第2話 叔父の失踪
「考古学者、発掘品を捏造!」
健人の目にネットニュースの見出しが飛び込んできた。
それは叔父吉田豪の発掘した出土品が捏造品だという内容だった。
「そんな馬鹿な!」
慌てて叔父の携帯に電話してみたが、通じなかった。かけ直しても無駄に終わった。
「どこにいるんだ、叔父さん……」
豪は調査旅行に行くと言って、先週家を出た。それ以来一度も帰宅していない。
職場である大学に電話してみると、先週から大学には出勤していないことがわかった。
やはり本人とは連絡が取れないという状況を知らされた。
「失踪」という言葉が健人の脳裏に浮かんだ。
豪にメールを送り、読んだら連絡をくれるようメッセージを残すことしか健人にはできなかった。
「とにかく様子を見るしかないか」
大学から帰宅してテレビをつけると、ニュース番組でも叔父の事件が扱われていた。
「考古学会にスキャンダル!」
「出土品を捏造!」
「自説証明のために魔が差したか?」
キャスターの解説はそんな言葉で埋め尽くされていた。
『兄貴と比べたら俺なんか三流だからな。兄貴の研究を追いかけるだけで精一杯だ』
豪はよくそう言っていた。
豪の研究テーマは健人の父親である兼家の学説を裏付ける証拠探しだった。「自説」を打ち立てて学会で功績を上げようなどという欲はないはずだ。
「何かの間違いに違いない」
健人にはそうとしか思えなかった。
だが、ニュースでは確かな証拠があると報道されていた。
「一体何が起きたんだ?」
煩わしいテレビを消し、健人は叔父からの連絡を待ち続けた。夕食を取ることも忘れていたが、結局深夜になっても豪は連絡してこなかった。
「叔父さん……」
不安に心をかき乱されながら、健人は眠りについた。
◆
「何か手がかりはないか?」
一晩たって健人は叔父を探し出す決意を固めていた。
腹をくくると浮足立っていた心も落ち着いてくる。
「叔父さんの私物をあさらせてもらうか」
非常事態だ。プライバシー云々という懸念は無視してもいいだろう。
「だめか……。めぼしいものがなにもないな」
一時間かけて叔父の部屋を捜索してみたが、叔父の行方を示すものは何も出てこなかった。
もちろん、出土品捏造を示唆する証拠もない。
そもそも豪はミニマリストで、持ち物が少なかった。研究に関する資料を大学から持ち帰ることもない。公私の別をはっきりさせていた。
「そうなると、叔父さんの研究室を当たるしかないか」
健人は叔父の大学に電話し、叔父と連絡が取れなくなったので研究室に立ち入らせてもらえるよう頼んだ。セキュリティに関するルールがどうのこうのと渋られたが、健人の保護者が豪一人であることを言い立てて、何とか許しを得ることができた。
「こちらです。用が済んだら鍵を守衛所に戻してください」
健人を案内した守衛は、鍵を預けて去っていった。
心なしか口調が硬かったのは、彼も出土品捏造のニュースを見たのかもしれない。
ガチャリ。
研究室の中は思ったよりも手狭だった。デスクと椅子、書架がいくつかと、部屋の中央にテーブルが置いてあるだけの部屋だった。
デスクにはノートPCが置かれていたが、パスワードが掛かっていて中身を見ることはできなかった。
「PCの中身を見るのは無理か。俺はハッカーじゃないからな」
ロックを解除する手段のない健人は、他の手がかりを探すことにした。
幸いなことに豪は「アナログ派」だった。「紙とペン」で何か記録したものがあるに違いない。
ここでもミニマリストらしい豪の性癖に、健人は助けられた。書架には参考書籍と発掘品らしき土器や石器を収めたケースが置かれているだけで、記録類は書類キャビネットにまとめて保管されていた。
キャビネットの中身はテーマごとに仕切られ、分類されていた。
ざっと抜き読みしてみると、どれもこれも他の教授が指揮する調査に手伝いとして同行した記録ばかりだった。
