78_桜花動乱_ナガト
獣桜組の幹部、馬組のメズキが椿宮師団に来ていた。
「こちらを」
メズキは透明なチャック付きのポリ袋を取り出す。
「これは注射器か?」
カナメが奇妙な形の注射器に目を細める。
「NNEDね」
チユは口元を抑えて深刻そうな顔をする。
「NNEDってなんだ?」
「ニューラルネットワークエクステンションデバイス、略してNNED、すっごい端的に言えばナノマシンによる能力拡張デバイスね」
「具体的に何が出来るんだ」
「超能力者になれるわ」
「おいおい、ここは女神様がチート能力をくれるファンタジーじゃないぜ?」
「でも実際に起こるのよ。詳しいメカニズムは割愛するけど」
「海外ではこんなのが流行っているのか」
「ほんの七十年くらい前はね。今はその致死性の高さからリスクとリターンの観点から条約違反に制定されているわ」
「そんなものがどうして?」
「それについては小官が説明いたします」
メズキは話をするために一息間を置く。
「元々これはほんの数年前まで獣桜組の商材でしたが、危険な代物だったので直ぐに取引を止めました。所持しているだけで麻薬よりも罪が重いので取り寄せたのはいいものの、まったく売れず手を持て余していました。今は亡き虎組のタイガが管理をしていたのですが、彼は殺害されてそれっきり管理されていませんでした。ですが最近になって虎組の倉庫にあるはずだったNNEDが明らかに減っていた」
「シルバーベルが持ち出したのか?」
「倉庫にはパスワード式のロック、そのパスワード入力画面に入るためにはIDカード必要です」
「てことはつまり裏切り者がいるわけか」
「陛下の察する通りでございます。さらに厄介なのは誰のIDカードを使ったかは履歴が削除されています」
「足が付かないようにしているのか」
「その通りです。この履歴削除は獣桜組でも幹部以上の権限を持つ人間しかできない」
「キナ臭くなってきたな」
「裏切り者は獣桜組の幹部の誰かになります」
「なるほどそれで余たち椿宮師団を尋ねてきたわけだ」
「それもありますが、そちらのドロイとユネも嫌疑の対象です」
「ドロイがそんなことすると思っているのか?」
「であれば相応しい証明を、ちなみにユネについてはほぼ白確定しております」
「どうして君影研究所は白なんだ?」
「日頃の行いです。それに君影研究所のポリシーとしてNNEDなんて燃やすことはあれど使うことなど絶対にしないのですから」
「そりゃそうだが、金に目が眩んだとかは?」
「君影研究所は現在、非感染者向けの施設を作っている最中です。NNEDを持ち出す理由が見当たりません」
「NNEDを使って病院を使わせるためってのは?」
「そんなことしなくても、トモエ殿下のお抱え医師団って言うだけで事足りるでしょう」
「まぁそうなるな。しかし、ドロイの潔白証明か」
「ご安心ください、ドロイもそのうち外れると思います。倉庫に侵入した時点で匂いでわかりますから」
「はぁ……脅かしやがって」
「まぁ、でも潔白ではないので怪しい行動はしないでください」
「わーったよ」
「あの、ドロイさんの犯行の可能性ですが――」
ナガトがおもむろに口を開く。
「何でしょうか?」
メズキがナガトに視線を合わせる。
ナガトは数秒チユを見つめると、チユは静かに頷く。
「そもそもドロイさんは椿宮師団ですよね」
「ええ、その通りです」
「であれば、所属を考えた時、シルバーベルの比較的近所である椿宮師団に危険が迫るようなことは避けるのでは?」
「それは……」
「個人で考えた場合ですが、NNEDがいくら高く売れるとしても買う側であるシルバーベルにそこまでの大金を用意できる産業はあるのでしょうか?」
「…………」
「もっと言ってしまうと、ドロイさんはNNEDについてご存じでしたか? タイガさんの事件以前にドロイさんは獣桜組に在籍していましたか?」
「…………」
「はいはーい」
チユが手を叩きながら場を和ませる。
「ナガトの推理は当たっているわよ。少なくとも裏切り者は獣桜組であるのは間違いないわね。詳しくは調べてみないといけないのだけど……残念なこと今の私には調査できないわ」
「あぁ……それもそうですね」
メズキは疲れたようなジェスチャーを見せる。
「代わりにナガトをインターンに出すわ。近接戦闘と射撃の訓練を併せてお願いできるかしら?」
「あなたの頼みなら断る人間なんていませんよ。ナガト君、よろしくお願いします」
メズキはナガトに頭を下げる。
「よろしくお願いします。メズキさん?」
「クラマメズキです。獣桜組所属、感染者等級は乙種です」
「じゃ、そういうわけで、冬の間はメズキに面倒見てもらうわ」
チユはいきなりナガトを突き放す。
「え、師匠は!?」
「別件のお仕事があるの、しばらく関わらないようにね」
「了解です」
「よろしい」
こうしてナガトは一時的にメズキの部下になった。




