パックス・サウス・アメリカーナ
通信機の向こう側から、クアウテモック2世の困惑しきった相談が届く。
『評議長になった途端、現地の豪族や復権してきた旧貴族たちから、娘さんを嫁がせたいという縁談が山のように届いています。 毎日、宮殿の玄関が贈り物の山で埋め尽くされています。一体、どうすればいいのですか』
ニナンは執務机でコーヒーを啜りながら、苦笑いを浮かべた。
タワンティンスユの皇帝として、かつて自分自身が血統維持のための熾烈な近親婚のプレッシャーに晒され、頭を抱えた日々を思い出す。自分の場合は「いかにして血を濃く保つか」という呪いだったが、息子は「いかにして血を広げて勢力を統合するか」という、全く別の政治的プレッシャーに押し潰されようとしていた。
「クアウテモックよ、それは統治者にとって避けては通れぬ『贅沢な悩み』だ。……だが、幼いうちから公私混同して身を崩すのは感心しないな」
ニナンは指示を飛ばす。
『ずはテクイチポツィン叔母上や、ソチケツァル母上に『選別』を頼むとよい。彼女たちは現地の貴族社会のしがらみも、インカ帝国の格調も熟知しているはず。誰が真の支持者で、誰がただの腰巾着か、彼女たちの『女の目』なら一発で切り分けられるはずである』
「叔母上と母上に……? ……わかりました! 『明日から早速、縁談リストを母上たちに提出します』っと」
通信が切れた後、ニナンは深いため息をつき、窓の外のクスコの空を見上げた。
(俺は親族全員から『お前に妹がふさわしい』と詰め寄られる、重苦しい近親婚のプレッシャーだったが……お前は早くも『帝国の覇権』を競う婚活プレッシャーか。……まあ、誰の娘を娶るかでメキシコの評議会内のパワーバランスが決まるのだから、ある意味では戦場よりも過酷な調整だな)
「頑張れ、息子よ」と、ニナンは独りごちた。
その頃、テノチティトランの宮殿では、ソチケツァル皇母が縁談の山を前に目を輝かせる。テクイチポツィンとソチケツァルが「これは論外、これはインカの技術を取り込みたいだけの政略……」と、鋭いメスでリストを削り取っていた。
クアウテモック2世の「早婚プレッシャー」という名の、次なる帝国運営の試練は、既に幕を開けていたのである。
クスコ大評議室。
ニナンはメシカ連合評議会の報告書を読みながら呟く。「連邦評議会かあ……」
ワスカル「順調に機能しているようですな」
ニナン「よし!わが国も立憲君主制にしよう」
数秒の静寂。
誰も動かない。
そして。
アタワルパ「却下」
ワスカル「却下ですな」
マンコ・ユパンキ「反対で~す」
ニナン「お前もか」
アサルパイ「わたくしも反対ですわ」
ニナン「えぇ……」
その瞬間、兄弟二人が立ち上がる。
「兄上の権威が低下する悪法など言語道断!」「全くです」
ニナンが顔を歪めて反論する「なんでお前らが皇権強化派なんだよ」
アタワルパ「兄上は現人神だぞ?」
ニナン「違うわ!」
アタワルパ「違わん」
ワスカル「少なくとも国民の大半はそう思っております」
ニナン「やめろ」
ワスカルは書類を取り出す。
ワスカル「仮に立憲君主制へ移行した場合、議会が必要になります。そして議会が陛下の命令を拒否できます」
ニナン「それが普通だろ」
ワスカル「つまり(キラーン)議員が『蒸気機関計画反対』と言う可能性があります。あるいは『鉄道予算削減『医療改革延期』とも」
ニナン「……それは嫌だな」
ワスカル「でしょう?」
ニナン「いや待て待て待て」
アタワルパ「兄上が決めれば一日で済む!」
マンコ・ユパンキ「現行制度は極めて効率的で~す」
アサルパイ「結果も出ていますわ」
ニナン「お前ら民主主義の敵か」
ワスカル「違います」
ニナン「違うの?」
ワスカル「我々は“ニナン主義”です」
ニナン「そんな主義作るな」
