20,二つの戦い・中編
ティーダとは違う戦場、カルマンは冷静に周りを見る。
(――倒れている二人の男、あれが回収目標だな。そして……あの空を飛んでいる女)
ちらりと横目で、リオを見た。相変わらず『あの時』と同じように、悪びれる様子もなく、他者を痛めつける事に、他者を殺すという行為に、喜びを感じている女。
誰に気付かれる事もなく、カルマンは両拳を強く握りしめた。
(ソリディア兵士長は、あの女に殺されたんだ……あの女にっ!)
現場を指揮しなければいけないという理性と、恩師を殺された事に対する、敵討ちをしようという本能。その二つがぶつかり合い、カルマンから冷静な思考を奪っていく。
「――カルマン」
ふと思考の海から戻される。その電子音のような声の主は、カルマンの目の前に、盾となるように立ち塞がっているロビンからだ。
「シンパクスウ ガ ミダレテイルゾ オチツケ」
「わーってるよ! ちょっと昔の因縁に、整理をつけていただけだ」
数ヶ月前、いや、今となっては約一年前といってもいいだろう。
支配解放大戦の最中、カルマンの尊敬した一人の男、ソリディアはリオに殺された。間接的とはいえ、カルマンの右目を失った、張本人ともいえる。冷静でいろ、という方が無理な話だ。
「カルマン君!」
ティオが呼びかけてくる。振り向くと、既に目と鼻の先にいる。
「ばっ、バカ! 駄目じゃないか、こんな所まで来ちゃっ!」
「ごめん……でも聞いてほしいの」
そう言うとティオは、左手で西の方角を指差した。
「あっちの方に、数人の人を感じるの。きっと倒れている人達の仲間だよ」
「か、感じるって……そんな事が……」
「――キャハハハ! 作戦会議は済んだかしら? 私にこんな恥をかかせたの……綺麗に死ねると思わないでよ」
悩んでいる暇は無かった。
リオは強い。カルマン自身も、リオを相手にして無事でいるという、自信は全くないのだ。
「……よし、ティオはレジスタンスの回収へ向かってくれ! うまい事回収できたら、そのまま戻らなくて良いからっ」
「うん、わかった!」
決まると同時に、ティオは西に走り出す。しかし、リオはそんなティオの動きを、見逃す事はなかった。
「私から――逃げられると思わないで!」
八つある内の半分、四つのパルティナにより、ティオに向かって光弾を放つ。
「ロビン!」
だが光弾は、正に鉄壁ともいえる、ロビンの装甲に阻まれる。
「オレ マスター ノ コトヲマモル」
「ナイスだ、ロビン!」
「ありがとう、ロビン」
ティオは、ロビンが盾になってくれている間に、先へと進んでいく。
「ムッカー! 機械人形ごときが、逆らうわけ? 笑えない……笑えなさすぎて殺意がわいてくるわ」
遊びを楽しむような顔から、一気に残虐な素顔を現すリオ。その顔は、あまりの冷たさに背筋が凍る。
「へへへ……まずいな、目の前に敵がいるから、怒りのままに一発殴ってやろうと思ったけど……こりゃ、逆に冷静にさせられる」
「カルマン オレノ ウシロニイレバ ダイジョウブ」
「バッカ野郎、あいつが本気になったら、俺もお前も、一発でおじゃんだぜ? お前一人に……そんな真似させられっかよ」
「オレ ニンゲンヲ マモルタメニツクラレタ カルマン オレノ タイセツナ ダチコウダ カルマン オレガマモル」
ここが戦場である事も忘れ、カルマンはうっすらと涙を溢れさせる。
「ダチ公か……そうだな、俺とお前はダチ公だ! だがな、ダチ公だからこそよ、どっちが守るとかじゃなく、お互いに守りあおうじゃねぇか。なあ、ロビン?」
「オレ ウレシイ カルマン イッショニタタカウ」
カルマンとロビンは、同時に構えをとる。二人でリオと戦うという、意思を見せつける。
「男ってバッカじゃないの? 最強とか友情とか、暑苦しいたらありはしないわ! しかも、そんな程度の事で、私を倒せると思ってるのかしら? キャハハハ! お笑い」
冷たい理性と、熱い本能。この二つの言葉は、今のカルマンにこそ、ふさわしいだろう。
(あの女は、自分の実力に絶対の自信を持っている……だからこそ、つけこむ隙はそこにあるはずだ。今の俺達の目的は、敵を倒す事ではなく、味方を救助しつつ生き残る事!)
