28,炎帝の剣
――空を覆う、黒桃色の光の幕。サンバナの町から、やや南西の方角から、その光の幕が形成されている。
「何だ、これは……一体!?」
第二波攻撃部隊として、城国へ向かっていたティーダ。突如襲ってきた、衝撃波を間一髪のところで避ける。
落ち着いて辺りを確認する。第一部隊は、直撃コースだっただろう。遥か向こう、城国方面は混乱しているように見える。それに同じ部隊の人間でさえ、死者が多発している。
謎の衝撃波により、一瞬で命を散らせた戦士達。生き残った者は、全員が黒桃の光を見つめている。
「ティオ……」
言い知れぬ不安感。拭いされなかった予感。その全てを、今こそ最も実感する事ができる。
ティーダは作戦に関係なく、ひとりでに足が動き、その光の幕――黒桃の翼を目指し走り出していた。まだサンバナから、そう遠く離れた場所ではない。ティーダならば、すぐに戻れる。
――しかし、その戻った先には、変えられぬ現実が待ち構えていた。
「ティオ……そんな、馬鹿な……」
ふと、目の前で浮遊する、ティオと視線が合わさる。
「火の騎士か。ずっとお前を見てきたが、直に見るのは初めてだな」
「何を言っている……ティオ!?」
ティオであって、ティオではない。別人とも呼べる目の前の人間。顔つき、口調、纏う雰囲気、その全てが知りうるティオとは違う。
「ハッハッハ――私はティオではない。いや、ティオなどという、私の中の疑似的人格と一緒にされては困る……」
「疑似的……人格?」
「――わかりやすいように言ってやろう。我が名は、命の騎士ティアナと呼ばれた、最初のアルティロイド。そして……この肉体のオリジナルの人格は、ティオではなく、この私だ!」
どうしても拭えなかった、言い知れぬ予感は当たっていた。
だが当たっていたからと、どうなるわけでもない、はずだった。ティオが仮にもティアナだったとして、それを受け入れれば、全ては収まるはずだった。そう、ティオがかつて自分を受け入れてくれたように、今度は自分がそうすれば……。
「お前も私と共に来い! 我らアルティロイドという名の、忌まわしき存在を造りあげた王にっ、人間にっ、共に裁きの鉄槌を下そう……私とお前には、そうできる権利がある」
裁きの鉄槌を下す権利。確かにアルティロイドには、それがあるのかもしれない。
最初のアルティロイドのティアナから、現在最後のアルティロイドのクリッパー。彼等は、例外なく元は人間だったのだ。
究極の生命体――アルティロイド計画。アルティロイドには、誰しもがなれるわけではない。いわゆる『適合者』でなくてはならない。人体改造、聖獣と称される動物との核融合。その全てが適合しなければ、たちまちその命は、闇に消えていく。ティーダもティアナも、そんな壮絶な人体実験による産物だ。
「私達は汚い人間の、勝手なエゴによって造られた! そうなる前までは、平和だったはずだっ、家族がいて、友達がいて、そんな当たり前を奪われた結果がこれだっ、今度は私達が奪うのだ、恐怖を与えてやるんだ!」
「……違う」
「違くない、それが人間という汚い生き物だ」
「……違うっ、人間は……全てがそういうものじゃない! この大地は、ティオが平和を願った大地だ、……お前が破壊を望むのなら、俺はお前を止める!」
炎帝・ヴェルデフレインを鞘から抜き出し、構えるティーダ。
「人間に感化されたか、火の騎士。それも良いだろう……死ね」
腕を振るうティアナ。それは再び衝撃波になり、大地をえぐっていく。
それを回避し、一気に間合いを詰める。まずはティアナの意識を失わせる。セレナの時の方法が、ティアナに通じるなら、一時的とはいえ、この騒ぎを止める事ができる。
「ティオを、引っ張り出させてもらうぞ!」
だが勢い良く振ったヴェルデフレインは、ティアナに当たる事なく、その刃を止められる。
「なっ……!?」
刃は決して、同じように武器で止められたのではない。ティアナの目の前の、見えない空間が、その攻撃を遮断した。
