16,再びサンバナの町
「懐かしいよね」
「え、何が?」
サンバナの町に向かう際の道で、ティオが話す。
「あの時、私とティーダで歩いていたら、サンバナ町長さんに出会って」
「ああ、出会いというには、いささか乱暴だったけどな」
「あの頃って、今思えばまだ幸せな方だったのかな」
当時と違い、城国軍に荒らされた南の大地。その影響は、地上の人々だけでなく、自然にも影響していた。
「……そういう、事は、考えない方が良い。なくなったもんは、どんなに嘆いても戻ってはこないんだから」
「ティーダ? うん、そうだね。どうせ同じなくすなら、明るくいきたいよね。――それが難しくもあるんだけどね」
「ま、そうだな」
なくした時の痛み。それとどう付き合っていくのかも、生きている故の課題なのかもしれない。
「しかし、前々から思ったんだけど、最近は城国兵をあまり見ないな。気配すら感じない」
強いていうならば、何故か旧パーシオンにいた、二人の騎士、リオとクリッパーだ。しかし考えたところで、ティーダに理由がわかるはずもない。
「こっぴどく攻撃してきたからね……きっともう、しばらくは攻撃する必要は無いと思われてるんじゃないかな?」
「そうだと良いが……だが、確かにシュネリ湖付近には、兵士がいたからな。ティオの推理は案外と当たっているかもな」
推理は半分正解、半分不正解といったところだろう。
現に東のエスクード城では、ほとんど兵士を見かけなかった。世界全体で、城国の姿が少なくなっているのだ。では、そうなる要因は何があるのだろうか。
パーシオンに帰ってきても、今のティーダにはわからない事が多すぎる。
「あ、見て、ティーダ!」
考え事をしていると、ティオの元気な声にかき消される。サンバナの町が見えたのだ。
だが、やはり解放大戦の首謀者でもある、サンバナの町は、かなりの攻撃を受けたようだ。遠目で見ても、むしろ遠目で見るからこそ、その被害の大きさがわかる。
「あれは……よくもまあ、原型を留めているな」
「サンバナの被害は凄いとは聞いていたけど……これは酷いよ……」
「前に来た時の雰囲気は全くないな。壊滅しなかっただけ、運が良かったと取るべきか」
ティーダとティオは、依然、戦いの爪痕が色濃く残る、サンバナの町に到着した。
外部に比べ、内部は綺麗な方だった。勿論、頑張ってここまで復元した可能性もある為、迂闊な事を言えたものでもない。
「この町は、強い戦士の人がいたりするから、戦えたのかもしれないね」
「そうかもな。……さて、ティオは何か用があるんだろ?」
「あ、うん」
「俺は俺で用事ができた。ちょっと別行動にしないか?」
「良いよ。じゃあ、全部が終わったら、宿屋の前に集合にしよう」
ティーダは、首を縦に振り、了解の意を示すと、ティオと別れた。
目的の場所は、この町の町長のもとだ。解放大戦の黒幕といっても良い人物。この者ならば、何かしらの情報が得られるかもしれないのだ。
(確か、新町長の名はハインズ……だったかな。最も、まだ生きていればの話だが)
町長宅へと歩いていると、横からやかましい声で話しかけられた。
「――ちょっと、ティーダじゃないか、ティーダ!」
あまりのやかましさに、苛立ちを覚えながらも、そこを見ると、見覚えのある顔がそこにあった。
「パーチャ!?」
「そうだよ、パーチャだよ! 元気だったかい!」
パーチャはサンバナの町に住む、道具屋の女主人だ。以前、ティーダがサンバナ攻防戦時に訪れた時に、ティオのワセシアの花の事で、お世話になった人物だ。
「元気そうだな?」
「ああ、元気がパーチャの取り柄だからね! しかし……しばらく見ない間に、随分と大人っぽくなったね」
「最近になって、そのセリフは何回も聞いたよ。自分では変わった気がしないけどな」
「成長ってのは、自分ではわからないぐらいの微弱なもんさね。大丈夫、ティーダはどんどん良い男になっているよ!」
