24,降り出す雨
バースとバゼットの、交渉試合から翌日。ティーダ達は、サンバナの宿屋に泊めさせてもらい、一夜を明かした。
あの後も、簡単な話し合いが行われ、エスクードも含めた、第二次支配解放大戦の始まりの経緯を取り決める。物量に関しては、前大戦の方が、遥かに多かったのは事実だが、二回目となる今回は「量より質」というように、ティーダ、オルテンシア、バゼット、バースといった、単騎でも強さを発揮できる兵士を、前面に押し出す作戦が、検討されていた。
だが、いずれにしても、南のレジスタンスのみで、全てを決めるわけにもいかず、北のレジスタンスを代表して、ザードリブのラックとの話し合いを望んだ。すぐに使いの者が出され、まずはラック到着を待つばかりとなる。
到着までの間、フィーネ達はパーシオンに戻るべきかを考えたが、迷惑をかけまいとして、このままサンバナに残る事を決める。ハインズもこれを了承し、フィーネ、ノリヌ、バゼットの三人は宿屋に残った。
翌日にはティーダは、フィーネ達と一旦別れ、パーシオンへの帰路へとついていた。
一方、ティーダ達がサンバナにて交渉している間に、パーシオンでも別の交渉が行われていた。
「――で、できるわけないでしょ、そんな事!」
怒鳴り散らすティオ。ティオという人物が、他人に怒鳴りつけるのは、極めて珍しい事なのである。
好奇心こそ旺盛であれ、基本的には争いを好まず、非常に温厚な性質の少女である。
そんな少女の怒りの矛先は、目の前で座り込んでいるカルマンだ。ついでにオルテンシアもいる。
「もうっ、オルテンシアさんも何とか言ってやってくださいよ!」
「え、あ、いや、その、ね」
普段は物怖じする事のないオルテンシアも、目の前のティオの剣幕により、しどろもどろしてしまう。それほどの怒りをあらわにしている、という事になる。
「頼むよ、ティオ……。俺は決めたんだ、お前が認めてくれるまで、俺はここを動かねぇって」
頭を地面につけるまで、土下座しているカルマン。そんなカルマンを見て、怒りと困惑が入り乱れるティオ。
「カルマン君の……その決意はわかってあげたいと思うよ、でも……でも無茶だよっ、『ロビンの右腕を移植』するだなんて!」
これがカルマンの、頼み込んでいる理由。自身の失われた右腕と、残ったロビンの右腕の移植。つまりは生身の人間のカルマンに、機械腕をくっつけるという事になる。
「無理は承知してる、失敗して、兵士生命が完全に絶たれたって……勿論、恨んだりはしない。でも、このまま終わっていくのには、絶対に悔いが残るんだ! 頼むよ、ティオ、俺にロビンの腕を移植する、手術をしてくれ!」
これでもかと、これ以上は無いぐらいに、頭を地面に叩きつけ、擦りつけて、頼み込むカルマン。
その行動に、ティオは十分程だが、黙りこみ、何かを考えるように、洞穴の天井を見つめていた。
その間も、カルマンは土下座の体勢を崩す事はしない。
「――そもそも、2メートル近かったロビンの腕、それをカルマン君に移植する、アンバランスは元より、その重量に苦しめられる事になるよ?」
「覚悟の上だ」
「それだけじゃない。さっき、カルマン君は『兵士生命が完全に絶たれたって』って言ってたけど……」
ティオは一瞬の間を空ける。その一瞬に、その言葉を言う為の、力を溜めているように。そして一気に、その力を解放するように、
「――甘いと思うよ!」
思うよ、と言い、完全な断言をしなかったあたりが、ティオの優しさだろうか。だがあまりにも重たい言葉に、土下座していたカルマン、そしてオルテンシアも、視線をティオに集める。
「この手術、兵士生命が絶たれるので済むなら、それは運が良すぎただけの事だよ。この手術は――貴方の生命を賭けてもらう事になるんだよ」
兵士生命ではなく、文字通りの生命。失敗すれば死。死を覚悟して臨まなければならない、移植手術である。
これにはさすがにカルマンも、身体中の震えを隠せなかった。仮に成功しても、光があるとは限らない。いや、その確率は極めて低いといえる。そして失敗すれば、待っているのは死。震えないわけがない。
「……それでも、俺はティオに移植をお願いしたい。城国の支配の時代を終わらせる為に、戦友の仇を打つ為に、俺を戦わせてくれっ、ティオ! ――お願いします!」
再び土下座するカルマン。あまりの勢いで、頭を下げた為に、地面と頭が激しくぶつかり、ごつごつした鈍い音が響く。
