表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
フレイムハート
PR
49/124

次の予定はどうしようか

▽▽▽▽

「お粗末様です……」

「なんでそんなに自信無さげなんだよ」

 大丈夫だってうまそうだよ。

 へにょ、とへたれた雰囲気の閃架に笑いながら最近新しく買ってもらった皿を受け取った。卵と輪切りにしたウインナーだけのシンプルなチャーハンは焼き過ぎて固いところがある。焦げ色と黄色のムラにどんなものよりも食欲がそそられる。ことりと閃架が麦茶の入ったグラスを置いた。

「ククッ」

「……なに?」

「いや、偶には上げ膳据え膳も良いもんだな、と思ってさ」

 自身の料理を笑われたと思ったのだろう。なんか言われたら即座にキレ返そうと準備していた閃架が困った様な呆れた様な顔をした。

「ま、病み上がりの特権だよね」

「……そう聞くと途端に居心地悪くなってくるな」

「え、な、なんで」

 のしかかる責任感と罪悪感に肩を落としつつ、俺より一回り少なめに皿に盛った閃架が対面に座るのを待って手を合わせた。

「いただきます」

「はい召し上がれ」

 お互いにいつもと逆のことを言っているのが愉快である。

 湯気の出ている米と、ウインナーを一切れ、大きく掬って口に入れる。うん。

「うまいな」

「竜騎が作った方が美味しいよ……」

「俺チャーハン作ったことないだろ」

「今度作って」としょげた顔でおねだりする閃架にひらりと手を振り肯定を返す。自炊経験なんて今まで殆どなかったが、元来器用なのが功を奏したらしい。閃架の舌にも合わせられているようで、リクエストされることも多くなってきた。閃架用ならウインナーよりもエビだな。

「こういうのって家で作ると店と結構味違うよな……」

「え……」

「おいマズイってわけじゃないぞ。本当に」

 一瞬で血の気の失くした閃架に慌てて宥める。ぱくり、ともう一口。

「今まで店屋物でしか食べたことなかったからさ。家庭料理としては食べたことなかったんだよ」

 何せ家庭が無かったからな。

 今まで居たところも男所帯だったので料理する奴なんて殆どいなかったし――作る奴は居たとしても、俺に分けてくれるような奴も、俺が手料理を食べたいと思えるような奴も居なかった。

「美味いよ。本当に」

 焦げた米と一緒に噛み締める。

 閃架に尽くしたいし、負担は掛けたくないけれど。彼女の善意ならば喜んで受け取りたい。

「だからまた作ってくれ」

「……機会があったらね!」

「楽しみにしてる」

 あまり気乗りはしてないっぽいが、まぁなんやかんや言って機会があれば作ってくれるだろう。その時は俺が純粋に楽しめる状況だと良いんだが。ひょっとして、俺が病み上がりじゃないと作ってくれなかったりするのだろうか。

「……どう?調子戻って来た?」

「ん、まぁ寝起きよりは。やっぱ飯食うって大事だな。人心地付いた」

「吐き気がするとか頭痛いとかは」

「まだあるにはあるけど……そんな重いもんではないな。肩の怪我とも合わせてパフォーマンスに影響はないかな」

「なんでないの?」

 慣れてるからかな……。

 肩に開いた銃創を眺めながら、心底不思議そうに聞いてくる閃架にスプーンを咥えながらピースサインを返す。

 言うて閃架も苦痛の経験値自体は高いっぽいんだけどな。憑いている怪異にいたっては怪我した方がパフォーマンスが上がると来ている。

 その怪異に呪いを掛けられたものの、脳みそに澱が沈んでいるような感覚が残っているのみ。思考が回る感覚には問題はない。少なくとも自覚の上では。

「んじゃ、仕事の話しても良い?」

「お、っと……」

 チャーハンが喉に詰まる。食べ終わるまでちょっと待ってくれても良くないか、とは思うものの、これは俺が凹んでいるが故の泣き言だ。いきなり飲み込み難くなったチャーハンを流し込もうと、グラスを口元に当て、緩く傾けた。

