24、夕暮れの帰り道
その後、保健室の先生が帰って来た。どうも部活動中に生徒が怪我をしてしまい、病院へ付き添っていたのだと言う。そのため一時的に、保健室は無人になってしまった。
保健室に柚莉香だけが残されることになったのは、果たして偶然なのか。どこまでが偶然なのか。
残念ながらそれは、優太達には分からなかった。
柚莉香の体調を心配してくれた先生にお礼を言って、大丈夫ですと、柚莉香は帰宅することにした。優太達も帰ることにした。
優太と柚莉香の家の方向は、途中まで同じだ。そのため優太は柚莉香と、桃音は雪と。四人はそれぞれ、二人一組で家へと向かった。
「あっ」
優太と並んで歩きながら、不意に柚莉香が声を上げた。何やら慌てた様子で振り返る。
「どうした?」
「先輩に謝らなきゃいけなかったのに」
「謝る?」
きょとんと、優太は聞き返す。一体何に対して謝罪したいのだろうか。
もう学校からは離れてしまったため、桃音の姿はもうない。柚莉香は視線を前に戻し、言いにくそうに眉根を寄せる。
「ほら、その……あたし、先輩にキツく当たってたから……」
「ああ……」
そういえば、何故か桃音を無視するような態度を、柚莉香は見せていた。
「優太が幽霊を見たって言ったとき、あたし先輩のせいだって思ったの。優太が変な宗教にハマって、お姉ちゃんに会えるって希望を持たされるんじゃないかって、今まで以上に幽霊やお姉ちゃんを探すことにのめり込むんじゃないかって」
そう言って柚莉香は俯いた。
「だから早く優太に、幽霊はいないって証明したくて……」
それが、柚莉香が優香の格好で優太のアパートの前に現れた、理由。
「まあ確かに、モモ先輩のせいっていえばせいだけど」
雪なんかは、桃音が声をかけなければ、一生優太に姿を視せることなどなかっただろう。
優太は肩を竦める。
「明日にでもそのこと、謝りに行って来る」
「わざわざ言わなくても、モモ先輩だったらあんまり気にしなさそうだけど」
「あたしが気になるの」
顔を上げた柚莉香は、唇を尖らせて優太を見上げた。
「……それにしても、逆に幽霊がいるってこと、証明しちゃったなあ」
苦笑気味に柚莉香は言う。
「信じるの?」
「あんなことがあったんだもん。信じるしかないじゃない」
苦笑しながら柚莉香は、自分の首元に触れた。痛々しく痕の残る首には、今は包帯が巻かれている。あのままにしておくわけにもいかず、保健室の先生が戻って来る前に、優太と桃音で巻いたのだ。
首に包帯というのも奇妙な格好だが、そのままにしておくよりはマシだろう。
「幽霊って……怖いんだね」
首を絞められたときのことを思い出しているのだろう。柚莉香は小さく身震いする。
「優太もモモ先輩も、ああいうのと仲良くなろうとしてるの?」
「いい幽霊もいるぞ。今日お前を助けてくれたのもその幽霊だし」
「え、そうなの?」
柚莉香を助けようと飛び出してくれた雪の姿を、優太は思い出す。
そして、保健室を満たした白い光。あのときは混乱していたが、よく考えれば、幽霊を撃退するなんてことができるのは雪くらいしかいない。だからきっと、あの光は雪が何かをしてくれたから起こったのだろう。
あのとき、柚莉香の制服のポケットが熱かったような、そこから光が溢れだしたように見えたのはきっと勘違いなのだ。光が治まったとき、雪が呆然としていたように見えたのは、力を使い果たしたとか、そういうことだろう。
優太はそう結論付ける。
「あ、そうだ!」
ふと柚莉香が、制服のポケットに手を入れた。ちょうどポケットのことを考えていた優太は、そのタイミングの良さにドキリとする。
「これ、結局直せなくて、渡すタイミングも掴めなくて……って、え? あれ?」
ポケットの中を探っていた柚莉香の顔が、徐々に青くなっていく。まるでとんでもないことに気付いたかのように。
「柚莉香?」
「……優太、ごめん……」
涙目になりながら柚莉香がポケットから取り出したのは、前に柚莉香に直してほしいと頼んだ、優太の十字架のネックレスだった。
柚莉香に渡したときは、ただ十字架が真っ二つに割れていただけだった。だが今柚莉香の手の中にあるそれは、十字架が粉々に砕け散っていて、チェーンしか残っていないような状態だった。
「あたし、気付かなくて……ど、どうしよう……」
柚莉香の声がだんだん湿っぽくなっていく。今にも泣きだしそうに、目が潤んできて――。
「き、気にするな!」
慌てて優太は、首を横に振った。
「でも、だってこれは……」
「いいんだ」
「え?」
「いいんだ」
優しく、優太は答えた。
「安物だろうし、どうせいつかは壊れてたよ。きっとあの騒ぎの中で壊れたんだ」
「で、でも……」
柚莉香の手から、優太はチェーンを摘む。
チェーンの先には、ほんの一欠片だけ、十字架の名残であるガラスが付いていた。
優太は無造作にチェーンを、自分の制服のポケットの中に入れる。
「優太……」
呆然と柚莉香は、優太を見つめていた。ネックレスが壊れたときの優太の落ち込みようを知っているのだ。それなのに今優太が、こんなにもあっさりしていることに驚いたのだろう。
「……優太、あたしあんなこと言ったけど、お姉ちゃんを忘れろとは思ってないからね?」
「分かってるよ」
何故か悲しそうな顔をする柚莉香に、優太は苦笑を返す。
「こいつが守ってくれたって考えたら、それでいいと思ってさ」
柚莉香は何か言いたげだった。しかし何も言わず、頷く。
きっとそれは、呟く優太の表情が、優しげなものだったからだろう。心の底からそう思っているから、これ以上深く追求しなくてもいい。そういうことだろう。
「もしよかったら、持ち運びできる巾着上げようか? チェーン入れるのにぴったりな小さいやつ」
「そうだな。壊れたのは仕方ないけど、失くすのは嫌だし」
「じゃあ明日持ってくる」
「ん、サンキュー」
頷く優太に、柚莉香も頷き返す。頷く動きで、柚莉香の長い黒髪と、黒髪に付いたヘアピンが揺れた。
半分沈んだ夕日に照らされてできた二人の影は、どこまでもどこまでも長く並んで、続いていた。
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