さすがに根負けしたのか、あるいは心を動かされたのか、ティオは深いため息を吐き出す。そのため息を吐き出すのと同時に、一種の覚悟を決めるように。
「わかったよ、カルマン君。でも、これだけは言わせてね。当然の話だけど、生身の人間に、機械腕を移植するなんて事、前例の無い事だよ。最も、城国にはそういう資料があるかもしれないけど、少なからず地上にはない。……成功の確率すらわからない、光があるのかさえもわからない。それでもっ……それでもカルマン君は、移植手術を受けるんだね?」
「男に二言はない。やってくれ、ティオ。……頼む!」
静寂。ほんの数秒の静寂だが、とてつもなく長く感じられる静寂だ。
「――すぐに準備に取りかかろう。気持ちが萎えない内にね!」
「サンキュ! ティオ」
カルマンは立ち上がり、後ろで決意を見届けていた、オルテンシアに向く。
「あんたもサンキュな。こんな小さな男の覚悟を、見届けてくれてよ」
「何を言う。一時とはいえ、共に戦った戦友ではないか。……また、会える事を願うよ」
そう言うと、オルテンシアは右拳をつき出した。
「……またな、戦友」
カルマンも同じくして、左拳をつき出す。骨と骨がぶつかる音と共に、カルマンは歩き出す。
後ろで見守る戦友を残し、共についてくる戦友を抱えて。
カルマンの生命を賭けた、移植手術が始まる。
――サンバナの町から帰りついたティーダは、すぐに交渉の結果を、ハリスに報告しに行く。これといって急ぎではなかったが、ハリスの為を考慮して、出来るだけ早く教えようと、ティーダは考える。
「よぉ、ティーダ。戻ったのか……バゼットはどうした?」
オルテンシアに会ったついでに、バゼット達の行動を教える。バゼットがついている為か、オルテンシアはそれほど気に止めてはいないようだ。
「ここに来る途中で出会った、化け物みたいな強さの二人でも現れない限り、バゼットがやられる事はないだろう」
そう言って、オルテンシアはどこへともなく歩いていく。ティーダも、オルテンシアに対して用事も無い為、止める事もなく見送る。
それよりも今は、ハリスに報告する事だ。ティーダも奥へと歩いて行くと、すぐにハリスを発見できた。
「あ、ティーダ。おかえり、どうだったんだい、交渉の結果は?」
ティーダはサンバナの交渉結果を、そのまま教えた。交渉は順調に進み、まずは北のレジスタンスとの作戦会議になる。
こうなってくると、サンバナ近隣のレジスタンスのリーダーは、会議に参加する方向で、話が進む可能性は高くなる。という事は、否応なしにハリスも参加しなければ、いけないという事になる。
「ま、まさか、あの姫様とノリヌさんが、交渉を有利に進めるなんてね……」
全く成功するとは、思っていなかったのだろう。ハリスの言葉は、本音だったのだ。
「色々とあってな……想像はできていると思うが、あんたも近い内にサンバナに向かう事になるだろう」
「ははは……そうだね。胃が痛くなってくるよ……」
右手で眼鏡を上げ、左手で胃をさする。苦笑いをした顔は、明らかに困っている。
ソリディアの後の大役、願わくば誰しもが避けたいところだろう。ある意味では、名前が大きな人の下に付いていた代償というべきだろうか。その者が亡くなってしまった後、誰かがそれを行わなければいけないのだ。
「――そういえば、ティオとカルマンがいないな?」
「あ、あぁ、そういえば見ないね。誰かが知ってるんじゃないかな……例えば、オルテンシアとかが知ってないかな? 最近、カルマンと行動を共にしてるみたいだったしね」
「オルテンシア、か……」
先ほどすれ違ったオルテンシア。ティーダは何となくだが、損をした気分になる。
「まぁ、とりあえず、だ。ソリディア兵士長の後釜って事で、プレッシャーはあるけどさ……頑張ってみるよ、僕なりにね」
「そうしてくれ、あんたはパーシオンの代表だからな」
「その言葉、プレッシャーだなぁ……」
苦笑いした顔を崩さず、ハリスは言う。
多少なりとも、同情心はあったが、ハリスには頑張ってもらわなければいけない。それを踏まえた上で、ティーダは何も言わずにハリスと別れる。
特にする事もなく、ティオとカルマンがどこにいるかなども、気にする必要もない事だった。だが、何もする事がないからこそ、適当に歩きたい気分にも駆られている。どうするわけでもないが、ティーダはオルテンシアを捜す。
