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第3話 豪の日誌

『真なる勾玉(まがたま)は陰陽一体。太陰と太陽が交わる時、五行の扉が開かれる』


 豪の日誌にはそう書かれていた。


「おいおい。勘弁してくれよ。これじゃあまるで『伝説の書』じゃないか」


 健人の知る限り叔父は厨二病を患ってはいなかったはずだが……。

 豪はオカルティズムにはまってしまったのだろうか。


「五行の扉ってなんだよ? 太陰、太陽って言葉と一緒に出てくるんだから、『陰陽五行説』の五行なんだろうな」


 元々この世の成り立ちを表した「陰陽説」と「五行説」が一つに結びついたものが「陰陽五行説」だ。

 そのくらいの知識は健人にもあった。


 陰陽説は古代哲学にありがちな二元論の一種だ。この世は「陰」と「陽」という相反する二つの要素でできているとする。

 太陽と太陰、つまり月は自然界において陰と陽を代表する存在として「太」という字を冠されている。


 五行説はといえば、「(もく)」「()」「()」「(こん)」「(すい)」という五元素がこの世の元になっていると説明する。


 一見矛盾しそうな二つの説だが、古代人はこれを融合させた。五行にはそれぞれ陰と陽の相があるとしたのだ。


「木」の陽相を「きのえ」つまり「木の()」と呼び、「木」の陰相を「きのと」すなわち「木の()」と呼んだ。五行すべてに陰と陽の相がある。

 これを暦の十干(じっかん)(じゅう)()()に当てはめたものが「干支(えと)」だ。


「うーん。これじゃあまるで叔父さんが陰陽道か忍術でも追いかけているみたいに見えるな」


 同じ流れに健人の父、兼家もいたことになる。

 父の記憶が乏しい健人だが、父親がオカルティズムに傾倒していたという覚えはなかった。もちろん、豪もだ。


 豪の日誌は「真なる勾玉の手がかりが見つかったかもしれない。奈良に行く」と書いたところで終わっていた。


「叔父さんは奈良に行ったのか。……探してみるか」


 健人は大学の授業を休んで叔父の行先を調べることにした。豪は失踪したかのように見えるが、まだ数日だけのことだ。警察沙汰にするには早すぎる。

 ならば自分で調べるしかないと、健人は考えた。


「しかし、奈良といっても広い。奈良のどこに行ったのか……?」


 豪の日誌にはそれ以上のヒントが見つからなかった。健人は最近のニュースで考古学関係、それも勾玉に関するものがないかと検索してみた。


「む? 奈良県宇陀(うだ)郡で遺跡発掘?」


 祭祀用と見られる土器や銅鏡とともに勾玉数点が発見されたというニュースを見つけた。一か月以内のニュースで考古学上の発掘、それも奈良県でと限定すると、それ以外に該当するものはない。