「残念だったな、火の騎士。……見えているだろう? 私から放たれている、黒桃の光が。これはただの視覚的効果の飾りではない、私の体を守る為の防御幕。……そしてっ!」
腕を振るい、再び衝撃波を発生させるティアナ。攻撃後の硬直もあり、かすった程度だが、大きく飛ばされるティーダ。
「ぐあっ……!」
「この状態の私は、何者にも勝る最強の兵器となるんだ……。最強のアルティロイドと称された、火の騎士よ。せっかくだ、もっと私を楽しませてくれ」
「――くっ、……このっ!」
再度飛び上がり、ティアナへの攻撃を開始する。一撃目で、お互いの力の差を認識したティーダは、完全に攻撃体勢で臨む。
その証拠に、一度で意識を刈り取ろうとはせず、二度、三度、四度と、その電光石火の剣を仕掛けていく。
だがその度に、ティアナの形成した防御幕に阻まれ、決定打になり得ない。
「……くっそ、――うぐっ!?」
今度は腕を振るわず、コンパクトな掌打を、ティーダの腹部に放ち、そのまま地面に叩き落とす。
「うっ……げほっ、げほっ……!」
「アーッハッハッハ! 残念だったなぁ、私の攻撃は何も衝撃波だけではない。その肉体から繰り出される、小さな攻撃の一つ一つが、名刀をも凌ぐ武器になるのだ!」
激しく咳き込み、吐血し、その場に倒れるティーダ。既に呼吸も荒い。
「最強の火の騎士も、私の前ではこの程度か……いささか拍子抜けだな。……だが私にも、この状態で戦っていられるのには、限界時間がある。同胞を殺すのには抵抗があるが、私の復讐の為に、障害となる者は排除するっ、さらばだ、火の――」
「――行け、パルティナ!」
突然飛び交う、四つの光弾。一発一発が、かなりの威力を持っていたが、それすらもティアナの防御幕に阻まれる。
そう、そしてこの攻撃の正体はリオだ。見ると、リオとクリッパーが、この戦闘領域に姿を現した。
「ふふ……何かと思えば、王の完全なる犬になった、アルティロイドではないか」
「くそ……クリッパーに、リオ……。この機会に……俺を殺しに、来たのか?」
ゆっくりと空から舞い降りる、二人の騎士。光と闇の騎士、リオとクリッパー。
クリッパーは、無様だな、と言いたげにティーダを睨み付け、
「勘違いをするな。俺達は、王を守る為に、奴を殺す為にやってきただけだ」
「キャハハハ! そういう事ね、殺すチャンスを見逃すのは、さすがに残念だけど、今は見逃してあげるわ!」
「リオにクリッパー、か。面白い、どんなものか……相手をしてやる!」
その言葉が合図となり、光と闇、そして命の騎士の戦いが始まる。
リオは、クリッパーが懐に飛び込む為の援護に、パルティナの一斉掃射をする。
「無駄だよ、そんな攻撃ではね」
「――ならば、これならどうだ!」
援護射撃の間に、接近したクリッパーは、大鎌ソウルイーターと、自慢の怪力を活かした攻撃にでる。これならば、どんなものでさえも粉砕してしまうのではないか、そんな錯覚をさせるぐらいの、気迫ある攻撃である。
だが、ティアナの防御幕はそれでも打ち消せない。
「……ぬっ、ああああぁぁぁぁぁ!」
「うふふ、そんな野蛮な獣のような声を出さなくても、これを突破する事はできない、わっ!」
気迫籠るクリッパーに対して、ティアナは涼しい顔をして掌打を顔面に放つ。
「ぬぅ……っ!?」
「貴方も墜ちなさい、火の騎士のように、ね……」
ティアナにしてみれば、ちょっと相手を押した程度、しかしクリッパーにすれば、強大な力で突き飛ばされたに等しい、衝撃が腹部に襲ってくる。
「があっ……ぐっ……!」
吐血するクリッパー。その意識は、今の攻防で断ち切られてしまいそうになる。
「あら……見かけ通り、貴方は火の騎士よりも、打たれ強いようね?」
「――クリッパー、離れて!」
動けないクリッパーの、時間を稼ごうと、必死の思いでパルティナを放つリオ。しかし健闘も虚しく、何の時間稼ぎにもならない。
