10 孤高なぼっち魔王は、スライムを飼いたいメイドに説得される
「スライム?」
暇を持て余したミヤビが食後の運動にと中庭を散策中に見つけたのは、水滴がそのまま生物として形を成したようなモンスター「スライム」だった。ゼリー状のその体はぷるぷるとしており上質なわらび餅のようだ。
意識を失っているのかミヤビが近づいても何の反応もない。
接触した物を溶かす性質を持っていると知られているので、流石のミヤビも警戒して落ちていた小枝をそっとスライムの体に当てる。ぷるんと弾かれただけで触れた箇所は腐食もなければ、取り込まれたりもしていない。
「触っても問題なさそうですね。よし」と一人呟き、両手でそっとスライムの体を掬い上げる。その最中、ずっとスライムは微動だにしなかった。魔物の生態はよくわからないが、どうやら衰弱しているのは確からしい。
「大丈夫ですか? すぐにマオーさんに診てもらいますからね」
元気づけるように手のひらの上のスライムに声をかけながら、庭を爆走するミヤビ。魔王が助けてくれる確証は無かったが「マオーさんならきっとなんとかしてくれる」と信じて玉座の間へと駆ける。
「なんだこいつは」
スライムを両手で掬うように持つ目の前のミヤビに対して、魔王は「また厄介事が増えた」とばかりに頭を抱えて呟く。
「むぅ。『こいつ』とは随分と酷い言い草ですね。『こちらのスライムさん』とか言いようがあるでしょう?」と、不貞腐れたようにぷいっと横を向く。
こんなやりとりつい最近にもあったな、と魔王の傍に立つ中ボスはデジャヴを感じていたがあえて口にはしなかった。基本的に魔王とミヤビの会話に割り込むと余計に話がややこしくなると、すでに中ボスは学んでいた。
というか、ミヤビの相手は面倒な為魔王に丸投げしていた。
「何故、我のような魔王がスライムごとき最底辺の魔物にさん付けをせねばならない」
「むむっ。最近は部下にも優しい言葉遣いをしないとパワハラで訴えられちゃいますよ。この子はこの城の庭に居たんですよ。顔見知りのスライムさんじゃないんですか?」
「ぱわはらとやらはわからんが。……待て、この城の庭に居ただと? ありえん。何故そいつはこの魔の森に囲まれた我が城に居た」
事実、この城周辺に現れるようなランクの魔物ではない。
スライムと言えば魔城から一番遠く離れた土地の草原でぷるぷると揺れているべき存在だ。そして打倒魔王を掲げる人間たちの冒険の第一歩としての経験値の糧となるような、か弱い存在。だがその弱小さから経験値も対して稼げずに、エンカウントしたら「けっ、またスライムかよ。面倒だな、もう出てくんなよ」と舌打ちされるようなレベルの魔物だ。
このスライムに関しては、生息地以外にも気になる点はある。
「それにしてもこのスライム……。色が妙だな」
本来この世界のスライムはみな草原のような緑色だ。だが、眼前のスライムは空色。こんな色のスライムは見た事がない。
「そうなんですか?」
そう言われてもミヤビはこの世界の他のスライムを見た事が無いからピンとこない。
「この色、色素変異種、か?」
魔王の呟きに、ミヤビの体がびくっと震える。
「……色素、変異……」
「まれに突然変異として発生するとは言われてるが、我も直に目にしたことは無いな。滅多に生まれないとは言われている」
もっとも色が変わっているだけのスライムがこんな魔界の奥深くで観測されるのもおかしいが。ミヤビがこの世界に流れ着いたこともあり、最近なにか奇妙な感覚に包まれている、不気味だ。
魔王が思案していると、珍しいことにミヤビが神妙な顔つきで何かを考え込んでいた。
「どうした?」
「ふぇっ!? な、なにがですか??」
「いつになく真面目な顔をしていたではないか」
「そ、そうですか? いつも私は真面目ですよ! 真剣そのものですっ!!」
「ふん」
口にしたくないのであればそれでもいいと魔王は深追いしなかった。
「ところで、その子衰弱してるようですが、元気になりますか?? さっきから全然動かないんですけど」
「見たところ、この世界に発生したてといったところですね。馴染むのに少し時間がかかってるだけみたいで体調自体には問題ありません」
「へぇ~。そんなことわかるんですね。流石、中ボスさん!」
いつの間にかミヤビの隣に来ていた中ボスが持っているスキルでステータス解析を行ったようだ。
「ただ、このスライム、妙なんですよね。スキルなどの一部ステータスが全て開示されてないのですよ」
「ふぅん??」
この世界の住人ではないミヤビにはわからなかったが、隠しスキルを持っているのは稀有な存在だとされている。ただのスライムが持つには不審な点がある。
「こんな低俗な魔物風情が?」
魔王の言う通り、基本的に隠しスキルを持って生まれるものは高ランクの者が多い。
「むぅ。またスライムさんの悪口を言ってる。もうマオーさんはこの子に関わらなくてもいいですよーだ。スライムさんは私が責任持って面倒見ますもん」
「貴様に生き物の世話ができるわけなかろうが。元の場所に戻してくるがいい」
