29,覚醒スル命
(――ティオ!)
誰かが私を呼んでいる。誰だろう、私はこの声を知っている。
(――目覚めろ!)
でも思い出せない。記憶の片隅に残る、聞き知った声。
(――必ず助ける!)
助ける? 私は幸せ、とても今が気持ち良い。
(――いつまでも俺と!)
俺。私は俺を知っている。俺は私、私は俺?
「違うよ、貴方は貴方だよ」
私が貴方?
「そうだよ、私は貴方、貴方は私」
違う、貴方は誰なの?
「私は……まだ生まれてきていない存在、このまま死んでいく存在」
生まれてきていない、死んでいく存在?
「そう、でも貴方はまだ生きているよ。さぁ、目を開けて!」
目を開ける。何も見えない。
「あはは、こっちを見てごらん」
あっ――。それが貴方?
「そう、これが私」
光……なの?
「光でも闇でもない存在。さぁ、これで自分を見てみて」
自分?
「自分は貴方。さぁ、勇気を出して!」
――これが、私? 貴方とは違う。
「そうだよ、だって……貴方は生きているからね」
私は、生きている。
「さぁ、命の鼓動に、命の声に耳を傾けて! 貴方を呼ぶ、貴方の為の――」
「――うおおおおぉぉぉぉぉっ!」
「ぐぅ……この力、私に匹敵するというのか、火の騎士!」
「俺は……俺は、負けない! ティオを救い出す!」
ティオ、さっきから呼ばれるその名前。私はティオなのだろうか。
熾烈を極める激突。業火エクスプロージョンを持ってしても、黒桃の翼を突破できない。いや、最初から突破する事は不可能だったのだろうか。
「ふっ、くっくっく……そんなにティオが大事かい! こんな私の復讐劇に巻き込まれた、哀れな女がっ!」
「……わからない、俺は……まだあいつをどう思っているのか、はっきりとは言えない。でもっ、あいつがいてくれたから、今の俺がある! ――だから、目を覚ませ、ティオ! こいつに、こんな奴に負けるんじゃない!」
こんな奴?
私は私の隣に存在する、彼女の存在を見る。彼女は私と同じだ。でも、とても怖い顔をしている。
「ほざけよっ、火の騎士――ティーダ!」
ティーダ。知っている、私はその名前を知っている。
いつも無愛想で、素っ気なくて、でも――でも実はとっても優しくて純粋な人。そんな貴方だから、私は……。
「くっ……業火の限界時間か……」
「ハッハッハッハ! 無理をしていたんだなぁ、火の騎士。でもそれも終わりだよ、よく頑張った褒美に、一瞬であの世に送ってあげるよ。あの世に行けば、ティオも待ってるぞ!」
「ティオも……待っている……?」
一瞬、ほんの一瞬だが、力の抜けるエクスプロージョン。しかし、それを見逃すはずもなく、ティアナは黒桃の翼で、炎帝の剣を弾き飛ばす。
――違う、違うよ、そこにいっても、私はいないよ!
