36,深緑の王
――ティーダとの戦いから、ジュークは一人体力の回復に努めていた。
(ティーダを覚醒させるだけの演技のつもりだったが……つい本気になってしまう)
業火になったティーダの、魔力解放における衝撃をもらっただけだ。しかしそれでも体の芯に残るダメージがある。
「さて、と……」
「よぉ、久しぶりだな、ジュークの兄貴」
その声の主はラティオである。大して驚いた顔も見せず、ジュークは口を開く。
「ラティオか……。このタイミングでどうして?」
「あれ、あんまり驚かないのな。……本当は来る気なんか無かった。いや、そもそもこんな戦いが行われている事すら知らなかったさ」
「話が見えないな……」
「……声がしたんだよ。『火の騎士を助けてほしい』ってな。それで来てみたら、この様だ。ティーダの兄貴はこの先かい?」
ジュークは適当な相づちをする。それを見て、ラティオはこの先にある王の間へ走る。
「大方、ティーダの兄貴にやられたのか? ジュークの兄貴も今後を考えた方が良いぜ」
捨て台詞を残し、王の間を目指す。
ジュークはその言葉を全く聞かず、ある一つの事柄について考えていた。
(声がした……人の思念の中に入り、言葉を話す。まさかな、まさか……生きていてくれたというのか)
予測に過ぎない感情だが、その考えに鼓動が早くなる。そんな高まる鼓動を落ち着かせる為に、大きく深い呼吸をする。
「――ならば、僕はまだ頑張れる。最後のやるべき事……王の暗殺」
深緑の剣フルーティアを見つめる目は、妖しく冷たく輝いていた。
――そしてジュークは、四人の攻防を見定め、王にフルーティアを突き刺した。並大抵のタイミングでは、リオとクリッパーに気付かれ、その攻撃を阻止されてしまう可能性が高い。だからこそ、気配を殺し期を伺ったのだ。
「キャアァァ! 王様!」
「ま、まさか……王よ」
長きに渡り、支配の時代を作り続けた張本人。城国王の暗殺。
布の向こうで、大量の血を流す王。そして心臓を一突きし、血の赤がこびりつく深緑の剣。そこには、かつて見せた事が無い程の、冷徹な顔を見せるジュークの姿がある。ジュークは乱暴に布を引きちぎり、自分が突き刺し殺した者の姿を確認する。
「――っ!?」
薄布の向こうにいた者は、確かに心臓を突き刺されている。だがジュークを驚かせたものは、その姿形だった。
「……まさか、長きに渡って支配をした王の姿が……こんな若者なのか!?」
その言葉に、ティーダ、ラティオ、リオ、クリッパーの四人が驚く。誰一人として王の姿を確認したものはいないが、少なからず老体であろうと思っていた。事実、声では判別できないが、その喋り方はどこか若くはなく、貫禄に溢れていたからだ。だが、いざ布を取ってみると出てきたのは、どこにでもいるような普通の若者である。
「まさか……影武者だとでもいうのか、ならば本物の王はどこに!?」
勢い良く剣を引き抜く。そして突然の襲撃に備え、辺りを警戒し始める。
この事実はリオとクリッパーにすら、知らされておらず、普段から取り乱さないクリッパーでさえ、さすがに困惑の色を見せている。
はたして、この若者は本物の王なのか、あるいは影武者なのか。仮に影武者ならば本物の王はどこにいるのか、全てが謎だらけであり、緊張を走らせる。
『――ふ、ふっはっはっは!』
突然の笑い声。反響するように聞こえ、発信源がどこなのか検討もつかない。
「くそっ、どこにいる!」
「どこにいる? 貴様の後ろにいるではないか、ジュークよ」
咄嗟に後ろを向くと、そこにいたのは突き殺された若者がいる。
「どうした、私だよ、私が王だ」
やはり言葉を発したのは、目の前にいる若者。そして心臓を貫き、確かに殺したはずの者は立ち上がり、薄ら笑いを浮かべている。
「お前が王だと!? ふざけるな!」
「ふざけてはいない。確かに私が王だ。さて……」
