26,拭えぬ予感
サンバナの町における、地上レジスタンスの城国への攻撃作戦。つまりは、第二次支配解放大戦の作戦会議から数時間後。
パーシオンに戻ってきたティーダとハリスは、すぐに会議の内容を伝える。次こそは最後になる戦い、兵士、一般に関係なく、この事実を伝え、全ての行動の選択を迫る。
不退転。もう後ろには下がる事のできぬ戦い。残り少ない地上の人々は、仮にもこの戦いに敗北すれば、更にその人口は少なくなり、今度こそ反撃の糸口は潰える。
だからこそ、兵士は勿論、一般の人間の協力も、ハリスは求める。なにも一般人に、前線に出て戦えというわけではない。例えば、傷ついた兵士の手当て、あるいはそういった事の、補助活動。一致団結する事が、大切なのだと呼びかけた。
この結果、一般の中からも、戦いたい、という人が、数人だが出てきた。主な理由はそれぞれあるが「簡単な手当てができる為、それが少しでも役に立つのなら」や、「夫と息子の仇を打つ」などといったものがある。いずれにしても、その日からパーシオン内部は――いや、地上は一種の殺伐とした空気が、多かれ少なかれ漂い始めた。
――それから十四日が経過した現在。
大戦とは違う方面で殺伐としていた、カルマンの右腕の手術に、一区切りがついていた。だが残り二十四日以内に、全ての移植の完了は、間違いなく不可能であり、カルマンは事実上で、最後の戦いへの不参加が決定してしまう。
そしてティオは、今まで休み無しで資料も見本もない、人体の改造手術を行っていた為、ついに力尽きて死んだように眠っている。
「今回の大戦で、勝っても終わり、負けても終わり、か。ったく、俺はどうも間が悪ぃっていうか……」
ソリディアの墓前で、愚痴を漏らすカルマン。その隣には、無言のティーダがいる。
カルマンの右肩は、既に人間のそれではなく、正にロボットのように、色々な部品で形成されていた。鈍く光る鉄の塊が、思わず目を反らしてしまう程に痛々しい。
「なぁ、お前は……仮にも勝てたなら、その後はどうするんだ?」
「お前がそういう事を聞いてくるなんて、めずらしい事もあるんだな」
「茶化すんじゃねぇよ!」
ティーダは考え込む。どこまで本気かはわからないが、以前、ティオと世界を回るという、約束もある。だが、そういうものを抜きにして、ティーダには望む未来像が出なかった。
「特に無い、か。……ま、俺も似たようなもんだな。こんな身体になっちまったし、もう真っ当な人間生活は送れないのかな……。せめて美人でもブスでもない、普通の女の子と結婚して……普通に人生を終えたかったなぁ」
明後日の方向を見て、しみじみと話すカルマンと、相変わらず無言を貫くティーダ。ティーダは地面を見つめ、カルマンは空を見つめている。そのまま両者共に喋らぬまま、一分が過ぎた。
だが唐突に、あまりにも唐突に、ティーダが口を開く。
「――アルティロイド」
ティーダから出てきた言葉に、何の事かもわからないカルマンは、ただ目を丸くしている。
「あ、アルテ……? 何だよ、そりゃ」
「アルティロイド。それが俺の正体だ」
カルマンは、頭を掻きながら、
「いや、正体だって言われてもよ……いきなりすぎるぜ、一体何なんだよ、それはさ」
「俺は世間一般的にヒューマンと呼ばれる、人間じゃない。人として、あらゆる能力を強化され、人を殺す為に造られた」
カルマンはティーダの表情を伺うが、全く表情を崩す事なく言っている為、嘘か誠かを判断できずにいる。
「仮に、お前がアルティ……ロイドってやつだとして、誰が造ったってんだよ!?」
「仮にではない。アルティロイドを造ったのは、王――」
「って事は……お前は、城国の人間なのか?」
やや声を荒くするカルマン。対してティーダは冷静に、カルマンの質問に、首を縦に振る。
「そう、なのか。何でそんな事を俺に? お前がアルティロイドだって」
一呼吸置いて、ティーダは口を開く。
「何故だろうな、状況が状況だからか」
「意味わかんねぇ奴だな」
「俺に偏見は持たないのか?」
「逆に聞くが、持ってほしいのか? 強化された人間ね、むしろ化け物染みたお前の強さの原因が、一つ片付いて清々したぜ。それに……今まで何だかんだで一緒にやってきといて、今更偏見なんてあるかよ」
鼻を擦りながら言うカルマン。ふと、視線はソリディアの墓へと移る。
逆にティーダは、先程までは下を向いていたが、今度は空を見上げる。
「――ありがとう」
「ぶっ、やめろ、気持ち悪ぃ! お前からそんな事を言われると、変な鳥肌が立つっ!」
本当に鳥肌が立っているカルマンを尻目に、ティーダは小さく鼻で笑った。
「何にしてもよ、勝つぜ……今度はよ。勝たないと、未来は見れないからな」
「あぁ……そうだな」
「お前は変な奴で、ムカつく野郎だけどよ、お前の強さは信頼してる」
「五月蝿い奴で、馬鹿な奴だと思っていたが、諦めの悪さは尊敬している」