「きっとこれのことだろう。報道元に聞いてみるか」


 そのニュースを報道したのは「歴史の風」という古代史を中心に紹介する雑誌の編集部だった。


「ああ、覚えてますよ。吉田さんていう学者さんね。ええ、宇陀の遺跡のことをお知りになりたいと」

「やっぱり。実は奈良に行くと日誌に書いたまま、消息が途絶えたんです」

「連絡がつかないんですか? 遭難するような山奥じゃないはずなんですけどね。あ、すいません。ご家族の方にこんなこと言って」


 電話に出てくれた編集部の男は、のんびりした声で健人の質問に答えた。

 詫びのつもりか、遺跡の発見場所や関係機関の連絡先などを編集部員は健人に教えた。


「吉田さんにも同じことをお教えしたんで、きっとその内どこかとは連絡を取っていると思いますよ」


 発掘品を管理しているのは曽爾(そに)村役場の観光課ということだった。


「そうですか。いろいろありがとうございました」


 健人はそう言って電話を切った。


 真なる勾玉とやらを求める豪は、その手がかりを探してきっと村役場に向かったはずだ。健人はそう考え、続いて曽爾村の観光課に連絡を取ろうとした。


 すると、健人が電話をかけるよりも早くスマホの呼び出し音がなった。番号はさっきの「歴史の風」編集部だ。


「はい。吉田です」

「もしもし、吉田健人さんですか?」

「そうですが」


 スマホから聞こえてきたのは落ち着いた女性の声だった。


「わたしは『歴史の風』編集部の(たちばな)(つかさ)といいます。吉田豪さんを探していらっしゃるそうですね?」

「はい。数日前から連絡が途絶えたんです」

「実はわたしも豪さんを探しています。今からそちらに伺ってお話をさせてもらえませんか?」

「それは……構いませんけど」


 橘と名乗る女性は豪のことを知っているような口ぶりだった。だとしたら、失踪する前の状況についてより詳しい話を聞けるかもしれない。

 健人は橘と会ってみることにした。


「ありがとうございます。それでは30分ほどでお宅に伺いますので」

「家の場所はわかりますか?」

「ご心配なく。初めてではないので」

「わかりました。それではお待ちしています」


 健人は再び電話を切った。どうやら橘司は豪と親交があった様子だ。

 健人の知らない豪の情報を聞けるかもしれない。


 橘司を待っている間に健人は曽爾村の役場に問い合わせてみることにした。


「はい。観光課です」

「すみません。東京の吉田といいます。そちらを訪ねて吉田豪という者が伺いませんでしたか?」

「はい? 吉田豪さん? 人探しですか?」

「曽爾村で発見された遺跡のことで伺ったと思うんですが」

「あー、遺跡のことでですか。なるほど」


 役場の人間はどうもうわの空の応対だった。確かに人探しは観光課の仕事ではないだろうが……。


「豪のことを覚えている方がいらっしゃったら、お話を伺いたいんです」

「えー、そうですかぁ。それはどうも……」


 相手の歯切れが悪くなった。何か隠してでもいるのだろうか。


「豪は僕の叔父です。数日前から連絡が取れなくなっているので探しているんです」

「あー、音信不通ですか。うーん、困りましたなー。担当者がなぁ……」

「担当の方がいないんですか?」


 我慢できなくなって健人は相手の言葉をさえぎって問いかけた。


「実は担当者が亡くなりまして」

「えっ?」

「昨日交通事故で。即死でした」


 どういうことだ。叔父の動向を知りそうな役場員が交通事故で亡くなっていた。豪の失踪と関係しているのだろうか?


「いや、まさか」


 健人は思わず内心の動きを口に出していた。


「いえ、本当ですよ? 自家用車のブレーキが故障したらしくて、山道でガードレール突き破って落っこっちゃって」

「あの、もしかして叔父は、豪は一緒だったんでしょうか?」

「いえいえ! 一人でしたよ。同乗者はなし。大人しい運転する人だったんだけどねぇ」


 健人は溜めていた息を吐いた。とりあえず豪の命は無事らしい。

 それは良かったが、豪に会った担当者に話を聞けないとなると足取りを追う手がかりがなくなった。


「もし叔父から連絡があったら、こちらの携帯まで教えてください。留守電でも結構です」


 健人は役場の人にそう頼んで電話を切った。


 頼みの綱がぷつりと切れた。健人にはもうどこを探せばよいのかわからなくなった。

 自分が健常者だったら、あてがなくとも奈良県まで飛んでいくのだろうか?


 杖に頼らなくては歩けない健人に聞き込み調査の真似は難しい。タクシーを利用したとしても、どこに行けばいいのかわからない状況では調べようがなかった。


 ピンポーン。


 来客を告げる音がした。


「電話した橘です」


 ドアを開けると、三十代前半の女性が立っていた。身長は女性にしては大柄で170センチくらいありそうだ。低めのヒールを履いているが、靴を脱いでも健人よりも背が高い。

 手足が長い細身の体にタイトなスーツを纏っていた。髪はショートボブで行動的な性格を思わせる。


 端正な顔立ちだが目が鋭い印象を受ける。


「どうぞお上がりください」


 健人は橘司をリビングまで案内し、ダイニングの椅子を勧めた。この家に応接セットなどないので、テーブルを挟んで向かい合う他なかった。


「ペットボトルのお茶でいいですか?」

「お構いなく」


 そう言われたが飲み物も出さずに初対面の女性と向かい合うのは気まずかった。健人はキッチンまで行き、冷蔵庫からペットボトルのお茶を二本取り出した。


 左手は杖をついて体を支えているため、右手で二本のペットボトルを掴む。慣れているつもりだったが、振り返った拍子に右手のお茶が床に落ちた。


「おっと!」

「手伝いましょう」


 止める暇もなく橘が床に転がったペットボトルを拾って立ち上がった。


「すみません」

「……」


 橘は無言でダイニングの席に戻ると、テーブルにペットボトルを置いた。


 自分が歩くたびにコツコツと鳴る杖の音が、いつもより健人には耳障りに響いた。

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