96_桜花動乱_ヤマト
冬が目を覚ます。
白い息がヤマトの体温を奪い去っていく。
「もうすぐ着くわよ!」
手がかじかみ感覚はあるのかないのかわからなくなった。
「見えた。降ろしてくれ!」
獣桜組の車、その進行方向にヤマトは降り立つ。
「ちょっとヤマト手錠!」
セレネの言葉も無視して急いで車に向う。
唸る駆動音、向う先は同じ。
姿を現すハイエンドモデルのアンドロイド兵。
木々をざわつかせるほどの咆哮と共に強烈なタックルがアンドロイド兵を吹き飛ばす。
「なんの騒ぎ?」
運転席と後部座席からホロケウ、ノラ、アナが武装して現われる。
それにさえ目もくれず、ヤマトは真っ先にアンドロイド兵を襲う。
アンドロイド兵もガウスキャノンを構え撃ち放つ。
何発かヤマトを掠める。それでヤマトは止らない。
「アアアアアア!」
人の言葉さえ忘れてしまったかのような咆哮、頭突きにタックルをアンドロイド兵に浴びせ攻撃の手を緩めない。
カシュン――。
ヤマトの肩を貫くガウスキャノン。
よろけたヤマトを押し出すようにアンドロイド兵が体勢を整える。
「何の騒ぎ?」
後部座席から顔を出すのはエマだった。
アンドロイド兵はエマを見つけると真っ先にガウスキャノンを向ける。
ホロケウはエマを守るためにアンドロイド兵に遮るように移動をする。
本来であればその隙にノラとアナが援護射撃して時間を稼ぐが、狙いに困っている様相で引き金を絞れずにいた。
セレネの武装は高火力兵器のみで使ったら最後誰かしらに被害が及ぶ。
だがしかし、このままガウスキャノンが放たれれば、ホロケウ諸共エマは撃ち抜かれるだろう。
誰も間に合わない。
本当に――?
鎖に繋がれた虎は、既に足を地面から浮かせていた。
軋む手錠が悲鳴を上げる。
いくら鉄とは言え、強度に限界がある。
「アアアアアアアアア!!」
バリンと音を立ててヤマトの両腕が解放される。
軽量セラミックで出来たアーマーの上からヤマトの拳が打ち込まれる。
踏み込まれた脚、握り固められた拳、柔軟な関節駆動、絶え間ない訓練、そして手負い。
あらゆる好条件に恵まれた。
「ウソ……でしょ……」
呆然とする者、目を丸くする者、驚嘆する者、三者三様の表情の中である女性だけはまるで知っていたかのように笑っている。
撃ち出された拳は防弾素材を破壊に至らなかったが、その接合部が断裂し衝撃で回路を破壊するに至る。
そこに立つ男はトラという生き物の枠組みを超えている――。
雄叫びひとつ、勝鬨の声上がる。
「こんな借りで戻れると思うな」
エマは冷ややかな目でヤマトを見る。
「NNEDは――」
「「この兄姉殺しが! タイガを返せ!」」
ノラとアナがヤマトの言葉を遮る。
「……人食い虎、さっさと去れ」
「…………はい」
ヤマトは肩から流れる血を手で押さえる。
「あんたが本当のことを話せばそんな苦労せんでええのに、なしてそこまで意地を張るん?」
「……それは……言えない」
「なして?」
「……また、いずれお会いしましょう。あとタイガの倉庫には秘密の抜け道があって知っていれば誰でも入れます」
ヤマトは踵を返す。
「……さんが無傷ならそれでいい」
小さくつぶやいて歩き出す。
「セレネ、帰る」
「いいの?」
「頼む」
セレネのパワードスーツに乗ると椿宮師団に戻る。
夜空には月が浮かぶ。
昔、エマとタイガと見た月を思い出す。
「なんでアンドロイド兵がいるってわかったの?」
「ノラとアナが手引きしたからな」
「なんで教えてあげないの!」
「言っても無駄だ。証拠もねえし俺には信用もないからな」
「アンタねえ! 言わなきゃ伝わらないこともあるのよ!」
「そうだな、悪いな不器用で」
「はぁ……本当にバカね」
「よく言われる」
「まぁ……嫌いじゃ無いわよ私は。でもちゃんとアンタから言いなさいよ?」
「わかってる。俺もあんた見てえなダチ、嫌いじゃねえよ」
「あらどうも」
ヤマトの一撃で獣桜組とシルバーベルのいざこざは一端の終止符が打たれた。
だが、これはほんの始まりに過ぎなかった。




