第一話 灰の粒
二十年前ーー、アヴァリティアス王国にて。王国騎士団はかつてない危機に直面していた。王国を混乱に陥れた謎の組織、そして史上最悪の『裏切りの英雄』バーンモルトとの闘いが佳境を迎えるなか、とてつもない熱波がアヴァリティアス騎士団を襲っていた。天が焦げ、地が灼ける。空を覆い尽くすほどの炎が渦を巻く。その中心にいる白髪の若い男こそが元・騎士団最高戦力、バーンモルト。上空から灼熱の炎を纏い襲いかかるかつての英雄。一方、地上では司令部の一人が指示を出していた。
「一番隊、三番隊、迎撃支援!六番隊は結界を強化して余波に備えろぉ!ーーアルス、シエル、いけるか?」
「ああ」 「ええ、問題ありません」
アヴァリティアス騎士団最高戦力『六天』アルス・エルバート、シエル・リュミエール。二人の周囲は膨大なエネルギーで満ちており、音を立てて電流が走っている。
「今だ!迎撃しろ!!」
指示が発せられると同時にアルスが渦の中のバーン目掛けて飛び上がる。シエルと騎士団員らが地上から攻撃を放ち、火炎と衝突する。大気を震わせ、轟音を響かせながら走る雷撃が炎の中に道を切り開く。アルスが中心に到達し、莫大なエネルギーを解き放つ。夜が消えるほどの光と世界が揺れるほどの衝撃波を発し、アルスとバーンは落ちていく。そしてーー
目が覚めた。目に映るのは体を貫く剣と、その柄を握るかつての弟子。後悔と安堵が心に満ちる。朦朧とする意識の中、言葉を紡ぐ。
「この国の未来は、お前に任せる。守り抜くんだ、何があっても。それが、俺たちのーー」
「わかってる。それが騎士団の務めだ。バーン、アンタを終わらせた以上、オレが、必ず」
落下の衝撃によって、立っていた崖が崩れ始める。
「そう、か。それなら、心配、いらない、な。アルス、お前、なら、きっと……」
アルスを突き飛ばす。崖が崩落する。アルスに駆け寄る騎士団員たちが見える。目を瞑る。どこまでも、どこまでも落ちていく……
今度こそ目が覚めた。見慣れた天井。洗面台の鏡に自分の顔が映る。灰色になった髪を見つめ、決意を固める。仲間、名声、鍛え上げた技と力。その全てを失っても俺は進む。進み続ける。もう一度あの人に会うために。受け継いだ意志を、絶やさぬために。
アヴァリティアス王国南部に位置する都市、ゼリア。世界に名だたる軍事大国であるアヴァリティアスには、次世代の王国騎士を育てるための騎士養成学校がいくつか存在している。俺、アッシュ・グレーンも養成学校の生徒の一人である。今日も今日とて講義と戦闘訓練に努めるために教室に入る、のだが。
並んだ机の一つにはめちゃくちゃに傷が入り、ひどく汚れている。既に教室にいる生徒からは押し殺したような笑い声が聞こえてくる。聞こえないふりをしながらボロボロの席に着くと、
「ちょっと『最弱』クーン!挨拶一つねえのは、どうなんだよ?ああ?」
一人がそう言うと、周りからもそうだそうだ、とヤジが飛ぶ。仕方なく、
「おはよう、ございます」
と言ってみるも、
「誠意が足りねえなあ!気持ちがまるでこもってねえ。お前、誠意の表し方、わかるよな?」
「おいおい、俺たちにも、当然あるよな?」
「最近ちょっと使いすぎちゃったからなー、補充しとかないと、ね?」
コイツらはいつもこうやってタカってくる。昔かなり稼いでいたのでそこまで痛手ではないが、とてつもなく不快だ。しかし、どうすることもできない。たとえ反抗したとしても返り討ちだ。この学校に通い始めてから一年、下手に歯向かうよりは上手く流す方がいいと悟った。
「今はあまり持ってなくて」
と返すと、難癖つけてきた男はさぞ不機嫌そうにしながら
「来週にはそれなりの額、持ってこいよ。お前から金無くしたら何も残らねえんだから」
と言って席に戻っていく。これが俺の日常だった。金を無くしたら何も残らない、か。その通りだ。実力が重視されるこの学園において、俺は『最弱』と呼ばれている。事実ちょーよわい。世界中のあらゆる生命がもつエネルギーである『波導』と肉体の一部である『波導神経』。ヒトは波導神経を通して波導を出力し、身体強化や超科学的な現象の誘発などが可能だ。人類は波導をさまざまなことに応用しながら発展してきた。それは喧嘩、闘い、戦争においても、だ。波導による身体強化や『波導術』と呼ばれる特異な能力こそが勝負を決める。そして、俺が波導を使ってできることーーそれは
一握りぶんの、ぬるい灰を出せる。
それだけだ。ほぼカイロ。冬場にちょっと役に立つ程度。身体強化自体も可能だが、まるで出力が足りない。『最弱』と呼ばれるのも仕方がない弱さだった。原因は分かっている。そもそも、波導の出力、量は波導神経の太さと長さ、状態の良し悪しで決まる。太く、長く、状態が良いほど波導の出力は大きく、量は多くなる。
しかし、今の俺の波導神経は、そのほぼ全てが焼け焦げている。




