イチオシ商品③
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ジンジンと痛む腕で床を押し、身体を起こす。閃鬼さんの隣に並び立ち、彼女の苦い表情に顔を寄せた。
「お知合いですか?」
「こいつ等に道端で攫われそうになって止めたんだよ……風竜君が」
「えっ、閃鬼さんを攫おうとしたんですか?それは勇気があるというか、運が悪いというか……」
《考エ無シナダケダ》
機械音声に閃鬼さんが力の抜けた笑みを浮かべた。とん、と壁に肩を付け、全体重を預ける。それでも支え切れず、ずるずると体が下がっていくが、今度は手を貸さなかった。代わりにフォローする為開けていた手でリボルバーを握る。
《強イノカ》
「う~ん。風竜は結構簡単にボコってたけど、1人は相性良かったからなぁ……。2人とも”異在者”だよ。拘束系――”檻”を出現させる存在異義と機動力を上げる存在異義」
「あっ、だから急接近されて気付かなかったんですね」
「う゛っ。そうです……。ゴメンね……」
「いえ、こちらこそ……」
申し訳なさそうに視線を逸らす閃鬼さんを他所に、私に思考を埋めるのは1つだった。
――風竜さん、2対1で勝ったんですね……。
「では私が倒せると思いますか?」
「さあて。どっちにしろ逃がしてくれなそうな雰囲気だよね~」
「敵愾心剥き出しですもんね……」
《君もな》
急に脳内に響いたのは、ライセイさんの肉声だった。
地上に降りるまでは聞けないだろうと思っていた声に肩が跳ねる。閃鬼さんは何の反応もしていない。私だけが繋がっているらしい。閃鬼さんにバレるとマズイのかと思って口を噤む。
《いや、君のはただの負けず嫌いか》
――図星だった。
風竜さんが楽に倒した相手に負けたくない。
心の中の火種が燃えていた。
「な、なんでこんなに恨まれているんですか」
ごほんと咳払いし、閃鬼さんに水を向ける。頭の中での《責めている訳ではない。君に”そこ”を求めてないのも事実だが》という声は無視をした。
何でも何も。我ながら不自然な話題の転換だったが、閃鬼さんは気が付かなかったらしい。ひょいっと首をこちらに傾かせた。
「落ち目のヤクザでさ。なんか、自分の組の再生をこのオークションに賭けてたっぽいんだよね」と肩を竦める。
態と聞かせたのか、単に頓着しなかったのかはわからないが、極道2人の耳にも入ったらしい。若い方が「あ゛!?」と凄んだのを気にする様子無く、閃鬼さんが逆側に首をコテンと倒した。
思考を巡らせるような僅かな沈黙。閃鬼さんが薄っすらと笑みを浮かべる。創った表情で「いやぁ、まったくさぁ!」と声を張った。
「自分等は散々悪い事しといて。いざ自身が破滅しそうになったら恨み言とか、悪党としてもド三流だよね!チャンスとか言ってたけどさ!閃鬼を倒した事実を材料として、格上探して売り込みでもする気ぃ?」
「おぉ……」
煽りますね……。
《戦ウツモリカ。先ヲ急グノダガ》
「相手の存在異義の特性上、逃げ切るの難しいでしょ。やっちゃった方が良い」
《戦ウノハウチノセランナンダガ》
「それはゴメン!」
思わず感嘆する私の前で閃鬼さんとライセイさんがヒソヒソと囁き合う。閃鬼さんがこちらを伺う視線を投げかけた。
「どう?セラン。いける?」
発火した負けん気はメラメラと燃えている。応える為に息を吸った。
「私が買い取る契約を結んだんだ」
私が何かを言うよりも速く、高級な革靴が鳴る音がした。
壮年男性の声に、閃鬼さんがピクっと肩を揺らす。憎々し気に舌を打った。飢えた獣のようにギラギラと光る碧眼が声の元へ向かう。
「ディオニュソス……」
「そこのお嬢さんも異在者とは。喜ばしい。今は少しでも多く落札予想価格を補填したいのでな」
「ハッ。わざわざ自分で前線に?あんたは黒幕タイプだと思ってよ。何?そんなに困ってんの?結構だな」
「重要な商談は自分で行うようにしているんだ。でなければ商品の価値が見極められないだろう?」
平静に見えるディオニュソスさんとは対照的に、閃鬼さんは悪感情を剥き出しだ。顎を上げ、攻撃的に口角を吊り上げた。
一瞬で返り討ちにされるので実行はしないでしょうけど、今にも殴りかかりそうな閃鬼さんをまじまじと見つめ――震える指に気が付いた。
リボルバーをホルダーに戻し、閃鬼さんの指を掌で包む。閃鬼さんがぎょっと振り返った。
「な、何……」
この震えが恐怖によるものか、怒りによるものかはわからない。ただ止まらないかと思って、閃鬼さんの指をぎゅっと強く握り込む。緊張で冷えた指先に私の熱が移れば良いと思った。
場にそぐわない暢気な行動に閃鬼さんの瞳が丸くなる。先ほどまでの凶暴さが鳴りを潜め、幼さが増した。
この顔が実年齢通りなのか、それよりも幼いのか。対人経験の少ない私にはわからない。ただ彼女の震えを見た時に、心の中で負けず嫌いとは違う火が燃え上がった。
それは新しく吐いた火ではない。この艦に乗る前から燻っていた。
――閃架さんに好かれることをしたい。
「だって、私、閃鬼さんと友達になれたら良いな、って思ってたんです」
「――はぁっ!?」
こんなことを本人に告げるのなんて、小学生まででしょう。青春漫画でしか見ないような台詞をもろに食らって、閃鬼さんが素っ頓狂な声を上げた。
「風竜さんへの対抗心はともかくとして、どちらにしても倒さなくてはいけないんですよね」
《色々ト言ッタガソノ通リダ》
打ち上げられた魚のように、パクパクと口を動かす閃鬼さんに向けていた視線を稲妻のアイコンへと移す。
ライセイさんの機械音声は内心が読めない。閃鬼さんの震えに気が付いているのかもしれないし、いないのかもしれない。私の炎についてもどうなんだろう。ただ反対はされなかった。
「さっき聞かれたことの答えなんですけど」
「え、あ、うん?」
未だ混乱冷めやらぬ閃鬼さんが戸惑ったように唸る。先ほどの閃鬼さんと同じように強気に、ただ敵を威圧するものでは無く、安心させるような笑みを浮かべた。
「いけます。私が全員倒します」
「おっ、おう。ありがと。――え?」
だから今度、一緒に映画に行ってくださいね。