「取り敢えず。今回の仕事は成功でーす。お疲れさまでした~」

 ブッ。

 驚愕に噴出された麦茶が頬に跳ねた。幸いにもコップの縁に跳ね返され、水面を揺らしただけで済む。返された反動で流れ込んで気きた麦茶に俺は思いっきりむせかえったがきた。

「え、何大丈夫?」

 何が起こったのかわからない顔できょとんとしている閃架に”待って”と掌を向ける。異物感を吐き出そうと痙攣する気管を強制的に押さえつけた。それよりももっと気になることがある。

「え、成功――?失敗しただろ?」

「は?してないけど」

 肩で息をしながら喘ぐように声を出す俺に閃架が不審そうな顔をした。顔を顰め、右眼を眇める。至近距離で目を合わせないと見えない刻印が、この距離でも目に取れた。透き通ったアウインが幻想的なラピスラズリに変わる。

 ――見られている。

 不快感こそないものの、圧のある視線――眼力に背筋が震えた。

「ひょっとして狂華になんかされた?」

 ああ、それで。珍しく眼帯を着けて、左眼を塞いでいるのか。狂鬼を封じる為に。

 今もわざわざ“鬼眼”を起動している。俺の異変を視る為に。

 瞳孔の収縮から心拍数、血流まで測られているのがわかる。

 閃架が視易いように背筋を伸ばした。

「されてない。と思う。少なくても自認では」

 閃架がゆっくり、大きく、確かめる様に瞬いた。まだ疑っているな。俺にしては珍しく素直なのに。

「絵、盗めなかっただろ」

「あ、それでか……」

 険しかった顔が呆けた。気が抜けたようにだらりと椅子に凭れ、麦茶を一口。ことん、とグラスがテーブルに戻される。

「盗むってのはあくまであくまで方法ルートだ。目的ゴールじゃない。あたし達は絵について調査出来ればオッケーだよ」

 閃架が指先でするりと右眼を撫でた。隠すようでもあり、見せつける様でもある手つきに誘われ目を奪われる。

 “鬼眼”。存在を視る存在イグジスト。万物を測り、万物を存在す()るとする瞳。

 確かに目的はあくまで調査であり、もっと言えば、その瞳で視認さえできればいい。

 いや、でも。

「視られない、って言ってなかった?」

 だからこそ、時間を掛けて、ゆっくりと解析する為窃盗する、という話じゃなかったか。

「絵が寝てた時の場合でしょ?覚めてたじゃん」

「あ、あ~」

 輝く瞳に睥睨されながら、星が瞬き始めた宵空みたいな瞳でじ、と絵を見返していたことを思い出す。目を丸くして、力の抜けた体で、瞳にだけ力を入れて。時間にしては1分も満たなかったのに。

「あの時かぁ……」

 ぐだりと力を抜いた俺に返って来たのはダブルピースだった。咥えられたスプーンがぷらぷらと揺れている。

「そういやなんであの絵って起きたんだ。解説ってして貰えんのか」

「ん、あー」

 閃架が顔を顰め、喃語とも吐息とも取れないものを漏らす。多分説明が面倒くさいんだろうな。

 閃架がちらりと先ほどまで使っていた、今は脇に避けているパソコンに視線を落としつつ、掬ったチャーハンを口に含んだ。もごもごと咀嚼しつつ、思考を巡らせる。説明するか否か。次の言葉の選択を。