「終わりだ、火の騎士……」
ティアナの拳に、力が集約していく。そして、それを一気にティーダに放った。
駄目、諦めないで、お願い――。
「死ねっ、ティーダ!」「生きて、ティーダ!」
「っ……!?」
二重となって聞こえる声。片方の声は、ティーダにとって聞き覚えの――いや、忘れるはずもない声。
僅かの差で、ティアナの拳を避ける。その拳圧により、後方の大地が大爆発を起こした。
その力のほとんどを使い果たし、力なく大地に落ちるティーダ。
「ティオ……なのか?」
虚ろな瞳で見上げる空。そこにいる、一人の少女はティオであり、ティアナでもある。
「ティーダ……」「何故だ、何故、私が表にいるのに……!」
一つの肉体に、二つの人格。そして二重に聞こえる声。
「ティアナが目覚めて……全てがわかった」「この私がいるのに、何でティオが出られるんだ!」
その表情、挙動は心なしか、ティオのものに感じられる。肉体の主導権を握っているのだろう。
「私は……かつて城国にいて、命の騎士としての改造を受けた存在だった……。最も、その時の人格はティアナのものだった」
「何を言っているんだ、ティオ……?」
「私は、いえ私達は、人体改造の失敗の烙印を押され、そして捨てられた……。あの高い城国から、でも……私は生きていた。そしてソリディア兵士長に拾われ……ティオが生まれた」
ティアナとしての、ティオとしての、記憶を辿るように、静かに話すティオを、ティーダは黙って見つめ、そして聞き続ける。
「でも……でもね、私はそれで良かったと思えるんだ。だって、そうなったからパーシオンに生きれて、ソリディア兵士長、ハリスさん、カルマン君、ラルク先生……もっと沢山の人達やロビン、そして……ティーダに会えた」
「……ティオ」
「――でもねっ」
ティーダの言葉を遮るように、ティオは力強く言葉を続ける。
「でも……ティアナの目覚めによってわかった、悲しい事もあるんだ。ティーダ……貴方がデュアリスちゃんを殺したんだね?」
「……あぁ、仕方がなかった、とは言いたくない。俺は……義兄妹であるデュアリスを殺した」
ティオは唇を噛んだ。涙を流さないように、その行為をただ耐えるように。
「そう……か。デュアリスちゃん、今ならわかるよ……デュアリスちゃんも、ティーダが好きだったんだね。実は義姉妹で、親友で、恋敵で……あはは、何か嬉しいようで、悲しいような感じがする」
耐えきれず涙が溢れ出す。うっすらと優しい笑顔に、悲しき涙がつたう。
そしてティーダに向き直る。向き直った顔には、既に笑みも涙も無い。
「――ティーダ」
「ティオ、戻ろう。俺達がいた場所へ」
この言葉に、ティオは首を縦に振らなかった。
「……ティオ?」
「ティーダ……ごめんね。私の……お願いを聞いてほしいの」
「お願い? 何だ、言ってみろよ……」
それを聞き、ティオはティーダに笑顔を向ける。どこか無くなってしまいそうな笑顔に、ティーダの鼓動は不思議と早くなる。
「ティーダ、私を――」
時が止まったのではないか、そう感じられるぐらいに早さで、ティオの言葉はティーダに入っていく。
「私を――殺して」
ティーダには、何を言っているのかわからなかった。いや、わかってはいたが、どういう事なのかが、わからないでいた。
「そんな……事が、できるわけないだろ! それに、何でお前を殺さなければならないっ……!」
それを言った笑顔は既になく、悲しみに満ちた顔だけが、そこにある。
「ティアナが全てを知っていた……。私は命の騎士として生まれて、命の騎士だけができる特殊な能力があった。――ティーダも知っていると思うけど、アルティロイドは後世に遺伝子……つまりは子を残す事ができない。そして、私が生まれながらにして持っていた力は、ある方法を使い、遺伝子を残す事ができる力……」
「話が見えない……それと、お前を殺さなければいけない事と、どう関係があるんだ!?」
「――その後世の残し方。それは母胎に生命エネルギーを徐々に蓄え、それを外部に出す方法。思えば、私の左胸の痛みは、この生命エネルギーの蓄積に伴う痛みだったんだね。私という生命エネルギーの器に、少しずつ蓄積されていくもの。本当なら、このエネルギーを意図的に発散させる事ができるみたいだけど……」
そこまで言いかけ、ティオは「えへへ……」と笑う。
「残念だけど、私は発散させる方法を知らずに、ここまで来ちゃった。もう……後戻りはできないみたい。私という器は、エネルギーを許容量以上に取り込んでしまって、垂れ流しの状態みたい……。そしてティアナは、その時を待っていたみたい。私は……放っておいても、命を出し尽くして死ぬ。でもティアナは、出し尽くすまで、力を使い復讐を果たそうとしているの……。お願い、これ以上、私達が育った大地を壊させないで」
