001 リターンオブロブスタリアパーティ
再開の新章第一話です。
ここからは不定期更新となりますが、章ごとの書き溜めはせず、一話完成ごとに更新する予定ですので長くお待たせすることはなくなると思います。
飛獣と呼ばれる生物がいる。
竜雲海と呼ばれる魔力の雲の中を泳ぐように飛行することに特化した彼らは、この断崖大陸アーマン内を支配する生態系の上位にいる存在だ。
飛獣の形態は様々で、鳥から進化した種、獣から進化した種、或いは虫、水性生物なども存在し、飛膜と呼ばれる魔力と反発する力場を生む器官を使って竜雲海の中を飛び回っているのだ。
また彼らは竜雲海内に漂う魔力を吸収することが可能で、食料を得なくともある程度の期間は活動し続けられるのだが、それでも彼らは獲物を見つければ積極的に狩りも行う。それは魔力を吸収し続けることで上位種へと昇華することができることを彼らが自然と理解しているからであり、本能がより強くなるために獲物を求めてしまうのだ。
「ギィィ?」
その日、流雲海内を泳ぐ飛獣の一種である彼らは強力な魔力反応を感じ取った。
それはスパイニーロブスタリアと呼ばれる飛獣の一種だ。巨大なハサミを持つロブスタリアと違って、スパイニーロブスタリアはハサミを有していないが、頭部より伸びた触角が鋭利な武器となっており、その戦闘力は通常のロブスタリアに劣るものではない。
また、この群れには触角がより直線上に伸びた上位種スパイニーロブスタリア・ランサーや、群れを統率するランクB飛獣スパイニーロブスタリア・ラセンソードも存在しており、この周辺地域においては敵なしの群れであった。
「ギィイイイイ?」
そんな彼らが感じ取ったのは北の方より流れてきた魔力だ。その魔力は通常の飛獣が発するものよりも雑味のない『人工的』に洗練された魔力であり、ソレは飛獣にとって何よりのご馳走となるものなのだ。
「ギキッ」
「ギィイイッス」
故に、スパイニーロブスタリアたちは我先にと動き出した。
先ほども説明したように、ある程度のエネルギーは竜雲海内の魔力を吸収することで足りているとはいえ、それは味気なく、また彼らを次の段階に導くほどの質を持つエネルギーとしては薄い。どれだけ吸収しても昇華できぬほどに薄いのだ。だから彼らは常に飢えていた。昇華する機会があれば動き出す。それが彼らの習性だった。
だが、スパイニーロブスタリアたちは気づかない。ここに至るまで強者を知らず、勝ち続けていた彼らには分からない。食うものと食われるもの。今この場にいる己がどちらの側にいるのかということを。
「ギッ!?」
直後に竜雲海の中から飛び出してきた青と黒の『何か』によって仲間の一体の胴体が千切れ飛んだ。
―――――――――――
「ふぅっ、一番乗りッ!」
「キーーーーー!」
竜雲海の中より弾丸の如く飛び出し、飛獣を一体仕留めた青と黒の機体『ブルーバレット』の中でルッタとタラが声を上げる。
相手に気付かれぬように機導核をオフにして慣性飛行からの、再起動とテイルブースターによる急加速。正面から迫る魔力反応に釣られた飛獣はそれを避けることができず、黒牙剣の餌食となったのだ。
相手は以前にも相対したことのあるロブスタリア。であれば、相手取るのは難しくない……はずだったが、ルッタは斬った相手に若干の違和感があることに気づいた。
「あれ? このロブスタリア、ハサミがないな?」
「キーキキー?」
