第二話 ヒビ
午前の授業が終わり、午後の戦闘訓練が始まった。波導の操作や体術、武器の扱いなどを実践形式で学ぶ時間だ。しかし、
「やっぱ弱すぎて話にならんわ、半端モンが」
「案山子相手にする方がまだマシね」
毎度のことながら散々な言われようだ。クラスメイトにはまったく歯が立たず、コテンパンにされ、泥に塗れては罵倒を浴びる。
「おい、さっさとスポドリ買ってきてくんね?」
「あたしも欲しいなー」
「オレのぶんも。いちごオレで」
パシリ、というか飲み物代さえ俺が払うんだが、にされるのもいつものことだ。ちなみにいつも俺にいちごオレ頼む変な奴がいる。運動後のいちごオレってもしかして美味いのか?
ようやく長い学校が終わった。こんな場所に残っていたくないので、そそくさと校門から出て帰路に着く。途中の橋からは、河川敷で三人の子どもたちが騒ぎながら遊んでいるのが見える。今生まれていれば、俺もあんなふうに遊べたのだろうか、などとどうしようもないことを考えていると、その時、耳をつんざくサイレンが鳴り響き、平穏な日々を壊す轟音が街を包み込んだ。
同時刻、アヴァリティアス騎士団南部基地は混乱の中にあった。
「なぜ突然あのサイズの魔獣が!?」
「警備隊から伝令!討伐可能と推測されるのは第二等級以上。被害地域周辺には第二等級一人のみ、第一等級はゼロ。また、小型の魔獣も出現している模様!」
部下からの報告を受けた女性が指示を出す。
「分かりました。今被害地域にいる騎士団員らには、住民の避難を優先するよう伝えなさい。万が一のないよう、討伐には第一等級の者を向かわせます。イブ!頼みましたよ」
「了解、シエル隊長。三番隊第二小隊、用意ができ次第出るぞ!!」
サイレンが鳴った直後、地面が酷く揺れ始め、既に多くの住民らが避難していた。しかし、
「何やってる!!速く逃げるぞ!!」
近寄って叫ぶもただ泣きじゃくるだけ。子どもたちは恐怖を感じても、何をすればいいのか分からないのだろう。河川敷にいた三人が逃げ遅れていた。腕を引っ張って連れて行こうとするも、一人が座り込んでしまう。足音がかなり大きくなっている。近くまで来ているのだろう。もう時間がない。だったら……
「いいかい。君たちは静かにしてここにいろ。動けるようになったら、川から離れて学校向かうんだ、いいね?」
三人が頷くのを見て、足音の迫る川の上流へ走り出す。俺が引き付けて時間を稼ぐしかない。
目に映ったのは、約十メートルの巨大な体躯を持ち、全身が鋭利な棘で覆われた狼の如き魔獣。魔獣、というのは世界中に現れる存在だ。星の波導の噴出口である『導脈』周辺で発生し、その波導で構成された肉体で無差別的に生物を襲う。奴らの肉体には『魔獣核』というものがあり、壊す、もしくは奪うことで魔獣は活動を停止し、波導となって霧散する。
「にしても、相当なサイズだな」
魔獣にはかなり個体差がある。とはいえ、平均的なものの大きさは一、二メートルほど。十メートルなど規格外だ。それに、ここ周辺には導脈がないのもおかしな点だ。しかし、そんなことを考えている暇はない。獲物を探す魔獣目掛けてこぶし大の石を投げつける。
「お前の相手はこっちだ」
「グウ?ゴガアアアアアアアア!!!」
大音量で魔獣が咆哮する。キレている、確実に。橋の上を対岸へと駆け抜ける。魔獣が川を横切って追いかけてくる。やはり直線速度では負けるな。対岸の方がビルが多く、角を使って逃げ切りやすい。そう思っていたのだが、
「マジかよ……」
魔獣はその巨躯をいかしてビルをぶち抜いて突っ切ってきた。街中でのスピードは互角。波導の身体強化を含めて、互角。俺のスタミナが切れれば喰い殺される。とにかく走る。建物の間を縫うように駆け抜け、巻いた。そう思った瞬間ーー
視界がひっくり返る。気づくと、俺の体はビルの外壁に打ち付けられていた。
「くそったれ……。何だ、今の」
答えはすぐに分かった。魔獣の肩辺りから蛇腹状の触手が伸びている。アレが直撃したのだ。体が動かない。視界が暗くなっていく……
「それで、いいの?」
懐かしい声が、聞こえた気がした。
「私が知ってるあなたは、昔のあなたなら、もっと……」
忘れられることのできない、もう一度だけ会いたい人の声。




