4 スーツも固定観念も脱ぎ捨てて
「轟さん知ってます? 背脂にんにくマシマシ系のラーメン屋ってあるじゃないですか。あそこで『全部少なめ』って唱えるとね、まるで普通サイズみたいな一杯が出てくるんです」
そう。それはなぜか両隣に座って『全マシマシ』を頼んだ若者たちを際立たせるように。
「でもね、一口食べるごとに思い知るんです。──普通に味が濃い」
野菜も少なめになっているので、薄める要素がないのだ。
「それから少なめでも普通に多い」
「ダイエット始めたわけじゃないんですね」
「今も胃に残ってる気分です」
言って小さいパックの野菜ジュースを、ストローで啜る。これで昼ごはんというのだから、心配されても仕方ない。
「ダイエットとか言い出したらマジで止めなきゃと思ってたんで良かったです。ちなみにそのマスクは?」
「ひたすら自分でもにんにく臭いんです」
「体調不良じゃなくて良かったです。ブレスケアいります?」
「ありがたくいただきます」
そういう斜め向かいに座る、轟さんのお弁当は綺麗に詰められた二段だ。以前荒木さんが『お、轟さんのお弁当茶色いねー。ブロッコリーとかプチトマトとか入れないの?』というコメントに『セクハラです』と打ち返していた。なので唐揚げがみっちり詰まったお弁当にはコメントを差し控えておこう。
そこはいいとして。
「もしセクハラなら途中で止めて欲しいんですけど」
「いちいちセクハラ判定させるのもセクハラですよ」
「ゴメンナサイ。この話題、不快なら無視して欲しいんですけど、黒のマニキュアって流行ってますか?」
轟さんは仕事のできる若い派遣社員さんだ。人数の多い主婦パートの方々とはつるまず、食事休憩も一人で動画を見ている。おかげで休憩時間の二交替を組む時は助かっている。そんな轟さんから珍しく話しかけられたので、思い切って聞いてみる。
昨日のタク君(仮)改め、渋沢拓人君の黒いマニキュアは記憶にも新しい。
「⋯⋯自分の周りで頻発したことを、流行りで定義してもらって知った気になるのは違うと思いますよ」
「ごめんなさい……」
駄目だ、胃がきゅうっとなる。
さっさと野菜ジュースを飲み切ろうと黙る。
無心で吸っている俺に、轟さんが見ていたスマホ画面がかざされる。
「……これは推しとのお揃いネイルです」
画面はバンドのライブ映像のようだ。インディーズバンドなのか、お世辞にも画質や撮り方はいいとは言い難い。照明との調整をミスってて、バンドメンバーの顔辺りが見えにくい。
音は轟さんが片耳につけているワイヤレスイヤホンに飛んでいるようで聞こえない。
ギタリストのソロシーンなのか、手元がアップになる。なるほど確かに、ギタリストは男性のようだが、黒いマニキュアをしている。
「へぇ、カッコいいですね。──あれ、タク君?」
ギターソロが終わったらしきところで、ギタリストの顔が大写しになっていた。
「──ちょっとお話伺えます?」
スマホを支えていた手とは逆の轟さんの手が、いつの間にか俺の手首を握っていた。
※ ※ ※
右側で、助けて!と泣いている猫。
『職場の女性がタク君のファンだと判明しましたが、どこからどこまでが守秘義務ですか?』
『何でタク呼び?』
『紹介されるまで仮称タク君だったので思わず。馴れ馴れしかったですか?』
『俺もキリヤ呼び』
『インディーズって話ですけど、結構人気みたいだから私生活あまり言わない方がいいですよね』
投稿後、かなり時間を置いてからの右の連続メッセージ。
『矢崎君?』
右側で、おーいと呼びかける猫。
『キリヤ君』
『なに、ゴロさん』
『何でゴロさん』
『タクの呼び方と差つけたい』
羽を広げてドヤ顔のクジャク。
『何を競ってるの』
『寵』
『何で急にかまど?』
『至急視力検査しに来い』