本気なのか、茶化しなのか、裏表の見えないパーチャの真意はわからない。
「そういえばパーチャ。ここの町長は、ハインズで変わりないかな?」
「え、ああ、ハインズ町長さんで変わってないよ。……一体何の用だい?」
「別に……ちょっと挨拶に行くだけだよ」
パーチャに合わせると、そのまま長話になりかねないので、ティーダは無理矢理に話を打ち切る。
「良かったら、帰りに店へ来ておくれよ!」
後ろ手を振り、パーチャと別れた。
そして、ハインズ町長のいる場所まで来る。町の奥の方にある為か、あまり建物に被害はないように見える。扉をノックすると、美人秘書のような人が顔を出す。
「えっと、どちら様です?」
「俺はパーシオンから来た、ティーダという者だ。ハインズ町長はいるかな?」
「パーシオンのティーダさんですね。少々お待ちくださいね」
女性が引っ込み、しばらく待っていると、
「お待たせしました。中へどうぞ」
と、促される。そのままついていくと、ハインズ町長の部屋前へと着く。女性は軽くノックする。
「ハインズ町長、お連れしました」
「通してくれ」
女性は「どうぞ」と、扉を開けてくれた。中に入ると、すぐにハインズ町長を確認する事ができる。
(こんな簡単に会えるとはな、ソリディア……あんたの置き土産は大したもんだぜ)
「さて、何の御用でしょうかな、パーシオンの使者よ」
「……使者、という程の事はない。パーシオンの名は使わせてもらったが、これは俺個人として、だ」
ハインズは「ふむ……」と、低い唸り声を出す。
「支配解放大戦、その首謀者の一人であるハインズ町長に、今の世界情勢を聞いておきたい」
「ほお、具体的には?」
「城国兵の数が、最近になって少なく感じる。これは一体どういう事なのか、わかる範囲で教えてもらいたい」
「――確かに、ここ最近の城国の配置は何故か少ない」
「その口振りだと、あんたも状況をいまいち掴めていないようだな?」
「率直に言わせてもらうと、そういう事です。何故、城国の侵攻が弱いのか、理由は一切が謎に包まれています。大戦によるダメージが高かったのか、あるいは他の理由でもあるのか……」
ティーダは注意深く、ハインズを見たが、とても嘘や隠し事があるとは思えなかった。
「なるほどね。……もう一つ、良いかな?」
「何でしょう?」
「これは、全体ではなく、あくまでハインズ町長個人の意見として聞きたい」
ハインズは、ティーダの瞳を伺うと、真っ向から向き合う姿勢を作る。
「あんたは、支配解放大戦を行った。もう一度、これを起こそうと考えたか、あるいは、もう考えているか?」
「支配解放大戦を、もう一度!? いやいや、確かに大戦に負けた直後は、そうも思いましたが、実際の失われた戦力では、そうもいかない事がわかりました。今の戦力では、城国に喧嘩を売る力は無いでしょう。……せめて、大戦時よりも大きな、いや匹敵する戦力さえ集められれば……」
「力があれば、再び大戦を起こしても良いと?」
「安易には決められません。しかし我々、地上に住む人々が平穏に暮らすには、城国と戦い勝つしかありませんからね。とても話し合いが通じる相手でもありませんし……」
「なるほど、良い回答を貰えたよ」
ティーダは満足そうな顔で立ち上がる。
「もう、お帰りですか?」
「ああ、とりあえず今は充分な回答を得られた」
送り出そうとするハインズを、手で制しながら言う。
「見送りはいい。あんたも忙しいだろ?」
と、だけ言い、一人、ハインズ町長の部屋を後にした。
(王との決着は、いずれにしてもつけなければいけない。第二次解放大戦……近いうちに起きるだろうな)
建物から出ると、眩しい程に太陽が照らしていた。同じ太陽なのに、森林地帯と砂漠地帯とでは、全く違う太陽になる事を、気が付かされる。
「さて、ティオ……の前に、パーチャに挨拶でもしておくか」
