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51_修練進化_セレネ

 

 

 獣桜組、社長室。

 寝殿造の建物、その一番奥にセレネは案内される。

 

 一段高くなっている。時代劇でお殿様が座る高座にはゆったりと足を伸ばして半分寝そべったまま煙管を付加している女性がゆったりと待ち構えていた。

 

「遙々遠いところ、えーっと独逸(ドイツ)やったっけ? よー来はりましたななぁ」

 

 頭には水牛のような二本の角、艶やかな刺繍が施された和服、帯によって胸部がいっそうに強調され色気が服を着ているようだった。

 

(私も大きい方だけど、比べる気にもならないわね)

 

「座ったらええよ」

「失礼します」

 

 セレネは用意されている座布団に正座する。

 

「商談前にちょーっと世間話でもどうです?」

「はい、問題ありません」

「んもー、そんな硬くならなくてええよ。はんなりしたらええ」

 

(ペースを乱されないようにしないと……)

 

「いえ、これでも崩している方です」

「そーかーそーかー、それならええんやけど」

 

 セレネは直感的に理解した。獣桜組の頭目エマは危険な人間だと。

 柔らかな視線は一見すれば優しさに溢れているが、底の知れない恐怖を感じさせた。それが魔性のそれなのか、それともわざとそういう演出をしているのか。それを判断するためにはセレネはあまりにも若すぎた。

 

「それで世間話でしたか?」

「そーそー、ねえ。ちょーっと聞きたいことがあるんよ」

「何でしょうか?」

「シュミットトリガ社、世界有数の装備開発メーカー。知らんとは言わんよな?」

「ええ、当然です」

「最近、社長が代替わりして若い小娘に変わったらしいのよね」

「知っております」

「あんな、おかしいとおもわへん? ただの若い小娘が大企業の社長を引きずり下ろして社長になるなんて。いくら先代社長の亡くなった一人娘でも。角が立つもんやろ?」

「そうでしょうか?」

 

(この女、わざと私を苛立たせているわね……)

 

「そや、きっと裁判長にやらしいことして判決を有利にしたんやろうなぁ」

 

 セレネはわざとらしいエマの挑発に眉をピクリとさせた。

 エマはその機微を見逃すこと無く、言葉を捲し立てる。

 

「そらぁ、目の前にいるお嬢ちゃんみたいに美人なら裁判長もコロッと落ちてまうやろうなぁ。そうは思わん? お嬢ちゃん?」

 

 エマは優しく笑う。

 

「別に、地頭が良かっただけじゃないでしょうか?」

 

 セレネは挑発に乗らない。

 

「ふーん……そうかぁ……でもよー聞く話に二代目はアホになるって言うやろ? ああ、いや、別にお嬢ちゃんのことを言ってるわけやないで? ただのよー聞く話な?」

 

(何がしたい? 挑発する理由は? 単純に舐められてるの?)

 

 エマの腹が読めない。

 

「それはどうでしょう、ことシュミットトリガ社の女社長にそんなことはないでしょう」

 

「ふふ、そないなこと、自分で言うか?」

「ええ、私はCEOなので」

 

 セレネは臆せずに答える。

 

「ん~あ~そっかそっか、シュミットトリガ社の女社長ってあんさんのことやったのか。堪忍なぁ……手違いで秘書さんでも来たんかと思ったわ。なにせこんな僻地やから」

 

 わざとらしくエマは言う。

 

(完全に舐めてるわねこの女)

 

 セレネは激怒寸前だった。カナメからエマは食えない女と聞かされていたから平静をまだ保てている。

 

「ええ、改めまして。シュミットトリガ社の代表取締役社長兼CEOのセレネ・シュミットトリガです」

 

 セレネは下げたくもない頭を下げる。

 

「武装化警備会社獣桜組、組長……今は社長やったっけな。獣桜(ししおう)愛茉(えま)や。よろしゅうなぁ」

 

「世間話はもう結構ですか?」

「ん? ああ、最後にもうひとーつあったわ」

「何でしょうか?」

「君影研究所の坊や……名前なんやったっけなぁ?」

「君影研究所……」

「そこの坊や今、えらいことなってるんよ」

 

(確かナガトは君影研究所……)

 

「えらいこと、と言いますと?」

「なんかね、行方知れずになっとるんよ。心配やねえ」

 

(騙されないわ、ナガトは今椿宮師団にいるとカナメから聞いている。これはハッタリね)

 

「それは大変ですね」

 

 エマは表情を崩さずにっこりと笑っている。

 

「そうやなぁ……今頃どうしてるんやろな」

 

(意図が読めない……)

 

「私はここに住んでいないのでさっぱりです」

「せやろなぁ……あぁそうそう、うちを引退して椿宮師団でのんびりしているチユっていう別嬪さんがおるんやけど。今ナガトっていう子を可愛がってるらしいんよ」

 

「何ですって?」

「この前、電話したときは随分な感じだったわぁ。もう骨が折れる骨が折れるってチユが楽しそうに言ってはるさかい、うんうん頷いて聞いとったわぁ」

 

(椿宮師団にいる元獣桜組のチユ……それにナガト……マジでこの女、何かやったのかしら?)

 

「へ、へぇー。それは……楽しそうで」

 

「そうなんよ。あれ? そう言えばお嬢ちゃんはナガトと面識があったんやっけ?」

「ありますが?」

「ふーん……心配事も多いやのうて?」

「――ッ!」

 

 エマは口角を上げた。

 

「何? うち何か悪い事したん? そないにこわーい顔して?」

 

 セレネは赤い髪を逆立てる。

 

「回りくどいのは嫌いなのよ」

「ふーん、そうなんや。じゃあ、ここは一つ勝負をいこか」

「勝負?」

「そない難しいことやない。うちところの腕利きと射撃の腕を競って欲しいんよ。確かお嬢ちゃん火薬式の銃には覚えがあるんやろ?」

「ええ、良いわよその勝負乗ってあげるわ」

 

「おおきにありがとうな。うちらが勝ったらそっちから買うもの半額にまけてな」

「んなっ!」

「え? なに? 大企業の社長さんが啖呵切って勝負に乗るっていったやん?」

 

(この女……最初っからそのつもりで!)

 

「こっちが勝ったら何要求してやろうかしらね!」

「おー、怖い怖い……まぁなんでもええよ」

 

 まんまとエマの口車に乗せられてセレネは負けたら大赤字の勝負をすることになった。

 

 

 

(この女、本当に食えないわね……)

 


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