17,火薬餅作用
突然、ティオが倒れる。運良く、パーチャに拾われ、休ませてもらえる事になったティーダとティオは、パーチャの道具屋にて一泊し、次の日の朝を迎える。
「パーチャさん、本当にご迷惑をかけました。ありがとうございました!」
「本当にもう良いのかい? 倒れるなんて、よっぽどの事なんだ……遠慮しないで、もう少し休んでいっても良いんだよ」
ティオは、にっこりと微笑みながら言う。
「もう大丈夫です! それに、待っている仲間も心配しますから」
「そうかい……。あ、これを持っておいき」
パーチャは店から、中の見えない袋を持ってくる。
「これは?」
「火薬餅っていう食べ物さね。熱いうちにお食べ、美味しいよ」
「わぁ、ありがとう!」
袋をティオに渡そうとする。ティオも手のひらを上にして、その袋を受け取った。
「――あっ!?」
それに対し、何故か驚くパーチャ。そんな事も知らずに、嬉しそうに火薬餅を眺めているティオ。
「あ、あんた、何ともないのかい……?」
「え、何がですか?」
「いや……アタシの思い違いさね」
深刻な表情で、俯くパーチャ。それを見かねて、ティーダが話しかけた。
「どうした?」
「あの子、やっぱりどこかおかしいよ……」
「何がだ、はっきり言わないとわからないぞ」
「火薬餅はね、あの厚手の袋に入っているのは、名前の通り、とても熱いからなんだ。それこそ、あの袋に入っているといっても、手のひらで受けたら、相当熱いはずなのに……」
「熱さに強い、とかじゃないのか?」
「いや……そういう類で、どうこうなる代物じゃない。あの子……まさか痛みそのものを感じていないとか、あるんじゃないかい」
「ま、まさか……」
二人は黙って、ティオを見つめた。全くと言っていい程に、ティオの顔からは痛みによる、苦痛が見えない。
「ちょっと、ティオ」
「どうしたの、ティーダ?」
ティオの手を掴み、その手のひらを見ると、重度というには軽いが、確かに火傷らしく赤くなっていた。
「お前……何も感じなかったのか?」
「え、あ、えと、いや、熱かったよ、火薬餅!」
ティーダは振りかえると、パーチャが安堵のため息をつくのが見れた。
「……あほ」
と、言いながら、ティーダはティオの額を、軽く叩いた。
「いたい……何で……!?」
「いや、なんとなく」
「ま、なんともなくて良かったよ……」
「すまないな、パーチャ。世話になった」
「お世話になりました、ありがとうございました!」
二人の言葉に、パーチャも笑顔を向ける。
「良かったら、また泊まりにおいで。こんなとこで良ければね」
ティーダは小さく頷き、ティオは大きく右手を振った。パーチャもそれに負けじと、更に力強い笑顔を二人に送る。
予定よりも、一日過ぎてしまったが、二人はサンバナの町より旅立つ。
ティーダは、最悪の想像よりも、元気のあったサンバナの町に安堵はしていたが、一つの不安点が浮き彫りになっていた。それはティオの問題だ。前々から、ティオには何か悪い症状が出ているという認識はあったものの、それが何なのかわからずにいた。それに色々な事柄が立て込み、それを気にしている時間が無かったというのも、一つの真実である。
――だが、ティオは町で倒れた。これは異変そのものといっても過言ではない。
「……ティオ、さ」
ティーダの呼びかけに、無言で振り向くティオ。
「多分……もう一度、大きな戦争が起きる。次の戦争は、間違いなく勝たなければいけない戦いだ。――だから、もしも勝てて、世界が平和になったのなら……」
「……うん」
「世界が平和になったのなら、俺と一緒に世界を回って、お前の体を治せる人を捜そう。……それは、迷惑か?」
「ううん、全然迷惑じゃないよ。むしろ、私の方がティーダに迷惑をかけてないか、凄く不安で心配だった」
ティーダの心臓は、これ以上ない程に脈打っている。何故か、謎の高揚感のようなものが支配している。
「迷惑……は、かかってるけど……俺は、俺はお前の隣にいるのが、俺でありたいと思ってる」
「――ティーダ、それって……!?」
言ったティーダも、言われたティオも、お互いに何が起こっているのか、理解できていなかった。
一つ言える事は、ティーダもティオも顔が赤い、という事だけだ。
「……さあ、先を、急ごうか」
「ちょっと、ティーダ?」
何か行動のおかしいティーダ。その理由もわからずに、ティオも困惑した様子でついてくる。
ただ後ろから見ていたティオは、後々にティーダの様子を、こう語っている。
「本で読んだ事のある『千鳥足』のようだった」と。
――それから数時間、異様な程の口数の多い時と、真逆に口数の少ない時とを、繰り返すティーダに、ティオはひたすらに合わせ続け、ようやくパーシオンに戻る事ができた。
ただ更にティオを驚かせたのは、パーシオンに着いた瞬間、今度はティーダが倒れてしまった事だ。
「え、ちょっ、誰かっ、誰か来て!」