手当がもらえるので、生活の足しになるのだと豪は言っていた。
自説を打ち立てて名声を得ることに興味がなかったのだ。
そんな豪が証拠捏造などと。
「これは……」
書類をあさる健人の手が止まった。
キャビネットの奥にあったのは変色したインデックスに記された「吉田兼家研究記録」という文字だった。
「父さんの記録」
そんなものがあるとは知らなかった。
兼家も考古学者だった。考えてみれば研究記録が存在するのは当たり前のことだ。
「豪叔父さんが引き継いでいたのか」
古びた書類は父親の兼家が残したもので、新し目のページは豪が追加した資料だった。
「手がかりがあるとしたらこの中に違いない」
だが、さすがにこの量の書類をここで読み通すことはできない。
「持って帰るか」
研究室の備品と考えると気が引けたが、もともと父親と叔父の所有物である。失踪した豪を探すために健人が持ち出しても問題はないはずだ。
健人は書類をバッグに入れて、豪の研究室を後にした。
◆
「勾玉の研究か――」
初めに手にした兼家の資料は父親の研究テーマが勾玉についての考察であることがわかった。
健人が初めて知る事実である。
「確か瑪瑙とか翡翠で作られたものが珍重されたんじゃなかったか?」
どこかで聞きかじったそんな知識が頭に浮かんだ。
「とりあえず叔父さんの行き先を探すヒントにはならないかな」
父親の記録は古すぎる。最近起きたばかりの失踪事件の鍵となる情報がそこにあるとは思えなかった。
健人は父の資料を戻し、豪の残した資料を取り上げた。
「資料――それも研究日誌か」
何冊かのノートに渡って書かれた豪の研究記録だった。
「やっぱり勾玉に関する研究なのか? なになに? 『形代』としての勾玉だって?」
考古学の知識が乏しい健人にとって初めて見る言葉が並んでいる日誌だった。
「これは……腰を据えて読み込まないとヒントを掴めないぞ」
健人はコーヒーサーバーの電源を入れ、タンクを水で満たした。
自分の部屋からノートPCを持ち出し、リビングのテーブルに叔父の日誌と一緒に置いた。わからない考古学用語をPCで調べながら日誌を読み解くつもりだった。
湯気の立つコーヒーをマグカップに満たし、ブラックのまま一口飲んだ。
「豪叔父さん、一体何を調べていたんですか?」
ノートをめくる音だけが響く部屋で、夜は刻一刻と深まっていった。
◆
「大半の勾玉は偽物だというのか?」
最後の日誌を読み終えたのは翌日の明け方近くだった。
「形代」――人や動物の身代わりにするもの、あるいは神霊の代わりに置くもの。その知識を得て読み進めたのだが、どうも豪の研究では違う意味を込めているようだ。
日本の古い文化では人の魂が海の底に沈む「玉」に宿っていると信じられていたという。
健人は勾玉はその「玉」の役割を果たしていたのだと理解した。
つまり儀式の際に神霊を降ろして勾玉に宿らせる、そういう信仰の道具だったのだろうと。
ところが、豪の日誌には「真なる勾玉」という言葉が登場した。つまり、通常の勾玉はすべて「真なる勾玉」を模した「コピー」、つまり「模造品」と解釈できる。
翡翠製の勾玉であろうとも、それは宝玉ではなくコピー品だというのだ。
信仰上は形代に神霊を降ろすので、コピー品の勾玉でも本物と同じ意味を持つ。
しかし、物質としてみればコピーと本体は全く異なるものである。
「つまり、コピーのもとになったオリジナルの勾玉があるってことか?」
そして、「真なる勾玉」は強大な力を持っているという。
その力を引き出していたのが古代のシャーマンたち。巫女や神官、陰陽師たちだった。
豪の日誌をつなぎ合わせると、そう主張していることがわかった。
「これはちょっとどころじゃなく、だいぶとんでもない学説だな」
まるで都市伝説のような内容を、健人は素直に信じることができなかった。




