表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/167

68_一刀両断_ヤマト

 野生の勘が伝えてくる。

 ここから先は逃げるのが最良だと。

 

 戦う事そのものが最悪だと全身の細胞が危険信号を伝える。

 

 

 だがそれはあくまでヤマトの人間部分の遺伝子が勝手に言ってるに過ぎない。

 ヤマトが宿した獣は少なくとも逃げるという言葉をこの場において、選択肢に入れることさえしようとしない。

 

 むしろ嬉々として闘争を欲している。

 

 

 牙も爪も鋭く研ぎ澄ましている。

 

 

 何も躊躇うことはない。

 邪魔する者もいない。

 

 

 もし、もしもいたとしても――。

 

 押し通ればいい。

 

 

 

 ヤマト、再びムサシに接近する。

 放つ刃の輝きさえその二つの相対する双眸が掻き消してしまう。

 

 斬られれば痛い、それどころか命を落とすだろう。

 

 決死であり必死の一撃。

 

 

 

 ヤマト曰く――。

 

 相手より早く、こちらが一発当てりゃ、斬られずに済む。

 

 

 相手より先に一歩を踏み出す。相手より先に拳を届かせる。

 

 迷わない――。

 

 

 覇気を纏った拳、相対するムサシの頬からは冷や汗がたらりと垂れる。

 

 刃は翻る。

 

 だがヤマトの一発が速い。

 

 

 ムサシは流麗な足裁きでその一撃を躱し、右足でヤマトの足を払うと切っ先を地面に沈みゆくヤマトに向ける。

 

 

 ヤマトは笑う。

 

 

 策は無いが知っている。

 

 

 相手が優位に立っているとき、自分が笑うと必ず相手は――。

 

 一瞬だけ体を硬直させ周りを見回してしまう。

 

 

 

 もっとも、その隙を突いたのがナガトなのはヤマトも想定外だった。

 

 

 ナガトは素早くナイフを振りながら太刀が嫌がる距離まで詰め寄る。

 ナイフに集中すれば地面から尻尾が搦め手を狙うため、ムサシの注意は削られる。

 

 そこまでしても実力差はムサシが圧倒的に上。

 

 

 二人は百も承知している。

 

 

 それでも前に進む。

 

 勝ち取りに行く以外の道は全て捨てたのだから――。

 

 

 

 ヤマト、この土壇場で更に速度を上げる。

 

 足も拳もようやくムサシの反応速度に並ぶ。

 

 拳と刃の応酬、その隙間を縫うナガトのアシスト。

 

 ここまでしてようやく今のムサシの速度について行けていた。

 

 

「もっと速く!」

 

 

 気合いを入れる。

 

 思い出すは、天帝カナメとの修行。

 

 あれに比べれば今の速度は眠気さえ覚えるほどだ。

 だが、そこに死があるだけで動きは鈍ってしまう。

 

 覚悟だけでは超えられない経験の壁にぶち当たっている。

 

 現状を突破するには今ここでそれを超える。

 

 戦いの中で成長? 進化?

 

 否。

 

 最早それは突然変異の次元だ。

 

 

 

 だが、ヤマトもナガトもその到達点に指をかけていた。

 

 

 あと数センチの世界にまでたどり着いていた。

 

 

 

「届けッ!」

 

 うなり声と共にヤマトは前に出る。

 

 迂闊にもムサシの切っ先が肩の付け根に食い込む。

 

 赤い血が垂れる。

 

 ミスをしたと誰しもが思うだろう。

 

 

 

 ムサシ、ここに来て初めて驚きの表情を見せる。

 

 何せヤマトの筋肉が刀の切っ先を締め上げて放さないのだから。

 

 

 ナガトは蛇のように地面すれすれを移動してムサシの背後に回り全身を使ってムサシを締め上げる。

 

「今だ! 俺ごと頼む」

 

「死ぬんじゃねえぞ!」

 

 

 ヤマトは一瞬力を緩め切っ先を払う。

 

 

 地面のコンクリートが砕ける。

 

 踏み込んだ足が地面を抉る。

 

 

 放たれた拳、大の男二人が空中に弧を描く。

 

 

 

 渾身の一撃、立っていられる人間は片手の指を持て余すだろう。

 

 

 ナガトは咳き込みなが起き上がり、素早く距離を取る。

 

「効くなぁ……」

「生きてるな」

「今日一番のダメージだ」

「そりゃどうも……んだけど、まだみたいだな」

 

 

 ゆっくりとムサシは立ち上がる。

 

 両腕が変異を始める。

 ゴツゴツとした質感に加え、明らかに太さが増して筋力が増しているのがわかった。

 

 

 

「……誰かは知らねえけど」

 

 ムサシはふらつきを止める。

 

 目には明かりが宿る。

 

 

「小生、負ける訳にはいかない――」

 

 両手で握っていた刀、その左手を放す。

 

 

 黒いモヤのようなものがその左手に集まり棒状になり、そして振り払う。

 

 

 青白い刃、見とれるほどの刃紋、力強く鼓動するように光輝く。

 

 

 二振りの刀、一人の侍。

 

 

 黒錆神楽に魅入られた男――。

 

 

 

「いざ参る」

 

 

 

 第三ラウンドの火蓋が斬れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