『眼鏡外してたから見間違えてた!』
ごめんなさいと汗をかいている猫。
『とりあえず週明けにはもう逃げ切れないから基本方針だけタク君に聞いてもらっていいですか?』
尻を掻く丸々としたブタ。
『頼むから』
『アイツ、公然とファン食うからプライバシーとかどうでもいいぞ』
『ファンの子と顔合わせづらくなる情報止めて』
助けて!と泣いている猫。
『アイツのファンで知らないヤツいないから気にしなくていい。メジャーデビューできない原因』
『タク君とも顔合わせづらい……』
『合わせなくていい』
半日ほど置いて、お邪魔します!と壁を突き破るマッチョなニワトリ。
『今度内輪で小規模ライブやるらしいが行くか? 職場の子のチケットも取れる』
震える猫。
『職場の子のチケットはありがたいですけど、僕はいいです』
『ライブ嫌いだったか? 確かに人多いが』
少し時間が経ってからの返信。
『ライブに行く服がありません』
『買いに行こう』
※ ※ ※
そして今、洋上道路を赤いスポーツカーで走っている。
「君の収入どうなってんの?」
駅前での合流以降、上の空でずっと当たり障りない会話を空々しく続けてきたが、いい加減限界で思わず聞く。
「急に何?」
「僕は車で現れた時からずっと思ってましたよ」
車の知識は皆無だが、シートの座り心地から言っても、絶対に高級車だ。あと何というか、赤さが格好良い。
「あぁ、これは先輩の車。店と、たまにモデルの仕事してるが、さすがにオレの収入じゃ買えねぇよ」
モデルの仕事とか、やっぱ世の中的にもイケメンだったかと納得する。だって今、車を運転する姿そのものがキマっている。今日は休日だが、実用的にかけられたサングラスがまた格好良い。運転のため、その視線は前方に固定されているので、いつになくその男前さを見放題だ。
が、それより。
「人様の、車……」
「一日保険はかけてる」
「わざわざ車出してくれなくても」
「電車とだと、時間、倍ぐらい違うだろ。買い物したら荷物も多くなるしな。帰りは家まで送る」
これは人を駄目にする男前。
世に不慣れおじさんが新鮮なのか、介護がおもしろいのか、それにしてもいささか過剰だ。
彼女とか関係なく、世話焼き気質は元からなのだろう。
「キリヤ君もちゃんと楽しめてる?」
「……どういう?」
「色々遊んでくれて感謝してます。出不精極まる僕ですけど、君とのお出かけは楽しい。でも遊ぶっていうのは、お互い様で楽しくいたい」
明け放した窓からの風が心地良い。海が太陽に照らされてキラキラと輝いている。行き交う舟で、その水面に白い筋が残る。
まるで飛行機雲みたいだ。
「……ゴロさんと出掛けるの、オレも楽しくて嬉しい」
「うん、じゃあ、遠慮なくアッシー君頼みます」
「アッシー君? 誰?」
「通じないかぁ」
別にど真ん中の世代でもなかったと言い訳したい。冗談が通じなくて解説が必要な時ほど、恥ずかしい瞬間はなかなかない。
全身の映る鏡の前で、居た堪れなさを噛みしめる。
「まだか?」
本日何度目か、繰り返される催促に渋々、試着室のカーテンを開ける。
「四十のデニム、やっぱりキツくないですか?」
「垂れた肉包んでる形が古臭いデニムはキツいが、ゴロさんはたるんでるわけじゃないからイイんだよ」
たるむものも最初っからないしね。
「うっ」
「ウエストほっせぇな。足の形はイイと思うがズレて分かんねぇ。今日ベルトしてたよな。それしてくれ」
「意図は分かりましたけど急にズボン上げるのやめてください普通に股間痛い」
「お、おお。悪い」
男としてそこは主張させてくれ。不意打ちはいかん。