「――じゃあ、死んじゃえ! キャハハハ!」
今度は八つのパルティナが、光弾を放ってくる。まるで雨のように降ってくる光弾は、避ける事さえも至難である。
「くそっ、あの武器には弾切れってものは、無いのかよ!」
的を絞らせないように、とにかく動き続けるカルマン。対してロビンは、ずっとその場から動かず、降ってくる光弾をただ耐えている。
「そっちのガラクタは、動く事すらできてないじゃない! キャハハハ、傑作! ほらほら、助けてあげないと、スクラップになっちゃうよ!」
無差別に落ちる光弾。助けに行くには、少しばかり骨が折れる作業だ。
ちらりとロビンを見るカルマン。そのロビンの目となっている箇所は、光っているものの、目線が合わさったのかさえわからない。
しかし、カルマンには確かにわかっていた。
(カルマン キテハダメ テキノオモウツボ)
と、ロビンが言ってくれているに、違いない。少なくとも、カルマンはそう感じた。
(わかってるよ、ロビン。今、感情に任せて、お前を助けに行く事が、俺とお前の友情じゃねぇよな? 時には打たれている仲間を見捨てる信頼、それが俺とお前さ。なあ、ロビン)
心なしか、ロビンもそれに頷いたように見えた。
「キャハハハ! かっこつけてる割には、逃げ回ってるのと、ただ防御してるだけ。そんな行動では、私を倒す事なんてムリムリー!」
相変わらず途切れる事のない、月光の蝶パルティナによる弾幕。友情や信頼を語る前に、この弾幕をどうにかしなければならないのは、変わらぬ一つの真実である。
(確かに……こんな攻撃を、俺だっていつまでも避けられるもんじゃないし、ロビンだって受け続けられるもんじゃない)
ロビンの装甲にも、限界はある。それはそう遠くない未来だ。そしてカルマンにも、体力の限界がある。
(くそっ、大見得切ってもこんなもんか! 俺は――あの頃から何か変わったのかっ。……ティオ、急いでくれ!)
――その頃、ティオはティオで、自分の感性を信じて、道なき道を進んでいた。
気配は殺しているのだろう、普通ならば気付くはずのないものだ。しかしティオは、何かをわかっていた。
(確かにこっちの方なんだけど……私の勘違い? ううん、駄目だ、弱気になってちゃ)
もしかしたら間違いかもしれない恐怖。だがそれ以上に、頑張っているティーダ、カルマン、ロビンを思うと、ティオの足は恐怖に負けず、ひたすら前に歩き続ける。
そのまま歩いていくと、視界の悪い森林を抜ける。途端に入ってくる視野の中には、冷たく鋭い金属が見え、気付けばそれを向けられている。
「……ま、待って!」
反射的に声が出るのと同時に、威厳のある、しかし可愛らしい女性の声が響く。
「お待ちください、彼女は敵ではありません!」
刃を向けていた兵士達は、そっと武器を下ろすと、ゆっくり後退していく。その開けた視界から、声の主を探すと、そこにはエスクードの姫、フィーネがいた。
フィーネの事を、全く聞かされていなかったティオは、その美しさに目を奪われていた。
「私は――遥か東の地より来た、エスクードのフィーネです。失礼ですが、貴方は?」
「あ、えと、私はティオって言います。パーシオンというレジスタンスグループの者です。あなた方を救援に来ました」
何の言葉に反応したのか、そこにいた者達は嬉しさの入り交じった声が聞ける。フィーネ姫の近場にいたノリヌは、ティオに聞こえないように内緒話をする。話が終わると、ゆっくりとティオに歩みよってくる。
「失礼ながら貴女は今なんと? 聞き間違いでなければ、パーシオン、と……」
「えぇ、確かに言いましたけど」
「おお、何たる偶然か! ティーダの所属するレジスタンスの方に接触できるとは!」
ノリヌの事をよく知らないティオは、それだけで困惑してしまう。
