9 孤高なぼっち魔王は、正義感が強いメイドに置いて行かれる
ミヤビと魔王が森に入りしばらくの間注意しながら探索していたが、特段おかしな様子は見られなかった。ミヤビに関しては魔王が傍にいるので安心しているのか、それとも素なのか物珍しそうに知らない植物、小動物を目を輝かせて見ている。
基本的に彼女の暮らしている世界と動植物は同じらしいが、それでも世界によって差異があるらしい。
ミヤビに乞われるがままに、魔王が面倒くさそうに説明をする。その度に彼女は感嘆の声をあげる。教えてやる義理は無いが、毒を持つ動植物も多い。ミヤビが触れて毒を負ったら厄介だと思い辛抱強く魔王は会話を続けた。
しばらくはそうやって過ごし歩いていて、異変も感じられなかったので引き返すかと魔王が考えていた頃にミヤビが不意に立ち止まり耳をそばだてた。
「今、人の声が聞こえませんでした?」
ミヤビに言われ、魔王は軽く耳を澄ます。確かに人の声らしきものが聞こえる。何を言ってるのかまではわからないが、悲壮な色を含んでいる声だ。
「……気にするな」
もし本当に助けを求める人間の声だとしても、きっと間に合わない。恐らくは魔物に嬲られ命を散らそうとしてる所だろう。
「でもでもっ! 人間の声っぽいですよ」
「捨ておけ」
魔王がそう冷たく言い放つとミヤビは驚愕の表情を浮かべる。理解できない事を言われたという顔だ。
「……嫌です」
ミヤビは小さく、だがはっきりと拒絶した。それを聴き、魔王は端正な顔をゆがませた。
「出る前に説明を受けただろう。この森には老獪な魔物も潜んでいる。人の声真似をして新たな獲物をおびき寄せる性質のものも居る」
「聴きました。……だけど、でも本当の人とそうでない声って聴き分けられるんですか?」
「無理だな」
人をおびき寄せるのに特化した魔物の声と人間の声は判別がつかない。たとえ魔王であっても。
「じゃあ――」
人かもしれませんよねというミヤビを制するように「どちらにしてももう間に合わん。この森ではよくある事だ。気に掛けるだけ無駄だ」と魔王は斬り捨てる。
この地に限ったことではない。弱者が強者の養分になるのは自然の摂理だ。
声がする方を向いていたミヤビがそれを聴き、俯く。固く握った手が小さく震えている。それに呼応してるようにかすかに聞こえる程度の声は命が消えゆくようにどんどんと小さくなっていく。
ミヤビが勢いよく、顔を上げたかと思うとその瞳にはある種の決意が見てとれた。
「私、確認してきます!!」と、ミヤビは魔王に言い放ち、彼の返答を待たずに駆けた。
「勝手な行動をするなっ!」
「大丈夫です。見に行くだけですから、もし誰かが襲われていたらこの転移の腕輪を渡して私もすぐにその場を離脱します」
あっけにとられた魔王がミヤビの言葉を理解した時にはもう遅く、彼女の姿は森の中に消えていた。
「おのれ……。思い立ったら即行動に移す浅慮な女めが」
魔王はしばし逡巡し、ミヤビを追うことにした。所詮、女の足だ。すぐに追いつけるだろう、このままこの場で焦れて待つよりもいい。
――と思っていたのだが。
「あの女、やたらと脚力が強いな」
見通しの悪い森の中だということもあり、魔王はミヤビの姿を見失っていた。
気配を探ろうにも魔の森特有の瘴気が強く、探知もままならない。かといって声を出して探すわけにもいかない。
しばらく捜索をしてもし見つからなかったら一旦城へと戻り、中ボスに相談をしてからまた出直す方がいいか、と魔王が思考を巡らせていると不意に人の声がした。
先ほどと同じ声だ。今度はよりはっきりと聞こえた。
「む」
声の方向を探る魔王の隙を狙っていたかのように、彼を拘束すべくしなやかな蔦が魔王の両足首を狙い絡まる。歩いている時に偶然足が絡んでしまったのではない。意志を持っている動きだ。
「やはり、人の声真似をして獲物をおびき寄せ食らうローパーの類か……」
魔王がそれに気づいたと同時に、さらに両手も触手によって囚われてしまった。
ローパー。ロープ状の触手を持ち、獲物を捕らえ様々な手法で捕食する魔物。一概にローパーとはいうが、その捕食方法は多岐にわたる。触手だけではどういった性質を持つ物かはわからないが、薄暗い森の中に本体は身を潜めているようで魔王の前には姿を現していない。
次第に締め付ける力が強くなってくる。獲物をいたぶり、縊り殺し、その死骸を食らうタイプの魔物らしい。
このままでは骨を折られ、抵抗する力を奪われ死を待つのみだ。
「あの娘のせいで、こんな見え透いた罠にかかるとはな……。だが、この程度の束縛なぞ些末な問題だ」
囚われたままの左手に魔力を集中させるとばちばちと赤い火花が発生した。様子見の為に触手を威嚇する程度の低威力の雷撃を放ったが、それでもローパーを怯ませるのには十分な威力だった。
『ぎぃいいいいやああああぁぁぁぁあああああ』という耳障りな声が森に響く。
雷撃を受けた触手がぶすぶすと焦げ臭い匂いを放ちながら、魔王の左手の拘束を解いた。
この調子で残る右手と両足の拘束を解き、ローパー本体を消し炭に変えてやろうと右手に魔力を集中させようとした時――。
「このっ!! マオーさんから離れてくださーい!」
ミヤビがどこからともなく走り寄ってきた。魔王より先に走っていったミヤビだったが、森に慣れてないせいもあり声の方角を見失い、迷っていたようだ。