背中を叩かれ、その威力と勢いで、地面に衝突するクリッパー。防御能力に、随一のものがあった、クリッパーでさえも、ものの三発の攻撃に動けなくなる。
「クリッパー!」
「光の騎士……天使を気取る愚かな女……ふふふ、貴女も墜ちなさいよ」
リオに向け、腕を振るい衝撃波を発生させる。
「ふ、ふざけんなっ!」
せめてもの抵抗か、パルティナをティアナに向け、一斉掃射を繰り返す。
しかしその光弾も、ティアナに当たる以前の問題であり、衝撃波の風圧だけで、光弾が弾かれていく。そして衝撃波がリオを捉える。
「――きゃあああぁぁぁぁっ……!」
その衝撃波により、体をズタズタにされ、墜ちていくリオ。既に意識が無いのか、あるいは死んでいるのかさえもわからない。それ程の肉体と衝撃の、激しい衝突だった。
「興醒めね……ここまで一方的な暴力をかざすと、さすがに罪悪感もあるわね。それでも私の復讐は遂行する。ティオの影になり、ずっとこの時を待っていたのだから!」
ゆっくりと前進していくティアナ。黒桃の翼を携えし悪魔は、ゆっくりと城国へと進んでいく。
「……くそっ、ティオ……お前を、行かせるわけには……!」
何とか立ち上がり、ティアナに向かっていこうとするティーダ。しかしその足は、突然止められる。
「――待て、火の騎士……」
「クリッパー……!?」
「貴様一人では……あいつを止められん……」
それはわかっている事だった。一回の衝突で、それ以前に対峙しただけでもわかったのだ。命の騎士と自分との力の差を。――いやティーダにはもっと前からわかっていたのかもしれない。
ティオの中に内包されていた、得体の知れない力強さ。それが現在、ティアナが使っている力そのものなのかもしれない。だが、ここまでの強大なパワーを、一瞬で溜められるはずがない。長い時間をかけて、地道に溜めていかなければならないはずだ。
「……どうだ、火の騎士……。一つ、俺と交渉……しよう」
「交渉……だと?」
クリッパーからの突然の提案に、困惑するティーダ。
「そうだ……見たところ、お前はあの女を、止めたいらしい……それは俺も一緒な事だ。俺も……あの女を城国へ……王の元へ行かせたくはない」
「つまり――利害の一致」
「さすがだな……その通り、俺とお前は……今の時点で利害が一致しているはず……だ。俺に、協力しろ」
考えた事もない提案事だった。決して相容れぬ仲だと思えたクリッパーとの、いまだけとはいえ共同戦線を張る。
「――良いだろう。だが、手はあるのか?」
すると、クリッパーはダメージが色濃く残っているのだろう。震える指先で、ティーダを指し示す。
「確実とは言えん……。だが、切り札は貴様にある……かつて俺と戦った時、一時的とはいえ俺を圧倒したあの力、そして不発に終わった技……」
ティーダの戦闘力を飛躍的に上昇させる、業火の騎士への覚醒と、ティーダの持てる最大級の大技エクスプロージョン。確かに、今現在で出せる最高の切り札な事には変わりない。
「だが二つの技の発動には、長い予備時間が必要になる。そんな時間は……今この瞬間にはない……」
「それは……俺が作る」
クリッパーは、大鎌ソウルイーターを支えに、何とか立ち上がってみせる。他人事で見ても、痛々しすぎるその肉体は、かつての猛々しさを感じられない。
「だが……」
「早くしろ! 敵は待ってはくれんのだ!」
ティーダに克を入れつつ、自分にも気合いを入れるように、めずらしく大声をあげるクリッパー。
「わかるだろう……? 今ここで、あれを止めなければ全てが終わる……」
クリッパーは、迷いなく飛び立つと、一気にティアナに向かっていく。その姿を見て、ティーダも業火覚醒と、エクスプロージョン。その持てる最大を発動する為の準備を始める。
(――無駄にはしない。お前が作ってくれた時間を、決して無駄にはしない。……そしてティオを、ティオを助ける。……頼むエンドラ、俺の心に反応してくれ、もう一度だけで良い、これが最後でも構わない、俺に……俺に、ティオを助ける力を貸してくれ!)
