77_桜花動乱_ヤマト
雨が降っていた。
冬の香りを纏った風が吹いている。
「もうすっかり秋だな」
ヤマトが呟く。
「というかもう冬ってぐらい一気に寒くなったね」
ナガトは返事をしながら包帯でグルグル巻きになった左腕をさすっている。
「今度は何やった?」
「ナイフでざっくりやった」
「痛そうだな」
「そうでもない、包帯が大げさなんだ。なんでも三日もあれば完全に治る補修剤を塗ってるんだけど、密閉しないとダメみたいでさ」
「相変わらずだな」
そういうヤマトも頬に出来た青たんに顔をしかめていた。
「そっちは?」
「グーで」
「天帝陛下も加減を知らないみたいだね」
「こんなのいつもの事だよ」
「それもそうだね」
ナガトの携帯端末が鳴る。
『ナガト? ヤマトも一緒にいるなら天帝陛下の執務室に来てもらえるかしら?』
チユからの連絡を受けて、二人は足早にカナメの執務室に向った。
「お、来た来た」
カナメとチユ、それにメズキが居た。
「メズキ……」
「おや、人食い虎ですか」
冷たい視線を向けられる。
黒い髪に黒い服、辛気くさい顔が今のヤマトには懐かしかった。
「……要件はなんだ?」
ヤマトは気まずそうに開いている椅子に座る。
「天帝陛下」
「どうしたメズキ?」
「うちの組ではそこの人食い虎とは仕事をしない決りなんです」
「こいつは椿宮師団の一級感染者だ。戦力としては十分だろ?」
「いえ、そういう問題ではありません。人食い虎はタイガ暗殺事件の犯人なので」
「それは獣桜組で追放処置をしたろ? 椿宮師団は関係ない」
「文句があるならエマに」
「……わかったよ」
カナメは視線をヤマトに向ける。
「気にしてないんで」
ヤマトは立ち上がって執務室のドアノブに手を掛ける。
「ああ、人食い虎」
メズキがわざとらしく呼び止める。
「なんだ?」
「帰ってこようと思えば帰れること、お忘れなく」
「わーってるよ」
「それと一級感染者なら相応の態度と節度を身につけなさい。人殺しには何を言っても無駄でしょうけど。最近寒くなってきているので余計に人の粗相が目に付くんです。もう少し冬に合う格好したらどうです?」
「うるせえな」
ヤマトは悪態をついて外に出た。
ヤマトが呼ばれたのはおそらくメズキの申し出だろうとヤマトはすぐにわかった。
わざとらしく小言を言っているが要は『一級昇格おめでとう、最近寒くなっているので風邪引かないように厚着で過ごすように』と言いたいだけに過ぎない。
「はぁーあー……ホント幹部の奴らは不器用だよなぁ」
ヤマトが吐いた言葉に対して、全員「どの口が言うか」とツッコミが飛んで来そうだったが今のヤマトの周りには誰もいなかった。