そしてローパーの悲鳴を聞きつけ全力で疾走してきたらしい。触手に巻き付かれている魔王の姿が見え彼が危機に陥ってると思い、大声でローパーを威嚇した。
「マオーさんを離してくださいっ!! でないと、怒りますよ!!」
「愚か者が! 何の力もない貴様などいい餌になるだけだ!」と魔王は近づくミヤビを牽制する。魔王一人なら雷撃でもってなんとでもなるが、もしミヤビが触手に囚われたら面倒だ。
人間であるひ弱な存在の彼女にダメージを与えないように触手だけを攻撃というのも骨が折れる。どれくらいの電力に人間が絶えられるのかも魔王は知らない。
それに、彼は回復魔法を持たない。ミヤビがケガを負っても治癒する手段は無いのだ。
「でもでもっ! 黙って見てることなんてできませんもんっ!」
新たな獲物を見つけて触手がミヤビめがけて嬉々として伸びていくのかと思ったが、意外にも彼女に襲い掛かろうとしない。
それどころか、触手たちはどこか怯えたように身を引く。
「あれれ? 気のせいか、私が近づいたら逃げていってません?」
ミヤビの言うとおりだった。
「そうだな……」
試しにミヤビが寄ろうとしたら、慌てて触手が彼女から距離を取る。どこからどう見てもミヤビに触れるのを怖がっているかのように。
異世界転移者だからか? と思ったが、神の祝福「無限の収納袋」があるだけでこの娘からは特別な力は感じない。やけに強靭な脚力と桁外れの体力を持ってはいるが、魔力の類は一切持っていない。稀に人間の女に発生するという『浄化』の力を持つ聖女でもない。
魔物がただの人間相手に怯える意味が分からない。
不可思議に思う二人だったが、微かな声が脳内に響いた。
『ニンゲン、オンナ、コワイ』
「マオーさん、これって……」
「信じがたいが、この触手の本体が念波を飛ばしているようだな」
森の奥から伸びているこの触手の本体がどんな形状の魔物かは定かではないが、知性があるとは到底思いない。
せいぜいこれまで捕らえた獲物の声を真似て、新たな獲物を獲るためにそれらしく叫ぶのみだ。
それが「人間の女性」に関して怯えているとはどういうことだ。
『オンナにフレル。オレ、BANサレル』
「バン??」
「ふむ。聴いたことのない単語だな。ローパー間の共通の単語か何かか?」
『ショクシュ、オンナにフレルデキナイ。ヤッタラ、オオイナルチカラにケサレル』
「う~ん……。よくわからないのですが、どうやら触手さんは私に対して触ると何か良くない事が起きるらしいですね」
「我も聴いたことがないが、この森の掟か何かだろうか。魔物には魔物のしきたりがあるらしいからな」
自らの捕縛を解くことを忘れ魔王も呟く。物まねしかできない知性の無い捕食生物だと思われていたが、他者と念波で会話ができる知能があるとは新たな発見だ。
「でもでもっ! これはチャンスですよ」と言うが早いが、ミヤビは魔王に対して抱き着いた。
「……貴様、何をしている?」
「だって、触手さんが私に触れられないってことは私が密着していたらマオーさんにも手出しはできないってことですよね?」
「なんだその理論は」と思いつつも、ミヤビの言葉を裏付けるように魔王に絡みついていた触手がするすると解けて、うす暗い森の中へと消えていく。
「ほらっ! この調子でどんどんマオーさんに絡んでる触手さんを排除しますからね!」
「……好きにしろ」
魔王の力でなんなくローパーの触手は払えるが、脱力してしまっていた。ミヤビを説得して引き離して雷撃で触手を攻撃するよりは手っ取り早そうだ。
まず、ミヤビの説得というのが非常に困難だろう。もしかしたら「平和的に解決できる方がいいです」と、ローパーの触手を焼く事にも懸念を示すかもしれない。
なんせ、自分が苦手な虫の命乞いすらするくらいだ。何を言い出すのかわからない。
「はいっ!! 頑張りますよ!!」とミヤビはさらに魔王に対して体を密着させる。ふわりと彼女の柔らかい香りが鼻をくすぐる。
魔王は生まれてずっと魔城でリッチと暮らしてきた。たまに人間の里に買い出しに行く事はあっても、不必要な会話などもしなかったし、誰かと体を接触したことはなかった。
他人の温もりとはこんなにも心地よいものだったかと魔王が思いを巡らせていた時「やりましたよ!! 触手さんが全部引っ込んじゃいました!!」とミヤビが勝ち誇った声をあげた。
ローパーにしても、女性であるミヤビには触れる事が出来ないし、魔王には雷撃で触手を焼かれるとなってはこれ以上2人を襲ううまみが無い。諦めて撤退した方が得策だ。
「マオーさん! 縛られていた所痛くないですか?」と、ミヤビは屈託のない笑顔でずいっと魔王に迫る。
「ふん。あれしき痛くも痒くもないわ」
「そうなんですね。良かったです」
そもそもがミヤビが乱入してきたことによって束縛の時間が長引いたのだが、それは伝えないでおく。
ミヤビはミヤビなりに魔王の事を考え行動したのだ。善意の行動について責めるつもりもなかった。
「じゃあ、もう結構時間が経ったし、帰りましょうか? 私、お腹がすいちゃいました!」
「そうだな。森には異常は特に見られなかったし」
だが、魔王は何か得体のしれない薄気味悪さを感じていた。
そしてそれは新たな来訪者を予感していた。




