79_桜花動乱_ヤマト
ヤマトは天帝邸の屋上で寒い夜風を浴びていた。
ナガトは急遽、獣桜組に向かいまた一人になってしまった。こうなるとヤマトにも張り合いというのが無くなる。
「お、ヤマト君、ここにいたのか」
「ムサシさん」
ムサシがマグカップを二つ持って来る。
「ココア飲む?」
「どうも」
マグカップをひとつ受け取る。甘い香りとミルクのコクに何よりも優しい甘さが口いっぱいに広がる。
「なんだか元気ないね」
「まぁ……ちょっと、昔のことを思い出して」
「昔のこと?」
「誰にも言えない苦い思い出っすよ」
「小生でいいなら聞くけど?」
「いや、墓まで持っていくつもりっす。そう、決めたので」
「ふーん、そっか。あ、そうそうこれ」
「はいはい」
ムサシは懐から携帯端末を取り出して写真を見せる。
写真には昔嫌と言うほど見覚えのある注射器が目に映った。
「これ何だか知ってる?」
「NNEDっすねニューラルネットワークエクステンションデバイス、使うと超能力みたいな力を得られるものっすね」
「詳しいね。これを使えば小生らも強くなれるのかな?」
「それ感染者に使っても効果無いので止めた方がいいっすよ。感染者になるとベースの生物と遺伝子が交ざって正常な人間の脳波じゃなくなってNNEDが上手く作動しないんですよ」
「そうなんだ。逆に言えば、脳波さえ合えば感染者でも使えるってこと?」
「さぁ? あとそれ致死性が高いタイプなので使うと二人に一人くらいは死にますよ」
「マジか……というかなんでそんなに詳しいんだ?」
「俺が前所属していた獣桜組の寅組でそれを密売してましたからね。あんま売れなくて倉庫で埃被ってましたけど」
「ヤマトはこれを取り扱ってたの?」
「正確には当時の寅組のタイガって男です。血は繋がってないですが俺の兄貴でした」
「そっか、お兄さんの仕事を手伝ってたわけね」
「そんなところです」
「実はさ、これが今、シルバーベルの手に渡ったらしい。寅組の倉庫から盗まれて」
「へぇ……」
ヤマトは大して驚きはしなかった。
「驚かないのな」
「ええまぁ……あの倉庫はだって――」
ヤマトは言葉を無理矢理止めた。
「倉庫がどうしたって?」
「……今盗まれたって言いました?」
「うん、そうだよ」
「――ッ!」
ヤマトは屋上から飛び降りる。
「おい! ヤマト君!?」
「行かねえと!」
(あの倉庫は厳重なロックがかかっているまともに入れるわけがねえ――!)
ヤマトは心臓が高鳴る。
(言わねえと、盗んだ奴は間違い無く――)
「ご機嫌よう」
若い女性とオイルランプの光が優しくヤマトを照らした。
先ほどまで鮮明に見えていた夜の景色が見えなくなる。振り返ると明かりは全て消えていた。
見えるのはランプの光だけ。
「なんだこれ」
ランプの光が近づく。
「大丈夫、手を繋ぐと心が安らぐから」
女性の声だった。
手を掴まれると、チクリとした。
「ん……なんだよこれ……?」
急激な眠気と共にヤマトは意識を失う。
「大丈夫、大丈夫――」