合わないようで合う、合うようで合わない。それがこの二人のペースなのかもしれない。いずれにしても、お互いを確かに繋げているものは、「信頼」と「尊敬」である。
ティーダとカルマンは、ソリディアの墓の前で、お互いの拳をぶつけ合い、今度こそ支配時代の終焉――大戦の勝利を誓いあった。
それから七日後。第二次大戦まで、あと十七日。
「十日前には、完全に準備を済ませて現地入りするんだってね」
いまだに続いている、カルマンの移植手術の合間をぬって、ティーダとティオが話をしている。
ここ最近は、二人で話をする事がなく、こうやって話をするのは約一ヶ月ぶりかもしれない。
「ティオ、お前はどうするんだ?」
「どうするって?」
「現地入りするのかって話だ」
あぁ、と意味のわかったティオは、考え込むように目を瞑る。
ティーダの内心としては、行ってほしくない、という気持ちがあった。何故、そんな気持ちになるのかは、本人にも知る由もない事である。その気持ちの正体を知る為には、ティーダの心はいまだ幼い。ただ、それとは別に、何かの嫌な予感があったからだ。
「ティーダは――」
どうしてほしい?
悪戯心では、そんな事を聞いて、ちょっと困らせてみたいという考えと、それを聞いた結果、自分の求めている答えと、違う答えが返ってくるかもしれないという、ネガティブな恐怖心。だからそんな事はできない。
「……私も現地入りするよ。自惚れるつもりはないけど、私の応急技術は、並みよりは凄いと考えているから」
「正論だな。戦いが起きれば、否応なしに怪我人が出る。迅速な対応で一早く味方を治癒し、戦場へ戻す事ができれば、勝つ可能性は高まる」
「うん、頑張るよ! だからティーダも頑張ってね!」
ティオもそうだが、ティーダは内心とは反対の事を、ティオに向けてしまっていた。
本当はパーシオンに残っていてほしい。確実に安全とは言い切れないが、少なからず前線基地となる、サンバナにいるよりは、遥かに安全だといえる。
「これで勝つ事ができれば……世界は平和になるんだね」
「いや、仮に勝つ事ができたとしても、それは古き時代を壊したに過ぎない。新しい時代を構築する事、それが何より難しい」
「そうだね。その新しい時代になった時の、約束は覚え――あっ……ぐっ……!」
「ティオ!?」
突然、左胸を押さえながら悶絶するティオ。それと共に、体のいたるところから、血が滲み出す。
(血が……皮膚が裂けて、血が出るなんて。それに……なんだ、この圧倒的な力は……)
外部からの攻撃により、皮膚が裂け、血が出るのとは違う。まるで内部からの圧力により、外部が耐えられず、血が滲んでいる。
まるで鳥の雛が、必死に自分の力で、殻という外壁を打ち砕こうとするように。
「うっ、ぐっ……ぅ……痛みが……」
わずか一瞬の苦悶の表情だったが、すぐにそれは治まる。いつもはもっと長い時間、その苦痛が続く為、この痛みの短さはもとより、痛みにより自分の意識が、途絶えなかった事に、ティオは驚きを隠せなかった。
そしてティーダは見た。今までは内部からの力により、裂けていた皮膚が力の縮小と同時に、外傷が消えていった。
仮にもこれが、身体による治癒能力ならば、ティーダには覚えがある。いや忘れるはずがない、何故ならばそれは、アルティロイドが備わされた、強化治癒能力。しかも、考えが正しければティオの回復速度は、ティーダよりも圧倒的に早い。治癒開始から、治癒完了までの過程が、あまりにも早すぎる。
「ティオ……お前は……」
「何だか拍子抜けしちゃった! もっと痛くて長いのを覚悟していたから。何か今回のは……変な感じ」
既にいつでも、こういう事態が起きても良いように、自分で用意していたのだろう。ティオは、自分で用意していた手拭いで、身体中に付着した血を拭き取る。
更にティーダの見た、以前の発作のようなこの症状の後、ティオはいつも死んだようにグッタリとし、青白い顔をしていた。だが自身が不思議だと言う、今回は違った。まるで憑き物が落ちたように、非常に顔色も良い。
「ごめんね、ティーダ。少し……やっぱり具合が悪いから休むね」
「あ、あぁ、無理はするな」
ティオは最後にもう一度だけ、「ごめんね」と言うと、ティーダと別れた。
一人になったティーダは、ある考えに支配されていた。
(あの治癒速度……まさか、まさかティオはアルティロイド、なのか……。いや、いくらなんでも早計すぎる。生まれつき異常な治癒速度があるのかも……)
そこまで考えて、それは無いと思う。何故ならば、アルティロイドの強化治癒能力は、生身の人間における、生まれつきの範囲でやれるものではない。それはアルティロイドとして、人生の半分以上を生きている、ティーダにわからないわけがない。
だが半分以上を生きてきたからこそ、わからない事がある。それは自分を圧倒的に超える、治癒速度の早さ。自分の他にも、比較対象はいた。ジューク、デュアリス、ラティオ、それらと比べても、ティオの早さは異常だ。
(まさか……ティオは、命の騎士ティアナ?)