ティーダは、サンバナの大通り、パーチャの道具屋へと向かう。目的地に近づくと、パーチャの道具屋前が慌ただしい事に気付く。ティーダは何があったのかと、急ぎ走っていく。
「ほらほら、見せもんじゃないよ! ……お嬢ちゃん、しっかりしな!」
更に近づくと、パーチャが誰かを抱きかかえているのが見える。
「――ティオ!?」
よく見ると抱きかかえられているのは、ティオだった。
「パーチャ!」
「……あ、ああ、ティーダかい。ちょっと待ってね、今は手が……」
「そいつは俺の連れだ」
「そうかい、それは都合が良い。店の中に入って、この子を寝かせてやっておくれ」
ティーダはティオを抱きかかえると、店の中へと入っていく。その間、パーテャは店の前に集まった野次馬を追い払っていた。
(――っ!? こいつ……なんて軽さだ。それに……こうやって近くで見ると、やつれている)
近くにあったベットに寝かせると、しばらくティーダはティオの顔を見つめていた。やつれた顔だけではなく、何故か全身から血が出ていた。決して外傷があるわけでもない。現に、今は血が出てくる要因となる傷が無いのだ。
「全く、こういう時ほど野次馬が鬱陶しく思う事はないねぇ!」
息も絶え絶え、額の大粒汗を拭いながら、パーチャが来る。
「良かったよ、ティーダの知り合いで。その子、急に痛がり始めてね、そのまま気を失なっちゃったんだよ。全身から血も出てきていたし、いくらアタシでもどうしようかと思ったよ……」
「すまないな、迷惑をかけた」
「気にしてないよ。それより――ワセシアの花、その子へのプレゼントだったんだね。……男なら、女の一人でも大切にしておやりよ?」
「お、俺とティオは別にそんな関係じゃ……」
パーチャは聞いてないフリをしながら、店の奥に引っ込んでしまう。
「ったく、話はちゃんと聞いてほしいもんだ」
「――聞いてるよ。聞いてる上で言ってるのさ。……ほれっ!」
パーチャは白い布きれを投げてくる。
「そんな物しかないけど、目に見える血ぐらい拭いてあげな」
「ありがとう」
パーチャは「いいって!」と、手で制する。すると、再び奥の方へ入っていく。
ティーダは、やつれたティオの顔を見ながら、表面に付いた血を拭っていく。
(よく見ると、やつれているだけじゃない。顔色も悪い、それに細くなった腕。俺は、こんな風に一緒にいても、何一つこいつの事をわかっていなかった)
「――ティー、ダ?」
「ティオ、目が覚めたか?」
虚ろな瞳で、ティオは辺りを見回す。
「ここは……?」
「心配するな、サンバナの町にある知り合いの家だ」
「……そう。ごめんね、何か、迷惑かけちゃったね」
「気にするな。もう、そんな事を気にするような仲でもないだろ?」
「――そうだね、そうだよね」
何故かそれを聞き、嬉しそうにするティオ。
「おや、目が覚めたみたいだね! ティオちゃん、だったけね。お風呂の用意をしたからね、動けるようになったら入りなさい」
「ありがとう、ございます」
「さて……」
パーチャはティーダに向かって手招きした。パーチャに連れられ、店の奥へ移動する。
「あの子、何かの病気なのかい?」
「いや……」
心当たりはあったのだ。事実、その事の究明の為に、北のシュネリ湖まで向かった。しかし、結局はティオの異変の原因が、わかる事はなく終わっていた。
「まぁ、いいさ。何にしても、今日はここへ泊まっておいき。元気に振る舞ってはいるけど……相当な衰弱がわかるよ」
「あぁ……すまない」
「困った時こそ助け合いってね!」
パーチャは、ティーダの肩を強く叩くと、店番へと戻っていった。
「ティーダ?」
「今日は大事を取って、泊まっていけだって」
「……申し訳ない事をしちゃったなぁ」
「あいつは……パーチャはそんな事を気にする奴じゃない」
「パーチャさんっていうんだ。後でお礼をいっておかなくっちゃ」
サンバナの町で倒れたティオ。日に日に痛みを増していく、激痛の理由さえわからないまま、時は進んでいく。