「そんな……そんな事を言ったって……俺にはできないっ!」
「ティーダなら、そう言ってくれると思ってた。でも……お願い、私を殺して。そしてティアナの怨念を断ち切ってあげて! それに……私の、私達の中に宿っている『まだ生まれてきていない命』を、私達という殻の中から出してあげて。この子は、一人では外に出られないの……」
ティオの、ティアナの中に宿る、生まれてもいない生命エネルギーの存在。新たな命の鼓動を外に出す為には、その殻となった命の鼓動を――断ち切らなければならない。
「そんな……そんな事っ……」
「急いで、急がないと……ティアナが目覚める!」「そうはさせない! この私の身体の中にいる生命エネルギーは、私が使うんだ!」
再び聞こえ始める二重の声。それと共に、黒桃の翼の活動が活発になっていく。
「早く! この子と……未来に進んで、お願い……」「未来などない! 全ての未来は、私の怨念と共に終わるのだ!」
「ティオ……ティオ……ティオッ……。う、うぅ、うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
最後の力を振り絞り、剣を持ち、ティオに、ティアナに向かい、その剣を構える。
全ては未来の為、新たに生まれてくる生命の為。それら全てのエゴというエゴを、断ち切る為の剣線。
一気にヴェルデフレインを、上から下に斬り落とす。黒桃の翼を超え、その刀身はティオの身体を裂いていく。溢れ、飛び散る鮮血。あっさりと切れていく肉、臓器。その全ての手応えが、ティーダの手にまとわりついて離れない。
「ありがとう……ティーダ」「そんな……私の……」
黒桃の翼と幕に包まれた、空は晴れていく。
「――ティオ、ティオ……目を開けてくれ、ティオ……!」
剣の重さを制御できる程、ティーダの体力は残っていなかった。力の限りでもなく、ただ振り下ろしただけの剣だったが、人の身体を切り裂くには、それで充分な威力を持っている。
明らかに致死に至る傷。いや、傷というのすら生ぬるい。
「ティー……ダ、あり、が……とう。それ、と、ごめん……ね? こ……な事に、な、ちゃ、て」
「お前は悪くない、悪くないんだ! お前は……!」
裂けてしまった身体を、繋ぎ合わせるように力いっぱいに抱きしめる。
そして――無情にも、あの現象が始まっていく。
(ティオの身体が……光の粒子になり、消えていく……)
「あぁ……ティ……ダ、と、世界……周りた、かったな……。私は……掴めなかった……みたい、未来……を」
「そんなっ、まだ諦めるな! まだ生きるんだよ、またガラクタ探しに行くぞ、買い物にでも付き合ってやる、世界を一緒に見るんだろ、こんなとこで……こんなとこで死んじゃ駄目だ、ティオッ!」
悲痛な叫びとは裏腹に、光の粒子となり消えていくティオという存在。時間の経過と共に、抗えない真実というものが迫る。
「――何か、言った……ティー、ダ?」
「……っ!? お前……聞こえないのか、俺の声がっ、聞こえないのかっ!」
ティオは微笑んだ。そして、力の入っていない手で、ティーダの手を自分の身体へと誘導した。すると、ティーダの手には、とても暖かな何かがある。
「その子……く、ね……――」
ティオの粒子化が、急激に加速していく。足が消え、手が消え、そして身体が消えていく。
「ティオ、ティオ、ティオッーォォォォ!」
その子をよろしくね、ティーダ。
私は……残念だけど、貴方達と一緒の時間を歩めない。
まだ、聞こえているのかな? 最後に言います。本当は、とても怖くて貴方を傷つけてしまいそうで、もしも失敗したら、そんな事を考えると言えなかったけど。
「駄目だ……ティオ、消えちゃ……駄目なんだよぉ……」
ティーダ、私は――。
「俺は何一つ、お前に……」
私は――貴方の事が好きです。きっと世界中の誰よりも。
「俺は、お前に何一つ言ってやれなかった……!」
貴方は、こんな私にたくさんの事をくれました。
「俺は、お前に何一つ与えてやれなかった……」
貴方と出会えて毎日が、私の幸せでした!
「俺は……お前を不幸にした……」
――だから、未来を切り開いて。新しい、素敵で明るい未来にして、そして生きてください。
「だから……逝かないでくれ……戻ってきてくれ、ティオッ」
ティオの粒子は、完全に天空へと昇っていき、その光の全てが消えていった。
雨が降り出した。その雨の意味もわからず、その雨を感じる事もできずに。そこに残された、小さな生命の輝きを持っていた。




