21,二つの戦い・後編
闇の騎士と、相対し続けるティーダ。相手が相手だけに、捌き続けるのにも骨が折れ、疲れの色が見え始める。
最も、それはティーダだけに限られた話ではない。クリッパーでさえも、めずらしく呼吸が乱れている。
だが当然の話だろう。いくら鍛えぬかれた体躯があっても、巨大な鎌を振るい続ければ、こうならない方が、おかしいというものだ。
「くっ……本気になれっ、火の騎士!」
目的の相手にすかされては、寡黙なクリッパーでさえ、頭に血が上る。
だがティーダは、そんな挑発には乗らず、静かに呼吸と体力の回復に努める。
(しぶとい……。あれだけの大きな武器を振っても、いまだに動ける体力。長期戦の勝負は、あっちに分があるか……)
冷静に判断できるのは、ティーダが本気で戦っていないからだろう。いや、正確には攻める気で、殺す気でやっていないからだ。
当初の予定通り、時間稼ぎ。圧してくるクリッパーに対し、退くティーダ。クリッパーが前に出れば前に出るだけ、ティーダも後ろに下がり続けている。
仮にも、お互いが倒す気で、この戦いに臨んでいたのなら、また違う行く末になっていただろう。
「火の騎士が来ないのなら……何度だって攻め続けるのみ!」
息も乱れているのに、その突進速度は衰えを見せない。右から左に走る大鎌を、後方飛びして回避する。そうして、またクリッパーとの距離を開けていく。
「――なっ、あれは!?」
その時、ふとティーダの視界に入ってきたもの。カルマン達がいる場所に、いや、その遥か上空に、少しずつ大きくなっていく、一つの光が見える。
「どうやらリオが、パルティナを最大出力で放つつもりだな……。ちっ……ここで戦いも終わりのようだな」
急に戦闘意欲を失ったのか、ソウルイーターを納めるクリッパー。
「アレの最大出力が、あの高さから放たれれば、間違いなくこの辺りは、何も残らない廃墟となる。巻き添えは……御免被りたい」
それを捨て台詞にし、クリッパーは城国方面へと、あっさりと飛んでいってしまう。
ティーダも追撃する気は無かった為、剣を一旦鞘に納める。
「あの光は……まずい。放たれれば、この辺りどころか、世界の半分は飛んでしまうのではないのか」
大袈裟かもしれないが、ティーダは率直な感想として述べた。とにかく急ぐしかない、やや離れたその場所から、ティーダは全速力で向かう。
――右腕が消失し、流れ行く血と共に、無くなっていく意識。そんな状態で、八つの光に囲まれた天使の姿を、カルマンはどんな思いで見ていたのか。
「――カルマン アキラメルナ」
天使が見える視界の中に、ボロボロになった鉄屑が現れる。
「諦めちゃいないよ。……だから、お前に頼んだのさ」
薄れていく意識の中でも、その鉄屑が発する声は、より鮮明に聞き取れる。
「すまねぇ……俺、まだ生きてたいんだわ……。他者の命をさ、踏み台にしても……まだ死ぬわけには、いかないんだ。悪ぃ……」
独白めいたカルマンの言葉に、目の前の鉄屑は、何も言ってはくれない。
「ダチ公だから……お互いに守りあおう。……こんな、俺みたいな弱い奴が、言えた台詞じゃなかったな……。恩師を守れず……ダチを守れず……己のプライドすら守れず」
「カルマン ツヨイヤツダ キット マスターノノゾム ヘイワナミライ ヲ ツクレル ――カルマン プライドカケタナラ オレハ イノチカケル オレノイノチヲ スエ」
カルマンは涙が溢れ出していた。それを見られないように、残った左目を左手で隠す。
「ったく、饒舌になったと思ったら……気安く重い事を言ってくれるぜ……。でも――」
カルマンは、残った左手を、高く掲げる。ロビンもまた、自身の右手で、力強くカルマンの左手を掴む。
「へへ……ありがとよ」
「――死ねっ、この辺り一帯ごと、私を馬鹿にする奴ごと……みんな、光の中へ消えちゃえっ!」
ついに放たれた、パルティナによる巨大な閃光。その光を前に、戦士達はただ指をくわえて、見ている事しかできない。