 閃架、説明するの下手くそだからなぁ。

 ”天眼”である閃架は他人とは視えている世界が違う。文字通り。前にちょっと説明してもらった時は大量の数値と数式を浴びせられてわけわかんなかったもんな……。

「んん」と唸り声を上げた閃架がぺろりと小さく唇を舐め、口を開いた。

「あの絵ってさぁ、ギリシア神話のメディアって魔女がモデルのやつじゃん?」

「らしいな」

「メディアってさぁ。恋した相手の為にアルゴー号って船に乗って、黄金の羊の毛皮を探しに行ったんだよね。知ってる?」

「何となくは。英雄イアソンの冒険譚だっけ」

「そう。後にメディアはイアソンを憎むことになるんだけど。その過程や経緯は興味があれば自分で調べてもらうとして。ラブストーリーの舞台は航海中。彼女の愛は海に縁がある」

「……海水か」

「当り」

「やっちまった……」

 鳴らない指を弾く閃架の前で両手で顔を覆って項垂れる。あー……。

 弾いた銃弾が空の水槽割っていた。状況とタイミングから見て、アレがトリガーだろうとは予想していたが。濃く香る潮の匂いを思い出し、溜息を吐く。

「海の気配に愛する彼でも思い出したのかねぇ」

「匂いは五感の中で一番記憶に紐づいている、っていうしね」

「にしても、復讐の魔女のくせして随分とセンチメンタルな」

「復讐の魔女だからこそセンチメンタルなんじゃないのぉ?情が無ければ、わざわざそんな面倒なことしないでしょ」

 誰かに傷付けられての復讐なら傷付けてきた相手を愛していたから。誰かを傷付けられての復讐なら傷付けられた相手を愛していたから。

 閃架の主張に成程と頷いた。確かに俺も大蛇サーペントに復讐しようとは考えなかったし、閃架が殺されれば相手の一族郎党友人知人惨殺するだろうな、とは思う。

 愛とは狂気の源泉、とは聞いたばかりの受け売り、それも閃架の半身の言葉だが。確かに復讐なんて非合理的且つ非生産的なこと、まともな奴ならやらないだろうな。

 恋に酔って、溺れて、溺死した女の子、ね。そりゃあ海に縁あるわけである。

「なんて、あたしが言っても説得力ないかな」

 そう締めくくった閃架に片眉を上げる。別にそんなことはないれけど。閃架に復讐したい相手がいるのだろうか。愛していない相手に、愛していない者を傷付けられたことがあんのかな。

「んで、起動すると近くの人を引きずり込む」

「絵の中に?」

「うーん、なんていうのかな……。間違っちゃいないんだけど……。メディアの精神世界っていうか支配領域、の方が近いかな。呪いを掛ける用の。より正確に言えばメディア自身の呪いではなく、作者がメディアなら掛けるであろう思った呪いなんだけど……。まぁそういう空間だよ。視えた情報を解析すると何か愛?的なもん?を頭に叩き込まれるらしい。あたしは精神汚染に関しては無敵の狂華ちゃんが居るけど。竜騎どうだった?体感した?」

「あー……、うん。まぁ結構強烈な経験だったよ」

 す、っと視線を逸らす。

 魔女の慟哭よりも鬼の紅い濁流の方がよほど苛烈だった。

 思い出した頭痛にぐ、と眉間を強く揉み込む。瞼の裏に焼き付いた色を頭を振って追い出した。

 俺に注がれた狂気は閃架の余剰分。僅か数滴。十割どころか十全が頭に収まっている閃架にとって魔女の呪詛など風が吹くようなものだろう。というか掌男も自力で解除できていたのだし。俺がやたら相性良かっただけかもしれない。彼女の主張にむかつき過ぎて、言い返そうと無意識の内に逆に受け入れてしまったのかも。

「んで?」

「促されたところで、概ね説明は終わりかな。そういう感じの観測結果をもっと詳細かつ数値的なレポートにしてさっき依頼主に送ったとこ」

 レポート、って聞くと途端に学生っぽいな……。題材は裏社会のものだし、閃架の見た目は中学生だが。中学生はレポートじゃなくて作文か。

「無関係みたいな顔してっけど君も絵による発狂レポ書くんだよ」

「え?報告書終わったんだろ?」

 正気じゃない自分なんぞ直視したくない。ましてや言語化なんて、恥を晒せと言われているのと同じである。普通にスッゲー嫌だ。というかテーマが愛で当事者が閃架で俺の一番ドロッとした部分だ。絶対閃架に知られちゃ駄目だろ。

