友情
「フレイヤ様、アンジェリーナ様と文通をされるんですか?」
エイルリーナから出て山道に入ろうとした時にロゼ様から聞かれた。
「はい、そうなんです! とても楽しみです」
「私もフレイヤ様と文通をしたいです」
「私とですか?」
「フレイヤ様と文通ができたら、とっても楽しいと思うんです。…… それに帝都に戻ってからもまたお会いしたいですし」
ロゼ様は頬を赤く染めて言った。
「ロゼ様、文通をしてまた帝都でも会いましょう。私たちはもう友だちですからね」
「私とフレイヤ様が友だち、嬉しいです」
ロゼ様は笑顔になると、急に涙が目に溢れ始めた。
どうしたの? ロゼ様、笑顔だったよね。何か悪いことをした?
慌ててロゼ様にハンカチを渡す。
「あ、ありがとうございます」
しばらくすると、ロゼ様が落ち着いたので、泣いた理由を聞く。
「どうして泣かれたのですか? 私、気づかないうちに悪いことをしました?」
「違うんです。本当に嬉しくて。友だちができたのは初めてなんです」
「 え、でも、アンジェ様と――」
途中で言葉を切る。
これで友人ね、とアンジェ様が言ったのは社交辞令だ。あの場にいた者なら誰でも分かる。公爵令嬢から社交辞令でも友人として認めてもらうことが大切なのだ。
私は社交辞令って分からなくて、心の中でとても喜んでいたけど。
でも、ロゼ様はとても可愛いのだから、誰かは友だちになろうとするはずなのに。
「実は私の母親がエルフなんです」
あー、そういうことね。
ロギオニアス帝国にも様々な民族がいる。大半は私のような人族で、基本的に人族は異民族への忌避意識が強い。反乱を起こしたエルフ族は尚更になる。
エルフ族は美しい人が多くて、貴族たちの奴隷としてとても人気だ。
オスカー先生は授業の中でエルフの扱いについて言葉を濁したけど、前世の私は貧民街育ちだから、そういうことは良く理解している。
ロゼ様は私に言うつもりはなかったんだと思う。私から目を伏せて手を震わせている。
その姿を見て、困ったなーと思い、自分の頭をガシガシと掻く。
そんなこと関係ない、私はもうロゼ様が好きだ。
「ロゼ様、教えてくれてありがとうございます。私はそんなこと気にしませんよ。ロゼ様はもう私の大切な友だちです」
ロゼ様の震えた手に私の手を重ねると、ロゼ様が泣きそうな顔で私を見つめる。
「それと、私たちは友だちなので敬称と敬語は止めませんか? 私敬語が苦手なの」
「敬称なしで良いんですか?」
「もちろん」
「それではフ、フレイヤ…… 様」
「遅れて様がついてるよ、ロゼ」
「ロゼって呼んでくれました。とても嬉しくて泣きそうです」
「我慢して、もうハンカチないから。敬語は止めないの?」
「敬語ですか。普段からこの言葉遣いなので、気にしないでください」
「そっか、分かった」
突然、馬車が停まった。
御者をしてくれている騎士のカルディオ様から声が掛かる。
「お嬢様方、申し訳ございません。どうやら魔獣が近くにいます。私が良いと言うまで馬車から出ないでください」
急な出来事に隣に座るロゼは固まってしまう。私はロゼの手を引っ張って座席と座席の間に潜り込んで体を小さくする。
ロゼの表情は呆然としている。私も混乱していたけど、恐怖で固まっているロゼを見て頭が冷静になる。
いつでも動けるようにしておく。逃げろと指示をされるかもしれないから。
「大丈夫、カルディオ様なら大丈夫」
前世の私は弱かったけど、エイルハイド公爵家の騎士は帝国騎士に匹敵する強さの者が多い。その中でもカルディオ様は公爵様やアンジェ様を護衛することが許されている上位騎士の一人だ。
風で木々が揺れる音に混ざって木々がバキバキと折れる音がする。更に剣の金属音が響く。その音がどんどん大きくなる。
「キャーー!!」