とても遅く、長く感じられた間。だが実際には、ほんの数秒たらずのそれは、確実にカルマンとロビンの元へと着弾する。
とてつもない閃光の大爆発。その爆発の瞬間、辺りが白一色になり、その場にいた全員が、死を覚悟、いや、受け入れざるを得なかっただろう。
――少しずつ、だが確実に開けてくる視界。
「そ、そんな……何で!?」
誰よりも早く、辺りの確認がとれたリオは、その光景に驚く。最大出力により、放たれた閃光は、確実に荒廃した大地へと変えるはずだった。
しかし、その大地は目の前に無い。リオにとって、このような体験は、二度目である。そう、一度目は支配解放大戦にて。
「――何で、何でよっ! 何でどいつもこいつも、こうなるのよ!」
自分の全力を、完全に否定されたような、そんなトラウマを刺激される。思った通りにいかない、子供のように喚き、怒りをあらわにするリオ。
更に開けた視界には、少し前には人形を模していた、鉄の残骸がある。黒煙を撒き散らし、所々には、火が出ている。
「……うぅ、ロビン……?」
カルマンも、辛うじて目を開けると、もうそこには、かつての友の形は存在していなかった。
唯一あるものは、ロビンの右腕のみ。これだけが、綺麗に残った『ロビンだったもの』だ。
「悪い……。お前は、凄い奴だよ……ロビン。仲間を守る為に、命を賭けられる……そんな簡単な言葉で、難しい行動を……お前は意図も容易くやっちまう。……ったく、お前に、ソリディア兵士長……超えるべき壁が多すぎだぜ」
カルマンは、再び溢れてくる涙を、止める事ができなかった。止めたいとも思わない。
たった一つの小さな奇跡が、たった一つの小さな男の命を守った。それが真実。
「――何なのよ、マジで! あんな鉄屑のガラクタがっ、何でパルティナの攻撃を防げるのよ! 冗談じゃないわ、ふざけんなっ!」
行き場のない感情が、言葉として出てくる。
「……もう一発、もう一発撃てば良いのよ! キャハハハ! そうよっ、そうすれば今度こそ、おしまいだものね!」
再び、パルティナの砲門が、地上へと向けられる。既に怒りに我を忘れ、一種の狂喜すら感じられる。
地上では、オルテンシアとバゼットが、倒れたカルマンの元へと駆けつけていた。
「おい、君! 大丈夫か、しっかりするんだ!」
「……これが、大丈夫に見えるのかい?」
オルテンシアは、カルマンをおぶりながら言う。
「それだけ言えるなら、大丈夫だな。……もう無理だ、とにかく遠くへ逃げよう」
この提案に、カルマンとバゼットが頷く。
パルティナの攻撃威力を前に、逃げても意味がない事を、三人は理解している。理解しているが、何かをして足掻いてみないと、気がすまないのだ。
「よし、行くぞ!」
カルマンは、逃げながらも振り向き、ロビンの残骸を見つめる。もう動かないロビンを後にして、今は前へと進んでいく。
「キャハハハ! 逃げる気? 逃げても無駄よ、だって全てを吹き飛ばしてしまうもの! ……みんな消えれば良いのよ、みんなっ!」
――途端、リオの右側に位置していた、四つのパルティナが、音を立てて砕けた。いや、正確には切れた。
「――なっ!?」
ふと見ると、そこにいたのは――。
「ティーダ……兄様……!」
炎帝・ヴェルデフレインと、斬鉄の技量を用いて、ティーダは八つある内の、四つを斬り伏せる。
「お前にこれ以上、好き勝手させるわけにはいかない」
「そんな……クリッパーはどうしたのよ!?」
信じられない、といったリオ。
「お前が一発、でかいのを放つとわかったら、とっとと撤退したぞ。いずれにしても、この戦いは俺達の勝ちだ」
ティーダが合流し、クリッパーが撤退した。まともにやり合ったら、リオに勝ち目は無い。リオもそれをわかっているのか、怒りに満ちていた表情は、途端に冷静になっていく。
クリッパーやリオのように、飛び続ける事ができないティーダは、一旦着地すると、いつでも跳べる体勢を維持している。
「クリッパーのバカ……。――今回は私達の負けを認めてあげるわ、でも覚えておきなさい! 次に会う時は、必ず殺してあげる。キャハハハ!」