そこから更に何着か試着して、まさかの購入なしで店を出た。理由は向かいのライバル店も見るからという。それを店員さんに堂々と言って、そのくせ目ぼしいやつは取り置きさせとくのだから、精神が強すぎる。次の店で買うことになった時、前の店に断りに戻るの、気まず過ぎる。
「近所で店構えて張り合ってんだから、んなもん想定の内だろ」
「これが正論パンチってヤツかぁ」
「何でダメージ食らってんだよ」
自分の惰弱さを思い知らされる、立派な一撃だ。
結局その後、普通に一店目に戻った。二店目にも良さそうな商品はあったが、該当のサイズがなかったのだ。
「アウトレットあるあるだ。品揃えだけなら都心で行った方がいいが、回りやすさが段違いだからな」
そこでようやく、何でここまで遠出したのか分かった。
「僕は世間知らずのニブいおじさんなので、もうちょっと思惑を伝えてくれると感謝マシマシになります」
「……感謝三倍になんのか」
「あれ三倍食ってたの!?」
「ところで数ある服の中で何でデニム?」
口からはデニムと出すが、心の中ではずっとジーンズと呼んでいる。何なら軽く、ジーパンという単語もこぼれかける。
この間とは違うコーヒーチェーンのテラス席に、休憩で入ったので尋ねてみる。四十路の中年にデニムをチョイスする理由は、聞いてみてもいいだろう。
なおここは呪文の店ではないので普通にブレンドコーヒーを頼んだ。キリヤ君の前には、ほうじ茶ラテ。渋い。
俺の問いに、軽く目を伏せ気味にして口を開く。路上を向く二席に二人とも腰掛けたので、距離が近くてまつ毛の長さが分かる。
「普段スーツばっかだから」
「スーツしか持ってないからね」
「……マジなんだな」
恥ずかしさはメッセージを送った時点で振り切った。おかげで今日もスーツでアウトレットを回るおじさんだ。ネクタイとジャケットはさすがにないだろと車で脱がされたので、軽装ではある。
「そういう、きっちりした格好ばっかだから、……崩してみてぇなって」
まぁスーツとジーンズは、フォーマルとカジュアルで対極みたいな位置だよね。
「ちなみに赤白のアパレルチェーンで済まさなかった理由は?」
オシャレに関心のない中年としては、ただ買い揃えるだけなら近所でいいのではと疑問だ。なのにわざわざアウトレットに向かうというからクレジットカードの限度額が不安で、月変わりまで待ってもらっての今日だ。
「素材と縫製と色の出方が違う」
「それはもう格が違うということでは?」
「やっぱ色なんだよ。安いヤツのフラットな色感もいい時はあるが、デニム履くなら変化を楽しむべきだろ。良いやつは足の曲線に沿った生地と光の反射が合わさった時が」
身を乗り出してとても饒舌だったのが途切れる。そのまま固まっている。眼鏡を買いに行った時を思い出す熱意が楽しくなってきていたのだがどうしたのか。
厚みのあるコーヒーカップに口をつけ、二口ほど飲んでも再起動しない。リセットボタンはどこだろうか。
「時が?」
リセットボタンがわりに、促してみる。
「……エロ……い」
そこで恥ずかしがるのかぁ。
絞り出した後、耐えられなくなった様子で俯き、片手で顔を覆っている。
「別におじさんですんでエグい下ネタとかも聞きますよ」
経験ないんで話す方は無理だけど。
「……ちょっと、黙っててくれ」
若い子の琴線分かんないなぁ。
これはあまり観察されたくないタイミングかもしれないと気を遣い、通路向こうの店に目を向けて待つ。
時計屋やアクセサリー屋。この区画は少し単価の高い店が多い。
ああ、そろそろ腕時計、オーバーホールに出さないとな。
「……その時計、結構高いヤツだろ」
お、復帰した。
「親から継いだヤツです。今時意味あるのかってよく言われますけどね。出掛ける時に、この重みが心強いんです」
袖を上げて、横から見えやすくする。スマホ世代には無用の長物だろう。実際、色々とアクセサリーをつけるキリヤ君でも、腕時計をしているところは見たことがない。