自分を王と述べる若者は、突き刺された胸元を見る。すると傷がみるみると回復していき、あっという間に元に復元してしまう。
「ば、馬鹿な、心臓を刺され死なないどころか、完全回復するなど!」
「驚く事ではあるまい? 貴様達アルティロイドにも、自然治癒力を強化させたものを備えているではないか。それをさらに強化したものだよ。……最も不死身ではないのでな、心臓を刺された瞬間は確かに死んでいたよ。死を治癒したのだがな、ふっはっはっは!」
「死を治癒だと!? そんな馬鹿な事が……治癒力の強化ができたとしても、生きている人間が、死を治癒するなどとっ!」
「――生きた死体。と、すればどうするね?」
生きた死体。人はそれをゾンビなどと例える。王は自分の事を、リビングデッドとでも言うつもりなのだろうか。
ジュークですら、その王の言葉の真意が掴めないでいる。
「わからない……と、いった顔をしているな。大方の予想は当たっているが、この肉体はリビングデッドなのだ」
「そんな馬鹿な……肉体は死して、魂が健在などと」
「それが可能なのだよ、なぁティーダよ。お前にならわかるのではないか? 思い出してみろ、デュアリスとセレナをな」
王の言葉の通り、デュアリスとセレナの事を思い返してみる。この二人は元々一緒にいた人格ではないのだ。主人格と肉体はデュアリスのものであり、セレナという人格は、デュアリスの体に寄生していた人格である。
ここでティーダは、ある事に気がついたのだ。
「――寄生」
「ご名答。そう、寄生だ」
「つまりその若者の肉体は本来の王の肉体ではなく、人格……いや魂を寄生させた存在だというのか……」
「ふっふっふ。さすがジュークだ、頭の回転が早いな。この肉体は本来ならば、既に廃人になっている程の改造が施されている。超治癒力もその一つ、その他、痛覚の削除や肉体の増強も限界まで行っている。まぁ、これも他人の肉体だからこそできる事だがな。ふぁーはっはっは!」
「……外道めっ!」
自分ではない他人の肉体に寄生し、そして好きなように弄ぶ。寄生に関するセレナとの大きな違いは、宿主の尊重である。セレナはデュアリスを主人格、肉体とし、そこからできる限りの事をしていた。だが王に限っては、この若者の人格と肉体を乗っ取り、そして殺した。これでは寄生ではなく略奪である。
「私は神になるのだよ。リビングデッドもアルティロイドも、私にとっては造物主としての実験に過ぎんのだ!」
王は高々と笑ってみせた。その笑い声は、神などではなく、さしずめ悪魔、いや魔王の笑い声である。
「おい、お前ら二人も聞いただろう? あの野郎は、お前らの命も遊びとしか見てないんだぜ、このままで良いのかよ!」
ラティオは、リオとクリッパーに言葉をかける。だが二人は動揺も全く見せずに言う。
『我々の命は王の為に』
「……こいつらっ、大馬鹿野郎だぜ!」
舌打ちしながら、苛立つ感情を力の限り吐き出す。
そして、ラティオがそんな事を言っている間に、ジュークは王の心臓を再び貫いた。突き刺しただけに留まらず、そこから剣を上に走らせ、左肩を斬り裂く。そして流れのままに首をはね飛ばす。
「どうだ、心臓を潰され、首をはねられて、生きていられる奴はいまい!」
「――それが生きていられるのだよ、ジューク」
「……なっ!」
この世の光景とは思えなかった。潰された心臓は傷痕が消え、裂かれた肩はくっつき、飛ばされた首は、本体の肉と首の肉が合わさり連結する。
「この体は生ける屍。魂だけが寄生してる肉体なのだ。殺そうとしても殺せんよ、所詮は生きてる者を殺す行為ではな」
そして王はジュークに手を伸ばす。
「くっ、寄るな!」
その手を斬りつける。大量の血飛沫が散ったが、すぐに再生し、追い始める。ただがむしゃらに、剣を振るう。頭の先から足の先まで、あらゆる場所を斬っても再生し、追いかけてくる存在。
「ジューク、もういい、逃げろ!」
嫌な予感がし、ジュークを助ける為に走るティーダ。だがその前に、リオとクリッパーが立ちはだかる。