そう、倒したロブスタリアにはハサミがなかった。蟹肉のたっぷり詰まっているはずのハサミ。けれどもその問題は倒した一体に留まらなかった。視認できている他のロブスタリアすべてがハサミのない個体であった。
『ああ、そりゃあ。スパイニー・ロブスタリアってヤツだね』
『俺の故郷じゃイセエビって言ってたヤツの飛獣版だな。普通のロブスタリアは淡白だがプリプリしていて、スパイニーは濃くて甘くて繊細な味がすんだよ』
ルッタの疑問に通信機からシーリスとコーシローがそれぞれそう告げる。
「ふぅん?」
ルッタも前世の記憶からロブスターと伊勢海老のことは知っていたが、風見一樹はロブスターサンドを新宿で一度食べたことがあるだけで、伊勢海老は口にしたこともなかったから味の違いは分からない。ただ、何となくロブスターよりも伊勢海老の方が高かったようなイメージはあった。
「んーー。つまりスパイニーは高級なロブスタリア?」
『まあ、その理解でいいんじゃね?』
コーシローからそんな返答が返ってくる。どうやら正解だったようだ。
なおロブスターはエビ目ザリガニ下目アカザエビ科ロブスター属、伊勢海老はエビ目イセエビ下目イセエビ科イセエビ属で、ロブスターはザリガニの仲間で伊勢海老はエビの仲間で、一体の値段は伊勢海老がロブスターの倍ぐらいある。
「へー。ハサミの肉も美味しいんだけど……まあ、普通の足でもあのサイズなら美味しくいただけるか」
『ハサミがない分、触角が鋭利な槍のようになってる。特に触角の長いランサーは速いし、危険だぞ』
「了解。突進攻撃に気をつければいいんだね」
ルッタが文字通りに獲物を見る目で、残りのスパイニーロブスタリアたちを観察する。一方でスパイニーロブスタリアたちも突然攻撃してきたブルーバレットの方へと視線を向け、だからこそ別方向から迫る次の攻撃への対処が遅れた。
『うりゃうりゃうりゃですわーー』
「ギチイイイ!?」
それは竜雲海内にわずかに潜って接近してきていた、鮮やかな黄緑色の量産型アーマーダイバーの攻撃だった。曖昧であったとはいえ魔力反応は把握していたはずのスパイニーロブスタリアだったが、ブルーバレットの不意打ちに気を取られたことで注意が逸れたのだ。結果としてスパイニーロブスタリアの一体が集中的に撃たれて、甲殻ごと爆散した。
そして攻撃を仕掛けた機体の名称は『ライムフィンクス』。それがメイサ・エントランのために用意された、魔導銃二丁持ちの量産型アーマーダイバーであり、これが彼女のデビュー戦であった。
『やりましたわ。倒しましたわ』
『メイサ。甲羅がボロボロ。味噌が垂れて食べれない。駄目』
『り、理不尽ですわ』
近づいてきた白い機体フレーヌから聞こえてきたリリの言葉に、メイサがションボリする。
そのやり取りにルッタがため息をついた。
(いや……メイサ姉は俺らのサポートありき、魔導銃も二式とはいえ、初陣なんだけどなぁ。それでランクCの飛獣を倒すのは普通にすごいことのはずなんだけど)
自分のことは棚に上げつつ、そんなツッコミを心の中でするルッタであった。
とはいえ、今のリリは収穫したロブスタリアを食べることで頭がいっぱいで、メイサの未熟を考慮することはなかった。
『メイサ、フォローはする。胴より下。尾の部分には当てないように仕留めな』
『が、頑張りますわ』
後方から撃ち続けているシーリスの通信にメイサが頷くと、直後に近づいてきたスパイニーロブスタリアに魔導長銃の一撃が当たり、体勢を崩したところをメイサが撃って仕留めた。
(けど、メイサ姉もやっぱり天才肌なんだろうなぁ。ん?)
