反省交流会of碧い視界
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朝起きて、手首に嵌められた手錠を”我が欲へ”で外す。肩を回し、凝り固まった筋肉を解しながらリビングルームに降りていく。部屋着用パーカー姿の閃架がパソコンを覗き込んでいた。
「おはよ……」
「ん。おは、よ……」
俺の挨拶に閃架が勢いよく振り返り、ガチン、と固まった。申し訳なさそうに眉を八の字に下げ、ぱたぱたと無意味に掌を動かしている。いや、眼帯に左眼周辺が隠れているので本当に八の字かはわからないが。
……好ましくないな。
「だ、大丈夫?」
「あ?あぁ。全然よゆ~。っていうかごめんな。うるさかったろ?」
「いや、全然!」
叱られたかのように閃架がビシッと背筋を伸ばす。その視線は俺が閃架に向けたピースサインに注がれていた。手錠で擦ったのか、手首には赤黒い痣と幾重もの擦過傷が付いている。そんなに心配しなくても、後で湿布でも貼っておけばいいんだが。肩を竦めて腕を下ろしながら、袖を引き延ばして手首を隠す。
狂華に発狂させられた自身の経験と閃架の副作用の情緒不安定暴走っぷりの反省を生かして作った、隔離部屋。“我が欲へ”を大盤振る舞いして部屋の強度と防音性を上げ、重くてデカくて頑丈という三拍子揃ったベッド、手錠、猿轡、拘束着が揃っている。要するにホラーゲームで見た精神病院的なアレだ。窓に鉄格子はないけれど。何故なら窓自体がないからな。
昨日俺はその部屋でガッチガチに縛り上がりながら寝て、案の定悪夢を見て暴れたらしい。作ってから試したことはなかったけれど、上出来だったようで満足だ。怪我も擦過傷くらいしか増えて無いし、着ていたジャージもまだ着れる。何より周りのものを壊しても怪我させても居ない。俺で大丈夫なら閃架でも大丈夫そうだな。手錠をしても傷めないようにはしておこう。
脳内のタスク表に書きつけながら、沈んだ表情の閃架の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
初めて会った時よりも、煩わしい荒事は俺に投げてくれるようになったんだがな……。自分《狂華》による発狂はまた別らしい。
キツイはキツイので気軽に狂わされたい、とまでは言わないが、必要がある時は気に病まなくていいのに。というか、今回は流れ弾をミスった俺の責任なのでマジで気にしなくていい。こんな顔をさせてしまった俺の方が申し訳ない。
――いつか何にも罪悪感を抱くことなく、俺のことを利用する様変えてやるからな。
決意を新たにしながら閃架の前の椅子に勢いよく座る。体全体を投げ出すような動きにぎょっとした閃架に見せつけるように、深々と溜息を吐いて項垂れた。
「ダメだな」
「え、」
夢は忘れるものであり、見た悪夢さえ覚えていない。怪我だって全然大したことじゃないけれど――。
「頭痛い。気持ち悪い。優しくしてくれ」
「え、あ、うん!」
あわあわしていた閃架が勢いよく立ち上がる。椅子がズレて、ガタリと大きな音を立てた。明るくなった閃架の顔色を見ながら背凭れに体重を掛ける。やっぱり罪悪感を払拭するには適度な甘えが効果あり、か。俺の方は抱いた罪悪感で胸が痛むが。
「おなか減ってる?ごはん食べられそう?おかゆとかが良い?」
普段料理なんかなるべくしないようにしてるくせになぁ。
いそいそとキッチンへと向かっていく後ろ姿をテーブルに頬杖を突いて眺める。そっと心臓の上を手で押さえた。
俺の執着先は愛をどう表現、解釈するのか。興味はあるが、惚れた相手に直ぐ教えて貰うっつーのも芸は無い。
「米使うならチャーハン食べたい。卵全部使っていいからさ」
ここ最近料理は俺が作ってばかりだが、閃架は元々独り暮らしだ。キッチンを使っている痕跡もあった。今はスマホでレシピも調べられるし、大丈夫だろう。インスタント食品もあるが、どうせなら手間をかけていただこう。その分、キッチリ絶賛してやる。
「あっ、殻っ」
……まぁ俺はなんでも食えるので。