暗黒大陸
俺とエレナはギルドを作った。名前なんてない。ギルドにしては少数過ぎるからだ。だからこれは、一時的な共闘に過ぎない。最も俺からすれば彼女といるメリットは何一つない。ただ、初心者の彼女の成長を見届けるのも一興かと思った。そして、暗黒大陸にも興味がある。だが、暗黒大陸に行くにはいくつもの山や城を超える必要があり、名無しの港から出る船に乗らなければならない。それには、彼女は弱すぎる。
「エレナ、ステータスを見せろ」
「は、はい」
俺はエレナの能力を確認した。
エレナ クラス クレリック
クラススキル 奇跡LV2 エンチャントLV1
固有スキル 神への祈り
ステータス 体力E 攻撃力E 守備力C 天運D カリスマB
装備 鉄の杖
ボロの修道服
「ゴミだな」
「ええええ、そんなぁぁぁぁぁ」
泣き崩れるエレナ。スキルも全く育っていない。装備は初期の配布した物だ。全く、初心者どころか、今日から始めますって感じだぞ。
「とにかく、クロール草原に出よう。あそこには低ランクのモンスターしかいないから、初心者には最適だ」
俺はエレナを連れて草原に出た。スライムにゴブリン、コボルトとザコモンスターばかりだ。
「あ、見て下さい。村人がゴブリンに襲われてます」
「放っておけ。あれはNPCだ。それに助けても貰えるのは銅貨2枚、下手に関わるな」
「いえ、でも私はこのゲームを楽しみたいんです」
そう言って、貧弱装備のクセにゴブリンの群れに向かって行った。
走る際、風が舞って、エレナの修道服が少し捲れた。スラリと伸びた白い生足が俺の前に眩しく映る。
「そんな装備とレベルで勝てるものか。よく見ろ。あそこに、一匹だけ色の違うゴブリンがいるだろう。あれはゴブリンロードと言って、集団統率という固有スキルを持っている。同じ種族かつ自分よりも下層のモンスターの全パラメーターを1段階上げる能力だ。死ぬぞ」
集団統率の効果により、今のゴブリン達は普通にエンカウントする奴らよりも1段階手強い。ウェアウルフ程度にはなっている。
「いえ、私は、きゃああああ」
ゴブリンの棍棒に頭を殴られエレナは倒れた。しかし、すぐに立ち上がり、フラフラとした足取りで杖を握り締め、ゴブリンに殴り掛かった。
下らない余興だ。俺は高台からそれを見下ろすことにした。
「うぐ」
それよりも早く棍棒がエレナの鳩尾に突き刺さった。彼女は口から涎とも唾液ともとれる透明な液体を唇の端から垂らしながら、目を剥いた。
「がは、ああ」
杖を落とし両手で自分の腹を押さえる。そんなことをすれば、今度は頭が無防備になる。
「ちっ、あの女」
俺の忠告を聞かないからだ。初めに行ったとおり、彼女に手を貸すつもりはない。そのまま棍棒で、その柔らかそうで小さな頭をザクロのように割られるが良い。
そう思った矢先。俺の目の前を一匹の黒い龍が通過した。それは本当に一瞬で、瞬きしたら見逃しているところだった。
その瞬間、俺の全身の血の巡りが早くなった。そう、俺は興奮している。この感覚は、初めてビルクエストの大地に立った時と同じ、あのワクワク感だった。
「そうか、そういうことか」
ビルクエストで俺は一度だけ不覚をとったことがある。貧弱なレベルで、夜の領域という高難度の場所に迷い込み、そこで出会った黒龍に圧倒的な力で殺された。後に強過ぎるということで、ゲーム上から姿を消した黒龍が、再実装されたのか、確かに俺の前を横切ったのだ。
「ふははははは」
俺は笑った。心底おかしくて楽しくて、声に出さずにはいられなかった。
気付いた時、俺は高台から飛び降り、エレナに背中を向ける形で、ゴブリン共の前に立ちはだかった。高台から降りた衝撃だけで、周りにいたゴブリンは消滅してしまったが、流石にロードというだけあって、色違いのゴブリンは咄嗟に後ろに跳んでいた。
「喜べエレナ。このゲーム、まだまだ面白くなりそうだぞ」
「助けてくれるんですか?」
「ああ、興が乗った。特別に俺が持つ最高品度の武器を見せてやろう」
俺はパチンと指を鳴らした。同時に、空中に人を100人以上は収容できそうな巨大な金属の箱、俺の宝物庫が出現した。
「この箱自体がSランクのアイテムでね。俺が保有している全てのアイテムがこの中に貯蔵されている。倉庫にある使わないアイテムも含め、有象無象がここに眠る」
「キキー」
ゴブリンロードは吠えた。威嚇のつもりか。それとも恐怖に慄いているのか。
「エレナ、俺のそばにいろ。ここだけは安全ゆえ」
「は、はい」
「よし、行くぞ、共に千里を掛けた我が相棒よ、レーヴァティン・ラグナロク」
俺の手には今、刀身が炎で創られた最高の宝剣が握られている。それを、慈悲なく縦に上から下に一閃、振り下ろした。
ズオオオオオオという奇妙な轟音。空間が割かれ、ゴブリンが真っ二つになると共に、その先にある山々を消し飛ばした。俺とエレナの立っている僅かな場所を除いて、周囲を紅蓮の炎が包み込み、気付けば、周囲の大地が煮え滾る溶岩に変貌していた。まさに地獄の光景である。
「す、凄いです」
「目に焼き付けろ。滅多に出さないからな。下手に出せばゲームがフリーズするからな。まぁ、今はそんなことは心配する必要もないか」
俺はエレナを抱えると、そのまま高台に飛び移った。
「だんだんと肉体が馴染んで来た。息切れもしないぞ」
「私も、凄く調子が良いです」
「よし、これなら一年以内に暗黒大陸へ辿り着けそうだ」
この時、俺は知らなかった。暗黒大陸に行くための条件が、俺の最も嫌う行為が必要であることに。