「できますもん!! ぷんだ!」
「なんだ、その言い草は」
「だってマオーさんが意地悪なんですもん」
「我に逆らうと、今日のおやつは抜きにするぞ!!」
「どうしてそんな酷いことを言うんですか!? マオーさんの鬼、悪魔! 魔王!!」
「だから我は魔王だ!!」
「じゃあマオーさんは魔王の中の魔王ですよ! キングオブ魔王ですよ!!」
「意味が分からん!! それは誉め言葉になってるんじゃないのか?」
「……子猫を拾ってきた子供と、飼育に反対する親ですかな?」
2人の終わらない低レベルな言い争いを冷めた目で見る中ボス。
しばし言い合いは続いていたが、冷静になった魔王は息を切らしながらも話題を戻した。
「大体貴様、スライムの生態を知っているのか?」
「それは……。触れると溶けるというのと、ぷるぷるしてなんだか美味しそうだというのしか知らないですけど」
いつもは元気なミヤビの声も次第に小さくなる。生き物(魔物)を飼うということはミヤビにとっても初めての事だし、ミヤビが居た世界「エーデル」では魔物の類など存在しなかった。
「やはり、森にでも放ってこい」
「……さっき、マオーさんはこの子を『最底辺』って言いましたよね。この森に放ったらこの子は生きていけるんですか?」
「……無理だな」
だが、この地で突然発生したのだからここで放置するのが最善だろう。生き抜くにしてもあっと間に召されようがそれが運命だ。
しかしミヤビは納得しない。
「まだこの子は意識もはっきりしてない状態なのに、森へと放ったらそのまま他の魔物さんのご飯になっちゃいますよ」
「……」
果たしてスライムのようなものを捕食する魔物が居るかは置いておいて、しばしの沈黙が二人に落ちる。本来はこんな風に単身発生することは無い。魔物とはいえ普通に番いから生まれ、成長するまでは親の庇護の元暮らす。そして成長したら独り立ちをする。
「わかった。スライムが本来生息する地に転移してやったらいいんだろう。そこなら同種類の仲間がいるだろう」
「でもこの子って特別な色なんですよね。そこの地のスライムさんたちはこの子を受け入れてくれると思いますか?」
「それは――」
「一人だけ色が違う子は、集団から弾かれるんです。『異端だ』って仲間外れにされちゃうんですよ」
「……」
それだけではなく、スライムの生息地は比較的人里が近い。恐らくは「珍しい」という理由だけで狩られるだろう。もしくは好事家に売られ、一生檻の中という悲惨な生涯を送る羽目になるだろう。
いや、それならまだ幸福だ。最悪なのは魔術の実験体として利用される事。それは死よりもつらい未来が待っている。
2人の間に再び静寂が訪れる。それを破ったのは静観していた中ボスだった。
「どちらにしてもこの奇怪なスライムは野には放たずに、手元に置いてもう少し様子を見る方がいいでしょうな」
隠されたステータス、スキルも気がかりな所があるし、色素変異の生物が生まれるにしても本来ならば両親が居るはずだが、この周辺にスライムのような低ランク魔物が居るはずもない。すなわち突然発生したとしか思えないのだ。
まるで異世界転移者のように。
「まぁいい。それだけ大口をたたいたからには貴様が全ての世話をするのだぞ」
「ありがとうございます!!」
やったねとばかりにミヤビは腕の中のスライムに声をかける。相変わらず意識を失った状態で反応は無いが。
「ところでスライムさんって何を食べるのでしょう?」
「……ニンゲンじゃないか?」
「ぴえっ!? ぐ、ぐぬぬ……。か、髪の毛でいいのならなんとか」
苦渋の表情で項垂れるミヤビ。尚も「でもでも髪の毛もあまりあげると私、ハゲちゃいますよね。ご飯としては1日に何本くらい必要なんでしょうか?」と呟いている。
「真に受けるな」
「で、ですよね!! そんなおっかない子じゃないですよね!!」
一転して笑顔に変わるミヤビ。「おっかないもなにも魔物だろうが」という言葉を魔王は飲み込む。ぷるぷるとして無害そうに見えるが、れっきとした魔物だ。
「スライムは何でも食べる悪食と言われてますね」
「むむ。それなら食事の面での飼育は楽そうですね。野菜くずなら都合できますしね」
「スライムといえば、死体もよく溶かしてますね」
「ああ、一種の『掃除屋』だな。人間の中にはスライムを使い死者を葬送する商売をしている物も居るらしいな」
「ぴぎゃっ!? 私も美味しく頂かれちゃうんですか??」
「そうだな、貴様が死んだらスライムに食わせてやるとしよう」
「ぎにゃ! マオーさん、なんてことを言うんですかっ!?」
「冗談だ」
「もうっ!! 悪質な冗談はやめてくださいよ。ぷんぷんですよ!!」
わかりやすく手足をばたつかせながらミヤビは全身で抗議をする。普段表情を崩すことの無い魔王だが、やや口角があがり彼女との会話を楽しんでるようだ。
少し前までは考えもしなかった光景に、中ボスも微笑ましく眺めている。
それにしても、と中ボスは思う。
「異世界転移者といい、突然変異種のスライムといい……なにやら胸騒ぎがしますな」