「あの……ティーダの事を知っているのですか?」
「ありゃ、ティーダから聞いていないのですかな?」
「え、あ、えと、その、エスクード城の方々ですよね。ティーダからお話は聞いていますよ……でも、ちょっと驚いてしまって……」
ティオはゆっくりと、エスクードの姫君――フィーネを見る。ティーダの言っていた一人のお姫様。ティオは何故か、正体のわからない胸の高鳴りを感じていた。
「――とりあえず、こちらへ移動してください。ここから東に移動すると、城国軍がいます。見つからないように移動しましょう!」
ティオはこの場から離れる為、現パーシオンと旧パーシオンの間を目指し、南へ移動する。エスクードの民も、フィーネとノリヌを筆頭に、ティオに付いていく。
(フィーネ姫様……何だろう、不思議な人。普通の人とは違う……これが、王族って人なのかな……)
「――危ないっ、伏せて!」
びっくりするぐらいの、叫び声。あまりの出来事に、誰がそれを言ったのかさえもわからない。
その声に反応できた人も、一体何人いただろうか。ティオは半ば転ぶような形で、伏せる事に成功していた。
叫び声と同じように、突然轟く爆発音。どうやら、この辺りに攻撃がきたらしい。ティオはゆっくりと、辺りを見回す。すると後方を歩いていた、兵士達の半分は、今の爆発で死に至っている。隠れ蓑になっていた森林も、焼けて吹き飛び、丸裸同然になっていたのだ。
「――キャハハハ! あらあら、流れ弾がとんだものを発見してくれたわ!」
あまりにも不運すぎる。わずか一発の流れ弾が、計画の全てを台無しにしてしまう。
「オルテンシア! バゼット!」
倒れる二人の騎士を見て、悲痛な声を出すフィーネ。今にも二人の方へ、走っていってしまいそうなフィーネを、ノリヌは体を張って止める。
「いけません、姫様! 貴女様が行き、命を落とすような事があっては!」
「でもオルテンシアがっ、バゼットが!」
ティオは最初に見た時の、フィーネとの違いに驚く。あれ程の威厳と包容力のようなものを、感じさせられた女性。その人が、これ程に取り乱しているという事に、どれだけ二人の騎士が大切なのかを、ティオは感じ取れていた。
「……お、おいおい……まさか、こんなタイミングで、ご登場かよ! さすがに……ピンチだな」
激しく消耗しているカルマン。ロビンも防御性能が追いつかなくなり、身体中がボロボロになり、白い煙を吹き出している。
「ったくよぉ、ティーダも来ねぇし、この女には手も足も出せねぇし、やってらんないぜ……ちくしょう!」
悪態をつくカルマン。無言のロビン。いまだ来る事のないティーダ。やはり作戦には無理があったのだろうか。
「――悪態、を……つく暇があるなら、大丈夫……です、ね?」
「お、お前!?」
カルマンの近くで倒れていたバゼット。体に走る痛みに耐え、ゆっくりと起き上がる。
「まだ……誘導するぐらいの、体力は残っていますね?」
「当たり前だ! 仮に動けなくても、気合いと根性で動いてみせるぜ!」
気合いと根性の二つを聞いたリオは、腹を抱えて「キャハハハ!」と笑っている。
「あの女は、私とオルテンシアが受け持ちます……。君は姫様とノリヌ様を!」
そのバゼットの言う事に呼応するかの如く、オルテンシアも立ち上がる。
「わかった……。でも、無理はするんじゃないぜ? あんたらが死んだら、あの姫さんが悲しむんじゃねぇのか」
バゼットは薄くにやりと微笑むと、
「承知……」
と、とても怪我人とは思えないぐらいに、冷静に言い放つ。
「オレ……タタカウ……」
そんな男達に、また機械兵士であるロビンも呼応した。これは奇跡とよべるのだろうか。
「ロビン、無茶するなよ! お前だって……いなくなったら、ティオが悲しむだろ」
