第118話 掘り返された白(二)
白い骨を見た瞬間、春香の喉から、かすれた息が漏れた。
「……み……お……」
名前にすらならない声だった。
祐真は即座に春香の肩を掴む。
「見るな! 春香さん、今は──」
「離して……!」
春香は震える手で祐真の腕を振りほどき、ふらつきながら一歩、穴の方へ踏み出した。
「それ……それは……あの子の……」
「違う。まだ、決まったわけじゃない」
祐真はそう言いながらも、視線は骨から離せなかった。
形状から見て、小さな子どものものだ。
──三歳。
数字が、無言のまま脳裏に浮かぶ。
美奈は口元を押さえ、必死に嗚咽を堪えていた。
「そんな……二十年も……ずっと……森の中に……?」
その問いに、答えられる者はいなかった。
そのときだった。
ざり……。
すぐ背後で、確かに“土を踏みしめる音”がした。
全員が一斉に振り返る。
ランタンの光が照らし出したのは──
先ほどまで“何もなかったはずの場所”。
だが今はそこに、人の形をした影だけが立っていた。
顔がない。
輪郭だけが、闇から浮き上がったように揺れている。
祐真が銃を構え、叫ぶ。
「誰だ! 名前を名乗れ!」
影は、答えない。
代わりに、ゆっくりと──
“埋められた穴”の方へ向かって、一歩、足を運んだ。
「……触るな!」
祐真が引き金に指をかけた、その瞬間。
影の足元から、湿った声のようなものが、重なり合って響いた。
──か……え……し……て……
──か……え……し……て……
幼い声。
だが、ひとつではない。
幾重にも重なった子どもの声だった。
美奈が堪えきれずに叫ぶ。
「やめて! 紅葉を返して!」
その名に、影がぴたりと動きを止めた。
そして──
ゆっくりと、首のないはずの“頭”を、こちらへ向けた。
空洞のはずの顔の位置に、
ほんの一瞬だけ、“誰かの目”が浮かんだ。
「……これは……」
春香の背筋が、ぞわりと粟立つ。
「“美桜”じゃない……。でも……紅葉とも、違う……」
次の瞬間──
森の奥から、無数の足音が一斉に鳴り出した。
人の数ではない。
獣でもない。
“誰かになりきれなかったものたち”が、こちらへ集まり始めている。
祐真が叫ぶ。
「退け! 今すぐ森を出る!」
だが、春香は動かなかった。
彼女の視線は、なおも“白い骨”に縫い止められていた。
「……あの子を……」
震える声で、春香は言った。
「美桜を……ここに、ひとりきりで、置いてたなんて……」
その瞬間──
影が、初めて“言葉”を発した。
低く、濁った、複数の声が混じる音で。
──ま……だ……か……え……れ……な……い……
──つ……ぎ……は……
影は、ゆっくりと──
春香の方へ向かって、一歩踏み出した。
そして同時に、
地中から、別の白いものが、土を押し上げて現れ始めた。
それは──一本ではなかった。
まるで、“まだ終わっていない”ことを、森そのものが告げるかのように。