最後に捨て台詞を残し、リオも城国方面へと飛んでいく。
多大な被害を出してしまった今回の戦闘。何とか勝つ事はできたのかもしれないが、誰もが素直に喜ぶ事はできなかった。
結果的には、エスクードの民を救う事はできた。だがそのエスクードの民も、死人怪我人は多く、それを助けに出たパーシオン陣営も、カルマンの右腕を失い、ロビンを失った。
ティーダがパーシオンに戻ると、やはりというべきか、あまり良い雰囲気ではなかった。
当然の話だろう。今回の戦いで得たものは、エスクードを救えた事。しかし、本当に救えたのか、と問われれば、素直に「はい」とはいえない。
エスクード兵の半分以上が、名誉の戦死を遂げ、残った兵士も――オルテンシアとバゼットですら、無事とはいえない状況である。
何よりも、ロビンとカルマンという、戦力を失った事だ。この戦いでパーシオンが得たものは無い。
――カルマンは出血こそ止まっていたが、集中治療が必要な事には変わらず、エスクードにいた医師と、ティオが付き添っている。
ただ幸いな事といえば、エスクードの核となる、フィーネとノリヌが無事だった事だろう。
「どうだ、調子は?」
「あ……ティーダ、さん」
二人のティーダに対する区別だろうか。
ふと見ると、フィーネの左頬が赤くなり、少し腫れているのがわかる。
「怪我でもしたのか?」
そのティーダの問いに、一瞬だが、びくっと反応すると、フィーネは自分の手を被せ、左頬を見えなくする。
「私の……せいで。……私が……あの人の、兵士生命を……奪ったんです……」
嗚咽混じりに、呟くフィーネ。ティーダは、すぐにフィーネの言う『あの人』の正体に気付く。
「お前が気に病む必要はない。戦いとは、そういうものだ」
「でもっ……!」
「それにあいつは、タフな野郎だ。並大抵の事じゃ、あいつは死なない」
「でも……」
お互いに、それ以上は何も言わなかった。ただティーダは、何故エスクードがここまで来たのか、それを聞きたいと思っていた。
だがフィーネがこの調子では、今は聞く事ができないと判断し、ティーダは一人にしておく事にする。
残るはノリヌに聞く事だが、本人の姿が確認できない。
「おい、ノリヌ……エスクードのじいさんを見なかったか?」
ティーダは、パーシオンの兵士に尋ねる。誰かしらが、その行方を知っているだろう。
「あ、ああ、見たような見ないような……。間違いでなければ、ハリス兵士長のところに行ったと思うけど」
「そうか、ありがとう」
それは間違いなく、ノリヌだろう。そうでもなければ、誰が好んで組織の偉い人間に、会いに行くだろうか。
――ハリスの元へと向かうと、予想通り、そこにはノリヌがいる。ただ目についたのは、わずか数時間の間に、ハリスの顔がやつれていた事だ。ティーダ達が出ている間、相当なストレスと戦っていたのだろう。
「――と、いうわけで、我々がここまで来た理由は、大戦に協力しようと」
「それは嬉しい申し出だと思うのですが……その」
ノリヌのペースに、ハリスが対応できていない。見兼ねてティーダが声をかける。
「ノリヌ。長旅の後だろ、少しは落ち着け」
「お、おぉ、ティーダではないか! 久々じゃのう」
すぐに人懐こい顔で、迫ってくるノリヌ。しかしティーダは、そんなノリヌを冷静にかわす。
「相変わらずじゃの、ティーダ」
「それはこっちの台詞だ。……大戦に協力、と言っていたが、そんなものをここで言ったって、どうにもならないぞ?」
意味がいまいちわかっていない、ノリヌの表情を見て、ティーダはため息をついた。
「まぁいい、詳しい説明は事態が落ち着いたらで良いだろ? どうせ今は、動けないんだ」
「そうじゃの。……手段が無かったとはいえ、浅はかすぎたと、反省しとるわい」
ノリヌの説得も終え、まずはパーシオンもエスクードも、あらゆる面で、体制を立て直さなくてはならない。
解放大戦に参加しようと、やってきたエスクードの人々。第二次解放大戦と銘打たれる、大きな戦争の火種は、着々とその歩みを近づけていたのだった。