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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第129話 箱の中身

 鈴の音が止んだ。


 それが、かえって不気味だった。

 森は音を失い、風も、虫の声も、すべてが息を潜めている。


 祐真は、ゆっくりと木箱に手を伸ばした。


「……開けるぞ」


 春香は止めなかった。

 止める言葉を、もう持っていなかった。


 蓋にかかった留め金は、古く錆びついている。

 力を入れると、『きい……』と低い音を立てて外れた。


 中にあったのは──


 布だった。


 白に近い、薄い布。

 だが端々が土で汚れ、ところどころが黒ずんでいる。


 美奈が息を呑む。


「……服……?」


 祐真は布をそっと持ち上げた。

 その瞬間、かすかな鈴の音がした。


 布の中から、転がり落ちたもの。


 小さな、鈴のついた髪飾り。


 春香の視界が、揺れた。


「……違う……」


 声が、震える。


「……紅葉のじゃない……

 これは……」


 記憶が、無理やり引きずり出される。


 二十年前。

 秋祭りの日。

 まだ三歳だった、美桜。


 小さな手で握っていた、

 同じ鈴のついた髪飾り。


「……美桜の……」


 春香は、膝をついた。


 美奈が、唇を噛む。


「……じゃあ……

 ここに埋まってたのは……

 紅葉じゃ、ない……?」


 祐真は、低く答えた。


「……少なくとも……

 “紅葉だけ”じゃない」


 そのとき──

 背後の闇が、ゆっくりと動いた。


 木々の隙間から、

 人の形に近い“影”が、にじむように浮かび上がる。


 顔は、はっきりしない。

 だが、肩の位置だけが不自然に低く、

 首が、わずかに傾いている。


 ──三歳の子どもの目線。


 美奈の声が、掠れた。


「……あれ……

 子ども……?」


 影が、春香の方を向いた。


 そして──

 名前を呼んだ。


「……はる……か……」


 今度は、誤魔化しようがない。

 美桜の声だった。


 春香は、歯を食いしばり、顔を上げた。


「……違う……

 美桜は……

 そんな声で、私を呼ばない……」


 影が、一歩、近づく。


 地面に触れた“足”は、

 人のものではなかった。

 土と落ち葉が、まとわりつくように沈む。


 祐真が、前に出た。


「……お前は……

 美桜じゃない」


 影が、ぴたりと止まる。


 そして、ゆっくりと、

 別の声で囁いた。


「……名前を……

 くれた……」


 美奈が、はっとした。


「……名前……

 春香さん……

 あのとき……」


 春香の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。


 ──迷子にならないように。

 ──呼ばれたら、返事をするように。


「……美桜……

 ちゃんと、名前を呼ばなきゃ……」


 影が、歪んだ。


「……もらった……

 だから……

 返さない……」


 その瞬間、

 森の奥から、別の鈴の音が重なった。


 ──ちりん。

 ──ちりん。


 ひとつではない。


 美奈が、震える声で言った。


「……まさか……

 他にも……

 “名前を奪われた子”が……」


 影は、ゆっくりと後ずさる。


「……祭りの夜……

 呼ばれる……

 また……」


 そして──

 闇に、溶けるように消えた。


 残されたのは、

 開いた木箱と、

 二十年前の鈴。


 祐真は、静かに言った。


「……分かった……

 この森は……

 人を消してるんじゃない」


 春香が、顔を上げる。


「……じゃあ……

 何を……?」


 祐真は、闇を見据えた。


「……名前を、集めてる」


 その言葉が、

 冷たい夜気よりも重く、三人にのしかかった。




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