とはいっても、所詮はパーシオンの中での捜索。見つからない方が可笑しいのだ。実際に少し歩けば、すぐにオルテンシアが見つけられる。
「おぉ、ティーダ。突然だが、俺はフィーネ様達に合流しようと思う」
「そうか、エスクードの騎士であるお前が、主に向かうのは突然の事だ。……それよりも、ティオとカルマンを見なかったか?」
オルテンシアは、頭を掻きながら「あー……」と前置きすると、
「ちと、今は色々とあってな、多分相当忙しいから顔を出さない方が良いと思うぜ? まぁ、どうしてもってんなら、ティオのガラクタ置き場みたいなとこにいるぜ」
荷物をまとめながら言うオルテンシア。
それを聞いても、やはり別にどうしたいという事もなかった。
「浮かない顔をしているな?」
「……そう、か?」
「あぁ、してるよ。どこか人恋しい、って感じだな。何がしたいのか、どうしたいのか、わからないって顔に書いてあるぜ」
そう言われ、実際に書かれてもいない自分の顔が、無性に気になって、ティーダは無意識に顔を触る。
よっぽと間の抜けた顔をしていたのだろう。オルテンシアは、そんなティーダの表情を見て、軽く鼻で笑う。
「やれやれ……片一方は自分のしたい事に忠実で、片一方は自分がどうしたいのかわからない。一見、完璧そうな後者だが、その実は極めて脆く。不完全で脆そうな前者は、対してその密度と純度は濃い……か」
「……何の事だ?」
「別に……後者には何が起きても、崩されない頑丈さを身に付けなければいけないなって話だ。おまけを言うなら、自分の我を押せるようにならないとな」
余計に意味がわからない、といった顔をするティーダ。
そんなティーダを見て、今度は声を出して笑うオルテンシア。
「ま、何にしてもだ。一旦はお別れだ、今度はサンバナというとこで会おうぜ」
オルテンシアは、ハリスに挨拶に向かったのだろう。奥に向かって歩いていく。そして数分後、パーシオンに残っていたエスクード兵を引き連れ、サンバナの町を目指していった。
――刻一刻と進んでいく、第二次支配解放大戦への布石。人々が望むも望まぬも、再び大きな戦争という火種は、確実に落ちる。
待ち続けても、終わらぬ支配の歴史。戦って掴み取るしかない未来。多くの犠牲を払いながらも、進んでいく世界に待ち受けているものは何か。それを知る者は、誰一人としていないのだ。
――そして数日後。北のレジスタンスの代表達が、サンバナの町へと到着する。世界は再び、自由を手にする為に一つになる。いや、それは破滅への引き金なのかもしれない。
「じゃあ、行ってくるよ。留守を頼む」
やはり予想通りというべきか、サンバナ近隣のレジスタンス代表が、集められる事になった。
パーシオンからは、当然だがハリスが出席する事になる。共にティーダも、同行する事にする。
「ついに、この日が来てしまったね……。戦わなければ、未来が掴み取れないといえど、やはり気が重いな……」
相変わらず煮え切らないハリスの態度。当然といえば当然だろうか。自由と未来を勝ち取る為の戦い、そういえば聞こえは良いが、結局は命を賭けねばならず、死の危険性は言うまでもない。
誰しもが、喜んで死にに行けるはずもなく、むしろ戦わずに現状維持を望む者がいても、なんら不思議な事ではない。ハリスもこのタイプに該当するだろう。
しかし、現実はそうもいかず、命を賭けた戦いを強いられてしまう。「戦争だから仕方がない」言うのは簡単だが、この言葉を納得し、理解できる人間などいるはずもない。
誰しもが生きていたいと願い、平和に暮らしたい、笑って暮らしたい、そう願うのは、人間が持ち得る正当なエゴだろう。
そしてこれは、そんなエゴを勝ち取る戦いなのだ。
「ティーダ……一つ聞いて良いかい?」
言葉による返事はしなかったが、聞く姿勢を作るティーダを、ハリスが確認すると、
「君は、僕よりも若いのに、僕よりも前線に出て戦っている。何故なんだい、何故君は、いつ死ぬともしれない戦場へ入っていけるんだ。死を怖いと感じないのかい?」
自分の中の不安を吐き出すように、ハリスは淡々と言葉を発する。
ティーダは黙って言葉を全て聞き取るが、その問いかけに、一切答える事はしなかった。
――雨が降りだした。
それは、無慈悲な雨だった。
それは、静寂な雨だった。
それは、 痛みを伴う雨だった