パニックになり始めたロゼを抱き締めて背を撫でる。
「大丈夫だからね」
その言葉をロゼに言っているけど、私にも言い聞かせていた。とても不安で怖い。
そして、長い静寂。
どのくらい時間が過ぎたのだろうか。一時間くらい過ぎたかもしれない。
「フレイヤ様! ロゼリーア様! 逃げてくだされ!!」
カルディオ様の大声が響く。
私は直ぐに反応してロゼの手を引っ張って馬車から走り出した。
方向は決めていないけど、遠くへ行く必要がある。私たちがいたらカルディオ様の邪魔だ。
「フレイヤ様、どこへ行くのですか?」
「分からないよ。私たちが近くにいたらカルディオ様が本気で戦えない」
ロゼが息を切らして膝に手を置く。休ませたいけど、もう少し離れた方が良い。
この距離だとまだ戦闘音が聞こえる。
あれ? 急に聞こえなくなった。
すると、近くの木々がバキバキと倒れ始めて何かの影で辺りが暗くなった。
恐る恐る上を見上げると、巨大な魔獣の姿があった。
◇◇◇
魔獣を見た恐怖でロゼは言葉を失っている。私も恐怖で体が固まってしまった。
魔獣の姿は猿に似ていて体毛は真っ赤、体毛のない部分は鎧のような筋肉がついている。牙の生えた口からは涎を垂らし、目は笑っているように見える。巨大な体で人間とは比べ物にならない。
私たちが恐怖で固まっていると、魔獣は何かを投げた。
カーン、カーンと二回金属音が響く。
長剣と短剣が転がった。短剣が私の足元に転がって自然と私が拾う。
もう一度、魔獣が何かを投げた。
今度はボチャッ、グチャと耳障りな音がした。
地面に転がったのは原型を留めてないカルディオ様だった。かろうじて顔を認識できるだけだ。
そんなのあり得ない。カルディオ様が負けるなんて。
「イヤァーー!!」
ロゼが喉がつぶれるくらいの悲鳴を上げた。私はロゼの手を強く握って腰が抜けないようにする。
だけど、どうしたら良いのか分からない。
カルディオ様が負けるなんて。次は誰が戦うの? 誰も戦えない、逃げなきゃ! 私はこんな場所で死ねない。
「ロゼ、逃げるよ!」
「は、はい」
魔獣は逃げ出した私たちを見て嘲笑うような鳴き声を出す。
「フゥアーワフゥハッハハハ!!」
魔獣は私たちをゆっくりと追い掛ける。ズン、ズン、ズン、と足音が聞こえた。
もっと速く走れるはずなのに。怯える私たちを追い掛けて遊んでいるみたいだ。
急に走っていたロゼが足を止めた。
「ちょ、どうして止まるの! 逃げなきゃ!」
「無理です。私はもう限界なんです」
ロゼは息を切らし、足をガクガクと震わせて終には地面に腰を着いた。
「私が時間を稼ぎます。フレイヤ様はどうか逃げてください」
と言うと、私の聞いたことがない単語をロゼは呟く。
『ヴィンドゥル』
私の体を包むように風が巻き起こり体が浮く。
「体力はないですが、特別な魔法を使えるんです。エルフの子ですから」
空中に浮いてるから体を自由に動かせない。動かそうとしても手足がバタバタするだけ。
「友人になってくれて嬉しかったです。…… フレイヤ」
「ロゼ!!」
私は優しい風によって吹き飛ばされた。
◇◇◇
ようやく木を掴むことができて、ロゼの魔法の効力が消えた。
飛ばされた場所からかなり離れていてロゼと魔獣の姿は見えない。でも、風に乗って魔獣の暴れている音が微かに聞こえる。
もっと遠くへ逃げるべきだ。
私の命はアンジェ様に使うと決めている。こんな場所で死ぬべきじゃない。
なのに…… なのに、どうして逃げようとしないの?
「私分かってる。自分がどうしたいかぐらい」
私と友だちになれたと喜んだロゼの顔が目に浮かぶ。戻っても、今の私に何ができるのか分からない。
分からないけど……
友だち一人残して逃げるなんてこと、アンジェ様はきっと許さない。
私は友だちを助けるために走り出した。