ティオの必死な声を聞き付けた、数人の兵士がやってくる。
「どうした!?」
「助けてっ、ティーダが突然倒れちゃったの!」
「よし、任せろ!」
そのままティーダは、兵士達に運ばれていってしまう。それを心配そうに見つめていると、ハリス兵士長がやってくる。
「慌ただしいけど、何かあったのかい?」
「ティーダが突然倒れてしまって――」
「ティーダが!? 一体何が……ん?」
ハリスは、ふと目に入った物に注目する。
「ティオちゃん、それはもしかすると……火薬餅かな?」
「え、そうですけど……今はそれどころじゃ!」
「ははーん。なるほどね、大した事じゃないよ。ま、とりあえず無事に帰ってきてくれて良かった。まずは中に入って、ゆっくり休みなさい。理由は後で話すよ」
ハリスは緊張感のカケラすら無い顔で、ティオに中に入るように促す。
まずは旧パーシオンや、サンバナの町で手に入れた物を、自室となっている空洞に置く。それからティオは、兵士達が集まる場所を目指した。そこにはハリスとカルマン、そして数人の兵士しかいない。
「さて……まずはティオちゃん、お疲れ様。予定よりも遅かったから、少し心配したよ」
このハリスの言葉に、カルマンも「全くだぜ!」と同意する。
「すみません、色々とあって……。それでハリス兵士長さん、ティーダは一体!?」
「あ、ああ、理由はティオちゃんが持ってた火薬餅さ」
「火薬餅!? 何でですか?」
「火薬餅は二つの意味がある。一つは火薬を使用している、火薬のような、という熱さという意味がある」
ハリスの説明で、赤くなった手を見るティオ。
「そして二つ目、これが火薬餅最大の名前の理由でもある……それはカヤクという、強い酒を使っているという事なんだ。そのカヤクの強さは、耐性の弱い者ならば匂いを嗅いだだけで、全身に酔いが回ってしまう」
カルマンはそれを聞き、一人大笑いしている。
「つ、つまり……ティーダは……?」
「そう、別に体調不良や、悪い病気にかかったわけではない。全身に酔いが回った、いわゆる酔っぱらい状態になっているという事さ」
ティオはそれを聞き考えていた。ティーダが言った、あの言葉。あれは酔いが言わせたものなのか、それとも本心だったのか。
ティーダという人物は、滅多に感情を表に出さず、自分の考えを教えてくれないからこそ、真相の理解ができずにいる。
「あれ、火薬餅っていくつあるんだ?」
聞いてきたのはカルマン。ティオはとりあえず、厚手の袋を縛っている紐を緩めて、中を覗き見る。
「えっ……と、三つだね」
「じゃあ、俺が貰っても良いか?」
「そうだね、ティーダは匂いで駄目って事は、食べられないだろうし。私もそんなに強いなら、ちょっと遠慮しておこうかな」
「では、私も貰っても良いかい? 火薬餅は非常に美味しいと有名でね」
カルマンとハリスが、一つずつ貰い、最後の一つを丁度良く来たタムサンが頂いた。
三人が美味いと言い食べていたが、食べ終わる頃にはタムサンがフラつきだし、ハリスも少しの酔いが回っているようだった。カルマンだけが、普通に食べ終えている。
「俺の実家は、酒を扱っていてね。酒の濃度には滅法強いんだよ」
という、理由もあったようである。
ティオは、倒れたティーダの事が気になり、足早に向かっていく。この際、ティオも濃度にやられたのか、若干ながら足のふらつきを感じられた。
――ティーダは、専用の空洞部屋にて寝かされている。顔の赤さが、酔いの回りを伺わせる。
ティオは冷水で、よく冷やした手拭いを、ティーダの額に被せる。
「……うっ!」
「大丈夫、ティーダ?」
目を開けたティーダの瞳は、焦点の定まらないものだった。酷く目が回っている状態だろう。
「ここは……?」
「パーシオンだよ。ちゃんと無事に帰ってきたんだよ」
「そう、か。何故か途中から、記憶がはっきりとしない……頭の中がぐらぐらしている……」
ティオは、ハリスに説明された事を、丁寧に教える。
「火薬餅が原因か。……まさか、そんな効力があったとはな」
「私も知らなかったよ。突然倒れたから、凄くびっくりした。――その、さ、ティーダはその時の事を覚えてないの?」
「その時? いや、悪いが全く記憶がない。町を出た直前までは、意識があったんだが……。何かあったのか?」
「ううんっ、何もないよ! だから忘れて! ……私、手に入れた物の整理してるから、何かあったら呼んでね」
ティーダの額に乗っている手拭いを、掛け直すと、ティオはその場から離れていく。
まだ焦点の定まらない瞳は、ただ黙ってその姿を見るしかなかった。
(酔っていた? ……だから、俺はあんな事を言えたっていうわけ、か)
二人の想いは、同じゴール。しかし、二人の進む道は、互いに交わる事なく、無情にも事態は次の戦局へ向かう。
――その頃、誰も知りえない所で、新たな戦況への引き金をひく者が、少しずつ、しかし確実に近づいていた。




