨大な爆炎が上がる。



 煙の中からマティクが転げ出る。ところどころに火傷を負っており、


「ジーデンめ、まさか自爆するとはな。最期まで、死に体でなお油断ならない人だった……!」


 一人歩きだすマティク。アヴァリティアス史上、二人目である裏切り者の『六天』はクレール王国へと撤退していった。

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