8話 前章1 序曲①
英雄は眠り、歌姫は起動する。
新たな象徴となる為に。
ピッ…ピッ…ピッ。
病室には心音を知らせる音だけが鳴り響き、ベッドの人物には複数の管が繋げられている。
ベッドに横たわるその全身に包帯が巻かれており、その隙間からわずかな黒泥とガラスのような肉片が溢れ続ける。
「言葉…………」
岳滅鬼との死闘から二週間。
ボロボロのはずの私の体はいつの間にか治っており、気づけば言葉の肉体は死んでいた。
有名な恵愛病院の医者でも、言葉に関しては完全に匙を投げている。
臓器を含めて色んなものが欠損している状況で、肉体も人の形を保てず崩壊し続けているのに、なんで生きているかわからない。と。
「ねぇ、砕ちゃん。言ちゃんがこうなっているのは何か理由があるんだよね」
殲滅会ではなく、恵愛病院に運び込まれているため、言葉の現状を知らせようと走を呼び寄せたのだが。
「砕ちゃん、言ちゃんがこうなっているのは、学校で砕ちゃんが暴走していたことと何か関係があるの?」
「………思い出したのね」
「うん。まぁ、だいぶ前だけどね」
「そう…………」
「みんなを守るために頑張ったんだよね」
走は病室のカーテンを開くと、街灯などの明かりはなく、宵闇が辺り一面に広がっている。
「言ちゃんが戦っていた時はいつだって風景は元に戻っていたけど、今回に限ってはそれは例外なのかな」
強襲によって崩壊した街は直る気配を見せず、多大な犠牲を払ったそれには、復興を始めることすらままならなかった。
「異能……、だったっけ。言ちゃんがこんなことになってるのにも繋がってるんだよね」
走は言葉から流れ出る黒泥を指で掬い上げる。それはすぐに崩れていき、最後は周囲へと霧散していった。
「ねぇ、異能ってなんなの。こんなのは人間から出るようなものじゃないよね。なんで言ちゃんばっかりこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
殲滅会の事を言った方がいいのか。
言葉は自ら死ぬような真似をやり続け、これは因果応報の末路であると。
だが、なぜなにと理由を求められても私には答えようがない。
「走、異能者がどうやって生まれるか知ってる?」
「知らない。前に佐代鹿さんに聞こうとしたけど、私は異能に関わらないほうがいいからって」
関わらないほうがいい。
こんなものに。
「でも、もう他人事じゃいられないんだよ。街も壊れて、言ちゃんもズタボロになって、砕ちゃんだって戦ってたじゃない。だって、テレビの生放送で見てたもん」
走は涙をボロボロと流しながら、言葉の手を静かに握る。
「教えて、砕ちゃん。異能ってなんなの」
修多羅は一度目を伏せ、深呼吸をして心の準備を済ませる。
「異能者は人間じゃない。比喩表現じゃなくて、生物としての分類として違うのよ」
「生物としての分類……って、砕ちゃんは人間じゃない」
「簡潔に言えば、人の形をした化物なのよ」
「化物……って、どういう意味」
「これは私の経験則だから予測にはなるけど、異能ってのはトラウマというか、死ぬレベルの精神的負荷を負うことによって生まれる特異的な能力ってのが正しいかな」
「死ぬレベルの精神的負荷………」
「つまり、人間として精神的に死んで、異能者として生まれ変わる。これが、異能者が生まれる仕組みよ」
「なっ………」
驚く……か。
当然の反応よね。
走との縁は惜しいけれど、これ以上闘いに巻き込むのは良くない。
私でも生き残れるかわからないのに。
「走、逃げなさい。ここにいても死ぬ確率が上がるだけよ。そうね、沖縄にでもいけば助かるかもしれな…………」
「馬鹿にしないでよ!」
「…………え?」
「私は友達だよ」
「え、えぇ」
「友達なんだよ。友達なんだから、一緒にいることぐらいできるよ。なんで、言ちゃんも砕ちゃんもみんな一人で全部抱えようとするの。なんで私に、もっと私に……。私は嫌だよ、二人がいなくなるなんて。死にそうなのに、頑張ってるのに、私だけ立ち向かおうともせずに一人だけ逃げるなんて、そんなことできるわけないじゃないッ!」
「そんなことって、死ぬかもしれないのよ!」
「二人が負けるんだったら、どこにいたって死ぬに決まっている。なら、自分の死に場所ぐらいは選びたい」
「後悔しても知らないわよ」
修多羅の鋭い指摘に走は静かに頷く。
その決意の固さに、修多羅はため息を吐く。
「わかった、わかったわよ。私の負けよ」
修多羅が両手をあげて降参をアピールすると、走は険しい表情を軟化させる。