「あたしの個人用だよ。あの依頼主は客観的数値プログラムコードだけ知れれば満足だけど、あたしは主観的感想プレイデータも欲しいから」

「はい……」

 閃架が閃架の為に欲しいというなら俺に否は無いです……。

 はーっ、と大きく溜息を吐き、天を仰ぐ。そんなにめんどくさい?と閃架が首を傾げているが、応える余裕が無い。いや、流石に俺の内情全て曝け出すわけにはいかないので、その辺は誤魔化すが……。

「依頼主ってあの機械音声君のことだろ?そういや名前ってなんていうの?」

「さぁ」

「あ?」

「本名もコードネームもアカウント誰も知らない」

 気取った様に節を付け、言葉を紡ぎながら、腕を広げる。面白いだろ、と言わんばかりに楽し気だ。確かに正体不明のハッカーなんて、物語の設定みたいで閃架の好みだな。

「……通り名は?」

「そもそもあんまり表に出てこないから。あんまり人に頼ることもないっぽいし……。クラッキングも得意なんでこのネット・監視社会で情報収集にわざわざ他人を頼る必要もないんでしょ」

 それだけ聞くとあっちの方が情報屋っぽいな。

「そんなスゲェ相手から依頼来るんだ」

「ちょいちょい来るよ」

「優秀だからなぁ……」

「へっへっへっ」

 照れくさそうに笑った閃架がテーブルに手を付き身を乗り出した。

「そんな有能なハッカーさんからのご依頼パートツーだよ」

 おなじみのVサイン。

 俺にとっては2回目だけど、閃架にとってはパート幾つなのだろうか。

 空の上、暗く狭いコンテナの中、ぼんやりとした意識下でした会話を思い出す。

 あの無機質ながらも呆れを伝えてくる機械音声の言う通り、依頼は達成されていた。俺は情報屋“閃鬼”について知らなかったし、信じてもいなかった。

 機械音声君に嫉妬できる立場でさえない。情けねぇなぁ。我ながら。

 溜息を吐きながら目の前で伸びる2本指をまとめて握りこんだ。

 驚きから妙な声を上げる閃架の手は年齢から比べても幼く見える。引き寄せて軽い力で揉み込んだ。皮と薄い肉の直ぐ下に骨の感触。

 驚きつつされるがままの閃架に口角を上げて、不甲斐ない気持ちを切り替えた。

「それで、内容は?」

「ん。喜べ風竜」

 挑むように好戦的な面。幾何学的な刻印が刻まれた眼球の煌めきは悪意にも善意にも見える。

「リベンジ戦だ!」

「――狙撃手か!」

「あったり~」

 正解を祝うクラッカーの様に空いた腕で閃架が太腿を叩いた。その腕で鷹揚に頬杖を突いて体重を掛ける。

「あの凄腕スナイパーさんの正体、調べて欲しいんだって」

 だから取り敢えず、とっ捕まえちゃおうよ。と、なんでもない顔で閃架が告げる。何故こいつは情報屋の依頼をおとなしく調査だけで済ませようとしないのか。まったく、ワクワクしちゃうじゃん。

 握ったままだった閃架の指を引き寄せ、しっかりと手を握り直した。

「良いな。嫌いじゃないぜ」

「でしょ!」

 愉快そうな笑みに同じく強気な笑みを返す。

 Part2は閃架にフォローさせないように。俺がフォローする側に回れるように。――少なくとも対等に。

「次は勝つ」

「別に負けたわけではないでしょうに。ま!頑張ろうね」

 痛む頭も治って来た。取り敢えず、作ってくれたお礼に食べ終わった食器は俺が洗おう。

「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした!」

 デザートは閃架の満面の笑み、っていうのは流石にちょっとクサ過ぎるかな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