3. 語尾に『!』が付かない方がいいですわ
一気に話したので、殿下や周りの事など気にも掛けなかったのですが、目の前の殿下を見ると顔を真っ赤にしてなぜか涙目です。周りの皆様も居たたまれないような顔をしていらっしゃいます。
殿下はどうしたのかしら?
わたくしには散々文句や暴言を吐いていたのに、まさか自分が言われるとショックを受けると?
どうもわたくし、殿下の思考回路が分からないわ。
とにかくわたくしは言いたい事は言ってスッキリしたので、殿下だけ言葉を話せるように致しましょう。
「パトリック様、わたくしの身の安全の為に体の拘束は解除出来ませんが、声の方はお話し出来るように解除致しましたわ。わたくしの意見はいかがでしたでしょうか」
あんなに意気揚々とわたくしに意見を求めたのだもの、わたくしの気持ちが分かって良かったでしょう。
「・・・・だ」
魔法を解除したばかりだから声を出しにくいのかしら、殿下にしては小さい声ね。
「不敬だ! 貴様!!!
処刑してやる!!!!」
「まあ、怖い。でも殿下には処刑に関しての決定権はございませんよ」
「うるさい!うるさい!! 馬鹿にしやがって!!
ローアン公爵家はきさまの不敬のせいで没落す『いい加減にしろ、パトリック』
卒業パーティー会場の2階席から声が降ってきて、殿下は驚いてわたくしの背後の上に目線を上げます。
2階席には今はカーテンが開けられ、陛下と王妃様、それに宰相であるお父様がいらっしゃる筈です。
本日はもう少し遅い時間に卒業を祝う為に来る予定だったようですが、殿下が婚約破棄をするかもしれないと王家の影から連絡があったらしいので、早めに来るとはわたくしも知っておりました。
そろそろ皆様の魔法を解除した方がいいかしら。
「イリューシア、まだ魔法は解かなくていい。
それとこちら側の言葉もしっかりと聞こえるようにしておいてくれ」
体を2階席に向けてお父様を見ると、顔は笑っているのに額横に怒りマーク付けて背後からなにやら黒いモヤを纏わせて殿下を冷めた目で見ています。
怒りマークとモヤは目の錯覚かしら?
取り合えず、拡声器発動。
「陛下、我が公爵家がイリューシアと殿下との婚約時に交わした条件は守って頂きます」
「分かっている。イリューシア嬢、これまでパトリックを支えてくれて感謝する。
こんな結果になって済まなかった」
陛下がわたくしに向かって謝罪すると、周りが動揺した感じがします。
「本日、パトリックが婚約破棄を宣言するという情報が入った。
本当に宣言した場合、イリューシア嬢には最後に言いたい事を言う権利を与えている。
不敬にはならない。これまでもパトリックの婚約者に対する態度には本人に注意をしていたが、全く改善せず、愛人を作るなど更に身の程をわきまえない事になっていった。
前からパトリックと上手く関係が紡げないので、イリューシア嬢から婚約を無効とする懇願もあったが、パトリックの成長に期待していた為、保留にしていた。誠に残念だ」
「ち、父上・・・」
悲壮な顔して陛下から目を離せず、声も弱々しいパトリック様は初めてみましたわ。
「ち、違う!こいつが・・・!」
「お黙りなさい。パトリック」
わたくしをまた指差しているパトリック様に向けて、王妃様から凛とした言葉が発せられたけど、その顔は悲痛なお顔だわ。
ご自身の子供がこういった状況になったものだもの、苦しいのでしょう。
だけど、わたくしは自分がパトリック様を支えなかったからとかは思えない。
支えようと手をずっと伸ばしていたのに、ずっと振り払っていたのはパトリック様だもの。
「まだ自分の行いを省みないで、イリューシアのせいにするつもりですか。
わたくしは何度も貴方に婚約者は大切になさいと伝えた筈です。
イリューシアには散々暴言を吐いていたくせに、自分が糾弾されると王族の威光を振りかざすとは、なんて卑怯な」
そうなのです。国王夫妻はきちんとパトリック様に注意をしていたのですが、反抗期が抜けない彼はどんどん増長してしまったのです。国王夫妻の悩んでいるお姿が思い出されます。
そんな悩んでいるお姿を知っているのに、わたくしは思いの丈をぶつけてしまいましたが。
パトリック様に思いを伝え終えた後は、自分がこんなに鬱憤を溜め込んでいたのかと驚いたものです。
ストレス半端なく、胃薬が手放せなかったですもの。