「ダイジョウブ ムチャハシナイ」
「ロビン……と言いましたね。貴公の力をお借りします。――攻撃は私とオルテンシアがっ、ロビンは弾除けになってください!」
言葉と同時に、全員が動き出した。
オルテンシアとバゼットはリオに攻撃を仕掛け、ロビンは体を大の字にし、壁として大きく見せる。
カルマンもまた、ティオと共にエスクードの民を誘導する為に、力強く駆け出した。
「キメラ風情が、私に歯向かうなんて、生意気ね! キャハハハ!」
容赦なく飛び交う、パルティナの弾幕。オルテンシアとバゼットは、鳥のようなスピードを活かして、その光弾を避けていく。だが、消耗した二人には、そこまで長い時間の回避は困難だ。事実、二人が上手く捌けなかった弾は、カルマン達の方へ何発か行っている。ロビンが体を張って、止めているのだ。
「――さぁ、急ぐんだ! あいつらも長くは保たないぞ!」
強引ながら、カルマンはエスクードの人々を誘導していく。既に相手が城の人間だからと、遠慮している暇も余裕もないのだ。エスクードの兵士達が移動していく中、フィーネとノリヌは、いまだのその場から動こうとはしていなかった。
「姫様! ワシらが動かねば、ホークとイーグルの迷惑になります!」
「ですがっ、私はもう近しい人が死んでいくのは嫌です! また、私の知らない所で死ぬなんて――!」
途端に、乾いた音がフィーネの言葉を遮る。音の正体は、カルマンがフィーネの頬を張った為だ。
「なっ、君、なんて事を……!?」
「今はそんな事を言ってる場合じゃねぇだろう! あいつらはアンタを生き残らせる為に、命賭けて頑張ってんだ! もしもアンタが、それで死んでみろっ、アンタはあの世でどの面下げて謝る気なんだ、アァ!?」
フィーネは涙こそ流さなかったが、一瞬俯いたかと思うと、静かに小さくこくりと頷いた。
「ごめんなさい……私が冷静であるべきなのに……」
「謝るのは良いって、早くアンタもティオにくっついて行けって!」
フィーネは軽く一礼すると、ノリヌに押され、ティオの先導へと付いていく。
「ったく、やれやれだぜ……」
「――カルマン アブナイ」
口調こそ変わらなかったが、どこか切迫したようなロビンの声。それに振り向いた時は、遅かったのだ。
「ロビ――? ぐっ、が、あ、あああぁぁぁぁ……!?」
ロビンも守りきれなかった一発の光の弾。たった一発の光弾が、カルマンの右腕を貫いていったのだ。腕は飛んだのか、あるいは光弾の威力で蒸発したのか、カルマンの右腕は無くなっていた。
「カルマン」
ロビンは陣形を崩し、遅い足ながらも、必至にカルマンの元へと走る。
「ばっ……馬鹿野郎! 来るんじゃねぇっ……隊列を……隊列を乱すなっ!」
この隙をリオは見逃さない。見逃すはずがない。
「キャハハハ! チャーッンス! パルティナ、最大出力!」
上空に飛んでいたリオは、更に上空まで飛んでいく。
「くそっ、あんなに高くては、いくら俺達だって……!」
歯がゆそうに見つめる、オルテンシアとバゼット。
八つのパルティナの光が、更に大きくなっていく。あまりにも美しすぎる光。その美しい光は、命を奪っていく光なのだ。
カルマンも、痛みではっきりとしていく意識と視界の中で、ソリディアの事を思い出してしまっていた。
(まただ……また、この光景だ。俺は結局……あの時と何一つ変わってない。あの時は右目を失い、今度は右腕を失い……ハハハ、ざまぁないぜ……。でも、でもな……あの時と一つだけ違うもんがあるっ!)
残った左手を、力強く握ると、カルマンは持てる力の全てを込めて言った。
「――ロビンッ! 俺を……無様な俺を、助けろ!」
八つの巨大な閃光が、地上へ、カルマンとロビンに向けて放たれた。