ティーダに炎のオーラが纏われる。その炎は、かつてない程に揺らめき煌めき、ティーダを火の騎士から業火の騎士へと覚醒させる。熱く燃えたぎる深紅の瞳が見つめる先は、深紅の剣――炎帝・ヴェルデフレイン。
(力を集約させろっ、ヴェルデフレインへ! 俺の身体が壊れても、ヴェルデフレインが砕けても、それでも構わない。だから……俺の中の限界という壁よ、砕けろ! そして、力を……もっと力を!)
炎が集約していく。ティーダとヴェルデフレインに。業火が浄化していく。黒桃に包まれたフィールドを。
それを成す、炎帝の剣――エクスプロージョン。
「――命の騎士、覚悟!」
ティアナの背後から襲いかかる、クリッパー。既に正々堂々の概念はなく、ただティアナを止める、という一点のみに目的を絞っている。
「闇の騎士クリッパー!? まさか、もう動けるというのか」
肉体は万全ではないが、それを気迫で補っている。その甲斐もあってか、繰り出す斬撃の破壊力は先ほどを、大きく凌駕している。だが肉体のダメージも、その補った気迫の分だけ大きい。破壊力とは裏腹に、その鋭さは既に錆びついてしまっている。
「なるほど……大した男だよ、クリッパー。火の騎士と並び、最強のアルティロイドの事だけはある」
「違うっ……!」
意味のわからない事を言う、そう言いたげなティアナの表情。
「最強は火の騎士……俺は、まだっ、火の騎士から最強の称号を奪っていない……そう、奪っていないのだぁっ!」
気迫が肉体を凌駕したのか、クリッパーの斬撃に鋭さが戻る。だが破壊力と鋭さの両方を兼ね備えても、ティアナを守る防御幕を突破するには至らない。いまだに余裕の表情を崩さないティアナ。
「馬鹿な男。くだらない執着心よね」
「貴様とて……同じようなものだ……」
「っ……!?」
そのクリッパーの発言に、苛立ちを感じさせられたティアナ。今までは余裕の表情で、クリッパーの攻撃を眺めているだけだったが、ティアナ自らが攻撃に打って出る。
「王の犬の貴方如きに、私の、何が、わかるっていうの!」
言葉と同時に、クリッパーを殴りつける。そのたった一発の攻撃でも、普通ならば即死してしまう程の威力がある。クリッパーはこの時に、四発の攻撃を受けた。
「虫の息の……犬がっ!」
頭部を殴られ、それと共に鈍い音が響く。
「かっ……はっ…………」
「アハハハハ、アーハッハッハ、もう終わりよ闇の騎士、逆らわなければ長生きできたのにね――うっ!?」
ティアナの言葉を遮るように、ソウルイーターを振るうクリッパー。既に意識はなく、半ば本能のみによる攻撃といっても良い。
「この……私を、これ以上――怒らせるなぁ!」
最後のトドメといっても良い一撃、再びクリッパーの頭部を殴りつけ、それと共にクリッパーが落ちていく。血だらけとなり、腫れ上がらせたその肉体は、とてもクリッパーとは思えない。
(火の騎士……あとは……頼ん……だ、ぞ……)
「――ありがとうクリッパー。そして、任せろ!」
最大級の業火エクスプロージョン。その剣を携えし騎士が、黒桃の空を舞い駆ける。
「くっ……火の騎士!? だとしてもっ、私を止める事は――」
まさに死角だった。誰も予期していなかった、そこから一発の光弾がティアナに当たる。完全に倒れたはずのリオが操る、パルティナ。そのたった一つだけが動き、僅かといえども動きを止めた。
「ちぃ、あの女――……はっ!」
「エクス――プロージョン!」
炎帝の剣と、黒桃と翼。その両者が激突する。荒れ狂う衝撃の嵐が、世界に吹き荒れる。
(――ティオ! 目覚めろ、俺は、ここにいるぞ! お前が困った時には、俺が必ず助ける! ……だから、だから……お前には、いつまでも俺と共にいてほしい……ティオ!)
炎と命の衝撃の交差する中で、少女の覚醒が始まろうとしていた。