「パトリックとイリューシア嬢が婚約するに当たって、ローアン公爵が2つの条件を提示し、私がそれを承諾し、契約書も交わしている。その条件が、『どうしても結婚出来る状態にない場合は婚約無効、または破棄の手続きを取る』というものだ。貴族間では政略結婚が主流だが、どうあっても馬が合わない場合もあるだろう。それなのに無理をして結婚をしてもいい結果にならない。王家は特にな。
条件に関しては二人が婚約時に提示している。
今回のパトリックの行動が事前に分かっているのだから止める選択肢もあったが、王太子としての資質を図るのには必要な措置だったのを理解して欲しい。
それとパトリックからの無理な婚約破棄の場合、苦労したイリューシア嬢の望みをなんでも叶えるというのがもう一つの条件だ」
そうです。その二つの条件は11歳の婚約時にパトリック様と聞いておりましたわ。
だからこそパトリック様の行動は理解が出来なかったのですけど、その事を覚えていない可能性が高いという事でしょう。何がきっかけかわかりませんが、わたくしの事を【気にくわない】と思った時点で自分の範囲内からわたくしを排除しようと、その考えだけで行動をしていたのでしょう。王家の思惑やわたくしが意思を持った人間だという事も彼の中では考えも及ばない事だったのです。
愚かだと思いますわ。
わたくしとの結婚が嫌なら陛下に相談すれば良かったのに、それをしないでこの祝福される日に水を差す事をしたのは本当に悪手でしたわね。パトリック様。
最後に言いたいことを言う権利はパトリック様が断罪劇をする情報が入った時。陛下にどうしたいかと問われたので、今まで身分差の為に言えなかった事を本人に言いたい旨をお願いしました。
「パトリックは北の塔へ、ユリアーク男爵令嬢とパトリックの婚約破棄騒動に加担したもの達は貴賓牢へ個別に入れるように」
陛下の言葉に近衛師団の兵達がこの断罪劇に加担した者たちを連れていきます。
殿下は項垂れていて上手く歩けないようで、両脇を兵が支えるように連れて行きました。カーリン様とその他の方々は喚きながら連れて行かれました。
わたくしも漸く皆様を縛っている魔法を解除しました。
解除された方々は安堵した顔をしております。無茶をしてごめんなさいね。
「イリューシア嬢、望みはいつでもいい。面会でも手紙でも知らせなさい」
「はい、ありがとうございます。後ほどご連絡させて頂きますわ」
「時にイリューシア嬢、我が息子との婚約は無くなったが新しい候補者を見つけようか。
どんな男性がいいかい?」
わたくしは少し考えた後、にっこり笑って言いました。
「語尾に『!』が付かない方でしょうか」
その後、わたくしはローアン公爵家へ戻り、後継としてお父様とお母様と領地経営をする事になりました。
お父様は宰相職がお忙しいので、主にお母様にいろいろと教わっております。
陛下にお願いした事は、『女性後継者の権利』です。女性でも継げますが、結婚したら婿に来た男性に全て権利が移行されてしまいます。そうではなく、男子の後継同様の権利をお願いしました。
ところが、わたくしの【お願い】は別の形で叶えられる事となりました。
今までは後継に男子がいない場合のみ女子の後継が認められてましたが、それも撤回され、家を継ぐのに必要な資格試験を行ない、資格を取った長子が継ぐことと法律が変わりました。
資格がない場合は長子でも継ぐ事は出来ません。
資格試験に関しては【お願い】について陛下と王妃様とお話ししている最中に、わたくしがこのようにすれば、ある程度愚かな人物は後継から外されるのではないかと軽く話題にした事でした。
お二人共その話を気に入り、実現してくださいました。
これは後継者問題で悩んでいた方々やお家乗っ取り騒動があった方からも感謝をされました。
王太子には、王弟である辺境伯のご子息様がなり、最近ご婚約者様と一緒に王宮に入りました。
パトリック様は王籍を剥奪され、辺境伯の下で一兵卒から始められるようです。今までわがまま放題でしたので、これを期に成長されることを願います。もう右目を隠して「くくく」状態はダメですよ。
カーリン様とそのお仲間は戒律の厳しい修道院へ分散して入れられたようです。
特にカーリン様はわたくしへ冤罪をかけたので、一生涯修道院から出る事はありません。また、冤罪をかけた迷惑料も浮気の慰謝料への上乗せされました。
カーリン様のご実家のユリアーク男爵家は、ローアン公爵家へ慰謝料が払えず、責任を取る形で貴族籍を抜けられ男爵家の土地は公爵家の領地になりました。
わたくしは現在、『!』と語尾が付くような声を聞くことなく、平穏に暮らしております。