明らかに初の実戦とは思えないメイサの動きにルッタは舌を巻きつつ、わずかなレーダーの反応に眉をひそめた。
「メイサ姉、下から来る。緊急回避!」
『え? はいですわ』
ルッタの指摘を受けて、メイサの乗るライムフィンクスが瞬間的に加速し、大きく旋回しながらスパイニーロブスタリア、その中でも触角をさらに鋭利に尖らせたスパイニーロブスタリア・ランサーの真下からの攻撃を避けた。
(おお。あれ、いいなぁ)
ルッタがライムフィンクスの背部に装着されたバックパックウェポンを見て、心の中でそうぼやいた。それはボード型のスラスターが三つ連結した翼を左右それぞれ、計六つのスラスターでできている武装『セラフィムフィン』であった。
セラフィムフィンはソレ自体がフライフェザーの補助翼でアーマーダイバーの機動力を底上げするのと同時に、計六つのスラスターによって最大六回、緊急加速が可能という武装だ。
(親戚からもらったもんをくれとも言えないし、俺の方で手に入れられるもんでも、扱えるものでもないんだよなぁ)
セラフィムフィンはエントラン家とも血の繋がりがあるシェーロ大天領の領主からメイサへのプレゼントだ。
高出力型への搭乗適性があるメイサだから扱えるシロモノで、同様にライムフィンクスの持つ魔導銃は通常の一式よりも出力の高い二式と呼ばれるモノであり、だからこそスパイニーロブスタリアの甲殻も破壊できるのだ。
つまるところ、ライムフィンクスは量産機でありながら、部分的には高出力型と遜色のない機体でもあり、それは量産機に搭乗するのですらギリギリの適性であるルッタが望んでも得られないものなのだ。
『うう、撃つですわ』
旋回後にスパイニーロブスタリア・ランサーの背後をとったメイサが二丁の魔導銃で撃ち、尾に命中して破壊した。
『あーあ……尾が美味しいのに』
『理不尽ですわ。ぐぐ』
リリのダメ押しに苦しそうな表情でメイサが返す。セラフィムフィンは量産型アーマーダイバーにも驚異的な機動力をもたらすが、乗り手の反動も大きい。メイサは内臓が口から飛び出そうな感覚に呻き声を上げながらも攻撃を仕掛けていく。
「リリ姉。どの道、この量は持ちきれないでしょ。それにほら、本命はあっちだし」
『ジュルリ』
ルッタの指摘にリリの口元から涎が垂れる。彼らの視線の先にいるのは他のスパイニーロブスタリアの二倍はある大物だった。
『スパイニーロブスタリア・ラセンソード。ランクBの群れのボスだ。気を付けろよルッタ。あのツノが厄介らしいが詳細は不明。今調べてる』
「了解、副長。リリ姉、あいつは俺の方でもらうからね」
『傷はつけないように』
「努力するよリリ姉。新武器もあるしね」
ルッタはそう返しながら、スパイニーロブスタリア・ラセンソードへと突撃する。
「タラちゃん、行くよー」
「キーーーーーーーーッ」
「うん?」
ルッタがスパイニーロブスタリア・ラセンソードに近づいた途端に何かを感じてテイルブースターを噴射させて距離を取り、大きく迂回する形で後方へと張り付いた。
「キーキー、キキーーー!」
同時にタラがタクティカルアームを動かしていて、真新しい魔導銃を撃つと、それはスパイニーロブスタリア・ラセンソードへと直撃し、当たった尾の一部が爆発したかのように光って、そのまま放電する。
「ギッチーー!?」
(うーん。やっぱり出力が足りないか。それに近づこうとした時、何かをしようとした?)