だからこれは、理詰めの追求を免れるための薄っぺらい精神論なだけで。
「──分かる」
上がった袖のところに手が触れてくる。覗き込むように背を丸め、視線は文字盤に注ぎ。
「オレも眼鏡がそんな感じ。目ぇ悪くねぇくせにとは言われるが、なんつーか、なりたい自分になんのを手助けされてる感じ」
検分を終えたのか、身を起こし、顔を向けてくる。
「大事に使ってんな」
そう言って、優しい笑顔で肯定してくれる。
「……うん、大事だから」
ああ、今俺、多分情けない笑みしか浮かべられてない。
眼鏡の位置をなおすフリで顔を覆う。
手が離れる。沈黙が落ちる。キリヤ君が横でちびちびとほうじ茶ラテを飲んでるのが分かる。
これ、おじさんの情緒不安定バレてるなぁ。
ホントどこまでも人を骨抜きにする子だなぁ。
「つまり俺は固定観念から君にいちゃもんつけてたわけね。大変申し訳ございません」
「いや別に謝らせたいんじゃねぇよ」
仕切り直しは大人らしく、はっきりと堂々たる謝罪で始めるが、キリヤ君の反応は不評だ。
でも、続いて笑ってくれる。
「ゴロさんは眼鏡極右だからしゃあない」
「価値観アップデートを試みます」
「新しい服買いに来たのがちょうど良かったな」
流れってあるもんだなと俺も笑ってしまう。
笑い合ってたら、するりと手が伸びて、耳に触れられる。
「とことんやるならピアスはどうだ?」
耳たぶを指でこすられる。なんかちょっとくすぐったい。
「四十の自然治癒力舐めてます?」
「それどっちの意味だ」
「虫刺されが二週間残ります」
「マジでか!?」
この歳で自ら身体を傷つけるなんて自殺行為だ。
「なら」
諦めがたいのか、耳たぶを撫でる指先が耳縁を辿る。上のくるっと丸まってる辺りを、指で軽くつままれる。
「カフはどうだ?」
なんかっ、めちゃくちゃムズムズ、ゾワゾワする!
「お任せでっ」
「言ったな」
あ、早まったかも。
ハイブランドでイヤーカフを見に行くのは、話の流れ的に分かる。俺の腰が完全に引けてても。
構造がシンプルなので、女性物じゃないのかというのをユニセックスで店員さんにおすすめされたのも分かる。あっちは売るのが仕事だし。
片耳売りで、両耳使いでもいいけど二つ買ったら二倍の値段するのも分かる。当たり前だ。セット価格なんてこの業界に存在するわけない。
でも何で、キリヤ君からお揃いのイヤーカフをプレゼントされることになった?
「また変な顔してんな」
「おじさんのありがたくない講釈をたれてあげよう。多分『キツネにつままれたような顔』っていうんですよ、それ」
「急に鼻つままれたらそんな顔になりそうだな」
助手席で思い返して、首を傾げる。
え、何、あの流れ。おかげで昼に食べたハンバーガーの味が記憶にない。ワンコインセットのハンバーガーチェーンなんて、目じゃないくらい、おいしいハンバーガーだったはずなのに。
中年の記憶受容体の許容量が少なすぎる。
「しゃあねぇからもっかい言うぞ」
すでに笑いが混じってる辺り、これ分かってて煙に巻いてないか?
「ゴロさんが気に入ったのが、オレも気に入った」
うん。シルバーのシンプルな、でも武骨な流線型みたいなのが悪くないなぁと思って。
「そんでオレは両耳につけるのも悪くないと思った」
イヤーカフは割と片耳でもスタンダードっぽい話を店員さんはしてたけど、まぁ最終的には好みだってことで。
「ゴロさんは買うかどうか迷ってた。オレは両耳にするかどうかで迷った」
当たり前に高いんだよ。眼鏡はまだしも、使う機会も少なさそうなアクセサリーであの金額はなぁ。
あと、限度額。
「だからオレが二個買って、ゴロさんに片方わたした」
「いや何で?」
ホント何で?