ワスカル。「そもそも現在のタワンティンスユは・地方評議会があり、都市自治があり、専門官僚制あり、公開審議がある。実態としてはかなり分権化しております」
ニナン「まあ確かに……」
ワスカル「ただし最後に陛下が決裁する」
ニナン「う~ん」
ワスカル「問題ありますか?」
ニナン「理屈だけ聞くとないな……」
アタワルパ「なら決まりだ!」
ニナン「決めるな!」
その頃。メシカ。
クアウテモックⅡも似たようなことを言っていた。
クアウテモックⅡ「代表権限を減らそうと思う」
クアウテモックⅡ「なぜ」
評議員「殿下がいないとまとまらないので」
クアウテモックⅡ「……」
評議員「あとお父上や兄君とホットラインで相談できるでしょう?」
クアウテモックⅡ「それはできる」
評議員「なら問題ありません」
クアウテモックⅡ「問題しかない気がする」
そしてクスコ。
ニナンは天井を見上げる。
ニナン「なんで俺の周り、権力を手放させてくれないんだ……」
ワスカル「陛下」
ニナン「何だ」
ワスカル「立憲君主制は百年ほど待ちましょう」
ニナン「百年?!」
ワスカル「まずは鉄道網と電信網の完成が先です(キラーン)」。
ニナン「お前、絶対その方が権力強化になると思ってるだろ」
ワスカル「もちろんです」
ニナン「隠せよせめて……」
大海を越えて、山を越えて。
かつて世界の果てと呼ばれたアンデスに、一つの国があった。
タワンティンスーユ。
滅びるはずだった帝国は、一人の男の異邦の知識と、数え切れぬ人々の知恵によって、新しい道を歩み始める。
蒸気は山を駆け。
電気は言葉を運び。
飛行船は空への憧れを現実へ変えた。
戦うためだけではない。
生きるために。
繋がるために。
未来を築くために。
アマゾンの河口には港町が栄え、
パナマには鉄道が走り、
メシカでは新たな評議会が生まれ、
旧き王家の血を引く少年は、血ではなく対話によって人々をまとめ始めていた。
世界は、少しずつ変わっていく。
その変化は砲声よりも静かで、
しかし砲声よりも遠くまで届いた。
一方クスコでは――
「陛下!飛行船からの空挺隊が組織しましょう!」
「却下!」
「陛下!航空母艦を設計しましょう!」
「却下!」
「陛下!パラケルスス殿が『ペニシリンが臨床実験段階に入った』と!」
「人体実験する前に倫理委員会を作れと言っとけ!」
「陛下!飛行船にガトリング機関銃を――」
「付けるな!」
「陛下!」
「陛下!」
「陛下!」
ニナンは天を仰ぐ。
「……なんで俺の周りは、放っておくと文明を百年ずつ早送りする連中ばかりなんだ。」
その横でワスカルが眼鏡を掛け直す。
「陛下。」
「まだ百年ほどです。」
「あと三百年ほど短縮できる余地があります。」
「増やすな。」
アンタチャは嬉しそうに頷く。
「まだまだ。」
「たのしい。」
遠くでは、アティク・アマルとクアウテモック2世がイリャパ・キプで笑い合っている。
ブー、ブッ、ブー。
少年たちの他愛もない会話は、大陸を越えて響く。
それは戦争の号令ではない。
兄弟が交わす、ちょっとした愚痴や、笑顔を誘う出来事の報告。ただの笑い声だった。
そして今日もまた、
空には飛行船が浮かび、
街には銅ラマが走り、
山には蒸気機関車の汽笛がこだまする。
これは――
滅びるはずだった帝国が、世界を変える物語。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。一旦終了とします。何か思いついたらまた投稿しようと思います。
設定ガバガバな歴史改変チートものに最後までお付き合いいただきありがとうございました。予想以上のアクセスを頂き驚き喜んでおります。
本作は一旦終了とします。何か思いついたらまた投稿しようと思います。
NTRガングロ男能力で異世界転移した話?或いは男女逆転ミリタリーものか・・・・・?