相手の動きに違和感があったルッタはあえて距離をとって仕掛けたが、その何かは分からない。
またタラが使用しているのは魔導雷銃という、シェーロ大天領で購入したブルーバレットの新装備である。ルッタの所持するガンソードに装填されている雷撃弾のアーマーダイバー版なのだが、近距離でないと効かない上に出力が低く、普通に魔導銃で撃った方が早く倒せる。そんな、普通のアーマーダイバー乗りには人気がない装備のひとつだ。
(獲物を傷つけないから高値で売れるってのはそうだろうけど、こりゃ人気が出ないわけだよ)
そもそも遠距離攻撃手段を持たないことの多い飛獣に比べて、アーマーダイバーは距離を取って撃って倒すのが基本だ。
対して、この魔導雷銃の射程は短く、実質的に近距離専用の武装なのである。
傷つけずに倒せれば買取金額は大きいだろうが、アーマーダイバーにとって近距離戦は忌避するべきもので、ルッタのように好んで接近戦を行うことは、本来自殺志願と同意の行動だ。
「とはいえ、連続でダメージを与えればいつかは倒せるだろうさ。タラちゃん、撃ち尽くせ」
「キーキキキーーーー!」
ルッタが小器用にブルーバレットを操作し、ロブスタリア・ラセンソードに取り付きながらタラが魔導雷銃を着実に撃ち込んでいく。
(コイツは大物だ。無傷で捕まえてロブスタリアパーティだ)
「ギチギチギィイイイイ」
「ムッ?」
散々攻撃を受けてうめくスパイニーロブスタリア・ラセンソードがついに尾を大きく動かして、高出力のリフレクトフィールドを発生させて、一気に距離を取った。
(何か仕掛けてくる?)
『ルッタ、資料が見つかった。スパイニーロブスタリア・ラセンソードはあの捻じれた二本の触角がローターブレードみたいに回転してくるらしい』
「へぇ」
ルッタがスパイニーロブスタリア・ラセンソードを舐めるように見る。頭部の先から生えている二本の長い触角が絡み合って一本のツノのように見えているが、それは北極圏に生息するイッカクという動物のツノにも似ていた。
(あれは……突進を避けた途端に捻れが解けて、回転しながら斬り裂かれる感じかな?)
突進を避けるにしても、ある程度の距離を取らないと切断されるのだろうとルッタが当たりをつけると、であればとスパイニーロブスタリア・ラセンソードに向かって加速した。
『ルッタ!?』
「ギチギチィイ!」
対してスパイニーロブスタリア・ラセンソードも速度を上げてブルーバレットに向かう。
(なるほど。このまま突っ込めばヘリのローターみたいに広がった触角によって、ブルーバレットが千切れ飛ぶな)
回転力によってはプロペラ機のように加速する可能性もある。ルッタは一番最初の接触時にテイルブースターで大きく距離を取ったのは正解だったな……と思いつつ、アームグリップのトリガーを引く。そして二本の触角の捻じれが動き出し……
「ギチィッ……ギ?」
「うん。残念だったね」
けれども、スパイニーロブスタリア・ラセンソードの触角が横に広がることも、回転することもなかった。
「ギチィ!?」
己の武器が機能しないことに困惑するスパイニーロブスタリア・ラセンソードだが、何が起きているのかを説明するのは簡単だ。ルッタはスパイニーロブスタリア・ラセンソードの二本の触角の捻じれが解ける前にワイヤーアンカーを撃ち込み、アーマーダイバーの自重にも軽く耐えるワイヤーを回転に巻き込んだのだ。結果としてワイヤーアンカーが絡まった二本の触角は捻れたまま動かず、そしてルッタに操作されたブルーバレットが柔い腹部の真下へと潜り込んだ。
「いいよ。タラちゃん、全弾撃ち尽くせ」
「キーーーーー!!」
ルッタの指示にタラが情け容赦なく魔導雷銃を撃ち始め、全弾射出し終わった頃にはスパイニーロブスタリア・ラセンソードは絶命していたのである。
それがシェーロ大天領の領主襲撃事件が発生した日から三週間後の出来事であった。
シェーロ大天領闘技場に大旋風を巻き起こした新人剣闘士ルッタ・レゾン、そして彼の所属する風の機師団はすでにシェーロ大天領を発ち、ヘヴラト聖天領へと向かっていたのである。