「ゴロさんが使わないようなら返してもらって、オレが使えばいい。合理的だろ」
前方を注視しながら、対向車のライトで照らされる横顔は笑ってる。
「じゃあ一個分普通に俺払えばいいんじゃ」
「使わなかったら勿体ないだろ」
「使わなかった時に買い取りって形でも」
「面倒」
やっぱなんか、ちょっと、分かんない。
「……普通に出費大変じゃない?」
「ヤバい。副業増やすわ」
そう言いながら機嫌良く笑っている。
わっかんないなぁ。
自宅に帰り着いて、茶の一杯でもと今日の感謝も込めてキリヤ君を招き入れる。
「区内に庭付き一戸建て持ち……」
「親からのだよ。見た通り、築年数かなりいってるしね。固定資産税が重い、重い」
椿の垣根の内の、舗装もしていない草地に赤いスポーツカーが停まっているのは何だか不思議な光景だ。
鍵だけは追加でつけた引き戸の玄関を開け、中へと促す。
キリヤ君の動きがぎこちなくて笑える。
キツネにつままれた分の溜飲は、それで下がる。
「……仏壇、手ぇ合わせてもいいか?」
目ざといなぁ。
どうぞぉと台所から意図的に軽く返事を返し、ケトルでミネラルウォーターを沸かす。
居間の方から、お輪の音が聞こえる。
八十度で止め、急須に注いで盆で湯飲み二つと一緒に運ぶ。
昔ながらの畳の部屋に、不似合いな若者。ヘタった座布団に胡座をかいているが、足が長くて収まりが悪い。
湯呑みにお茶を注いで差し出す。
「古い家で悪いね」
「いや……物が散らかってないのがゴロさんっぽい」
「こんなもんじゃない?」
「男のダチ十人で上位三位くらい」
「ちなみに自分を入れると?」
「……服が、片付けんのめんどくて」
「俺、スーツだけだしなぁ」
散らかりようがない。
「モデルで着たヤツ、割安で売ってもらえるんだよ。報酬越すほど買ったことあって、さすがに最近は自制してる」
「それは……脱却おめでとう」
そのサイクルはマズい。働けど働けど我が暮らし楽にならざり、だ。
「オシャレさんなのも納得だ」
緑茶を啜る。何だかんだと言って、家に帰って飲むこの味が一番落ち着く。
これが中年ってことなんだろうな。
「イヤカフつけないか?」
古めかしく重い褐色のテーブルの上、湯呑みの口元に指を置きながら、そんなことを言われる。
「試着してたでしょ」
「もっかい見たい」
「それはスポンサー的要求?」
「つけてくれるならそれでもいい」
視線に、茶化す雰囲気はない。
ずずっともうひと口緑茶を啜って、喉を潤す。それからふすま前に並べていた紙袋の中から、ひときわ小さいものを取る。小さいクセにやたらと分厚くて、丈夫な紙袋だ。今はショッパーとか、言うんだったか。
中から更に小さいケースを取り出して開ける。そこに収まっている、銀のリング型のイヤーカフ。
「オレがつける」
うろっと、鏡を求めた視線は一瞬で見抜かれる。抵抗する理由はなくて、距離を詰めてくるキリヤ君にケースを預ける。
「右と左、どっちにつける?」
「……右に」
言葉と共に耳が見えやすいよう顔を傾ける。見えないところから指先が触れて、何となく唇を引き結ぶ。
指の熱と、硬質な金属の温度差。
「……似合ってる」
鏡はなくて、変化を反映するのは目の前の彼だけで、その賛辞の声色と表情に、何か呼吸がしにくくなる。
キリヤ君が腕を横へ伸ばして、先程の紙袋の紐を指先に引っ掛けて引き寄せる。
「オレのもつけて」
私服モードでいくつか付けていたピアスを左耳から外し、俺の手にもう一個のケースを押し付けてくる。
そうやって器用に外せるなら、自分でつけれるだろうに。
イヤーカフをつまんで、キリヤ君の左耳に近づける。顔を背けてくれないので、距離が近い。キリヤ君の視線と──自分の心音がうるさい。
どうにか嵌め終わって、手を下ろす。
「どうだ?」
自分が格好良く見える角度をよく知っている顔で、挑戦的に笑まれる。
世界を自分中心に回す、自信家でピカピカな笑顔。
「──とってもよくお似合いですぅ」
「何で急に店員みたいな敬語に戻ってんだよ」
──これは、ダメなんじゃ、ないかなぁ。