今までに存在していたアルティロイドに、消去法でやると残るのは、命の騎士ティアナになる。だが色々と思い当たるフシがある。
かつてティーダとティオが出会ったばかりの頃、当時の城国兵に見つかったティオは、暴力を振るわれ、常人ならばそれなりの怪我をしたが、予定よりも早い時間で完治してみせた。それに当時、ジュークに聞いたティアナの特徴の一つが、年齢である。十五、六歳だと言っていた情報が正しいのならば、およそ一年が経過した今ならば、十六、七歳になるだろう。どちらもティオに該当している。
そして動物や植物、最近では人でさえも、その気配や生命を感じる事ができる能力。辻褄を合わそうと思えば、次々に合わさってしまう真実。
(いや、いやいや、落ち着けよティーダ。偶然が重なっただけだ、それに仮にもティオがティアナだったとして、どうなる問題でもないだろう。ティオは戦えるような戦闘力はない、味方でも敵でも、全く害のない存在だ。……そうだ、もっと他人を信用しても良いじゃないか、ティーダ)
だが辻褄合わせとは、全く違うところにある、一つの真実がティーダを不安にさせている。
今までは感じられなかった、ティオの内に宿るような、圧倒的すぎるパワーの内包。もしもティーダの感じたものが、気のせいなどではなければ、その内包されたパワーは、最強のアルティロイドとされる自分さえも、大きく上回っている。
――嫌な胸騒ぎが消えない。
――城国シャングリラキングダム。旧王の間にて。
「うっ……がっは……!」
突然苦しみだし、吐血する深緑の王。その姿は王が、風の騎士ジュークを乗っ取り、寄生した姿である。そして今の姿は、かつてのジュークの姿と比べても、あまりにも弱々しい。
「王よ……やはり、現在行っている作業を中断し、貴方様の回復に努めた方がよろしいかと」
近場で見ている、リオとクリッパー。その衰退は、目に見えて早い。
「それを決めるのは、私だよ……クリッパー」
心配して声をかけた、クリッパーの提案を、断固拒否する深緑の王。
この衰退の理由が、世界から城国兵が消えていった、一番の理由だ。上から全てを見ている、深緑の王からの指示がこない。情報伝達が不十分であり、下にいる兵士達も、いよいよどうすれば良いのか、困惑しているのだ。
「どういうわけだか、こやつの体から離れられん……ジュークめ、一体何をしたのだっ」
「キャハハハ! 王様、こんな時ですが……一つお知らせしておきます」
「何の用だ、リオ?」
「はい、地上の連中……どうやら再び大戦を起こそうとしているみたいです、キャハハハ!」
深緑の王は驚きはしなかった。半ば予想していた事だからだ。だがその表情の、雲行きは非常に悪い。
「こんな時にな……地上のゴミどもめがっ! ――下にいる兵士に通達しておくのだ。各員大戦用意、とな。……その時がきたら、お前達が指揮を取るのだ」
リオとクリッパーは、深緑の王の命令を受ける。
あまりにも体調が悪すぎる。かつての王の余裕が無い程に、今の王は苦しんでいる。体の中に、強い淀みのようなものが、その体を痛めつけていた。
「――あれが完成すれば……あれさえ完成すれば、全てをおしまいにしよう。あらゆるものを食らいつくす……無の怪物『ゼロ』よ」
――地上レジスタンス軍、城国への攻撃予定日まで、残り十日を切る。
これにより、パーシオン陣営の戦闘および補助担当者は、サンバナの町へと移動する。
人類最後の大戦と予想される、第二次支配解放大戦が、ついに始まろうとしていた。