「よかった。砕ちゃんと殴り合うよなことにならなくて」
「え、する気だったの」
「あんまりわからない事を言うとね」
そうか、この子陸上部だから体育会系だった。
言い合いが終わり、和やかな雰囲気になる最中、病室の沈黙をテレビのリポーターの声が割って入る。
『見てください。街には未だに色濃く被害が残っており、未知の化物の残骸が残っております。その化け物は一人の男の子によって排除されたらしく、首謀者らしき四つ腕の化物もその男の子であろう人物が倒してくれていたようです。都長は感謝状を渡そうと目撃情報を募っていますが、未だ姿を現す予兆はなく………」
テレビはリポーターから画面を切り替えて、一組の男女へと切り替わる。
「すごかったんですよ。颯爽と現れて、一瞬でバーンって倒しちゃったんですから」
「あの人は命の恩人ですよ!生中継でも見ましたけど、ボスまで倒しちゃったんでしょ!すごいすごい!」
男女が言い終わると、次は小さい子供たちに映像が切り替わる。
「「「「「おにーさん、ありがとうございます」」」」」
子供たちの笑顔を見た後、修多羅はリモコンを操作して、テレビの電源を切る。
「完全に英雄扱いね。まぁ、そう言われるほどの活躍をしているわけだけど」
「言ちゃんは、この声を聞けないんだよね」
「聞きたくもないと思うけどね。言葉はこういうのは毛嫌いしてたから」
それにしても疑問が残る。
なぜ、言葉を認識し続けている。
街の崩壊具合もそうだけど、日を跨げば必ず殲滅会が直していたはず。
「まさか……」
携帯を操作して、千里さんへの電話をする。
急いで耳に押し当てて音声を聞こうとすると。
『この電話番号は現在電源が入ってないか……』
「……ッ!?」
殲滅会に何かあったのか。
「行かなきゃ………」
修多羅は携帯をポケットへと突っ込んで、急いで病室を去ろうとすると、服を掴まれて阻害される。
「待って」
「走?」
「私も行く」
「………わかった」
二人は走って病室を出て、廊下を走り抜ける。
時々聞こえる看護師の怒号を無視して、出入り口へと急いでいると、そこには仁王立ちしている白衣を着た男がいた。
「どいて……って、延永さん」
そこにいたのは、殲滅会においての言葉の担当医だった。
「よう、修多羅砕破。そして、闇無走」
延永は腕組みを外し、二人へとゆっくり歩く。
「あの馬鹿はどうだ」
「相変わらず、目を覚ます様子はないですよ」
「まぁ俺が診断を下したんだ。だろうなとしか思わんが」
「なら、何を……」
延永は二人の間を通り、くるりと振り返る。
「殲滅会に行くんだろ?ついてこいよ、俺がいつも行ってる道で案内してやる」
延永の提案に修多羅は僅かに驚いたが、走が服の裾を掴む。
「行こう、砕ちゃん」
「ええ」
延永は二人の決意を見届けた後、そのまま歩き始める。二人もそれに黙ってそれについていく。
3人は病棟へと続くエレベーターの前へと歩き、その中へと入る。
延永は首から下げているカードを認証させると、エレベーターは瞬時に閉じて地下へと移動を始める。
延永は移動が始まるとともに、近くの壁へと寄りかかりながら、修多羅へと眼を合わせる。
「薄々勘づいていると思うが、殲滅会は崩壊した」
「崩壊……"した"!?」
「あぁ、正確には言葉が闘っている間に」
闘っている間ってことは、二週間も前に。
いや、それなら辻褄が合う。
ある程度の日数が立っているのなら、痕跡がここまで色濃く残っているはずがない。
「百道って知ってるだろ?」
「ええ、学校で言葉を一方的に倒した異能者よね」
「そいつの強襲にあったんだよ。今思えば、言葉の方は陽動で、殲滅会が本命だったんだろうな」
「あれが陽動!?」
「そうだ」
岳滅鬼を使い潰せるほどの戦力がまだ向こうに。
いや、百道がいる時点で戦力の一端にすらなってないのか。
「その百道って人は、何の為にそんな事をしたの?」
「当然の疑問だよな、闇無走。まぁ状況を見ればわかると思うがな」
ため息を吐きながら、雄也は淡々と続ける。
「異能を広く世間に流布する為だ」
ガコン。
エレベーターが目的地についた事を知らせて、ドアをゆっくりと開く。
「長話は後から千里にしてもらうとしよう。案内するぜ」
エレベーターから出ると、そこにはひどい光景が広がっていた。
柱はひび割れながら辛うじて支えてており、壁にはベッタリ血がついているだけで、吹き抜ける冷たい風が人の気配のなさを知らせる。
「………ッ!?」
「言っただろ、崩壊したと」
「何が……、起きているのよ」
修多羅は無惨な光景に、その一言を絞り出すしかなかった。