「火の騎士。ここから先へは通させん!」
「そういう事、通りたければ倒していきなさいよ、キャハハハ!」
「くそっ、どけっ、お前達!」
「兄貴、突破するしかねぇ、行くぜ!」
ジュークと王とは違う所で、再び始まる四人の騎士の戦い。だがティーダもラティオも疲労してしまい、二人を突破する力は残っていなかった。
「あやつらは、また戦い始めたようだ。はっはっは、愉快愉快」
「何が愉快なものか!」
「愉快ではないか。他人同士が戦い血を流す。それを見ていると謎の高揚を覚えないか? 弱い者が弾圧、凌辱される様を見ていると、一種の快感を感じるはずだ」
「……貴様という奴はっ、お前のような奴がいるから、こんな支配の歴史が生まれてしまうんだ、このエゴイストがっ!」
「強がるな、正義感ぶるな。人間とはそういう生き物なのだ。自由? 平等? そんなものは、所詮は弱き者が掲げた逃げの口実に過ぎん。この立場で見ろ。すぐに気持ち良くなる、他人をより強い力で凌辱する快感だ!」
再び伸びてくる手。その手はまるで触手のようになり、ジュークの体に刺さり始める。
「――ぐっ、あああぁぁぁ!」
「どうだ痛いだろう? 肉体と精神を侵す行為だ。お前は痛いかもしれんが、私は全く痛くない。むしろ先ほどから言うように、他人の体を凌辱する快感だ」
「き、さまの、よう、な、奴、にっ!」
力を振り絞り、再度、王の心臓を突き刺した。
「無駄だジューク。……お前は私だ。私はお前だ。私の存在を受け入れろ……そして消えろ」
「ぐああああぁぁぁぁ――!」
激しい光が、若者からジュークへと移動する。その途端に、若者の体は灰のようになり、崩れ落ちた。そしてそれをクズを見るように、見つめるジュークの姿がある。
「……ふむ。さすが私が造ったアルティロイドの肉体だな。凄まじいポテンシャルだ」
声はジュークだが、喋り方は王のものになっている。その一つの儀式のような行為に、戦いはいつの間にか終わり、静寂と共に四人は見つめていた。
「ジューク……?」
その存在を確かめるように、ティーダは言葉を投げかけた。
「ジューク? 違うな、私は王にして神、この世の支配者にして造物主だ。ジュークなどという者は、私によって完全に殺した」
王により宣言された事実。アルティロイド達の、長兄であるジュークの死。
「なるほどな、最初から私を暗殺する事だけを考えていたか、こやつを乗っ取ったおかげで、あらゆる企みが見えてくるな、はっはっは!」
「き、貴様だけは――!」
怒りの感情が、ティーダを動かした。凄まじい速さで、王となったジュークに向かう。
「火の騎士……まだ動けるというのか!?」
クリッパーですら、反応する事はできなかった。
「お前が王だというのなら、俺がジュークの肉体を殺してやる! それが俺の……」
「――良いのだな、実の兄の体を殺して」
その言葉で、今まさに斬りつけんばかりの、ヴェルデフレインが止まる。
「な、に……!?」
「ジュークとお前はな、デュアリスやラティオのような存在ではない。リオとクリッパーと同じ……実の兄弟なのだ」
「ジュークが……俺の、実の兄……?」
「そうだ。ジュークは随分前から知っていたようだがな。……死への土産としては、粋な計らいだっただろう?」
王は深緑の剣を振るい、ティーダの体を深々と斬り裂いた。行き場を求めて、溢れ出る血液。力無く崩れ去るティーダ。
「兄貴っ、しっかりしやがれ! ――ぐあっ!」
ラティオも、リオが放った光線の前に倒れる。
「キャハハハ、今まで生意気言ってくれた分、たっぷりと仕返ししてやるから!」
一人、そんな場を冷めた視点で見ていたクリッパーは、ジュークを乗っ取った王を見て、ポツリと言葉を溢した。
「――深緑の、王か」
「どうした、クリッパーよ。ティーダの首をその鎌で取り、最強の称号を手中に収めよ!」
王に言われ、クリッパーはその場へ向かう。全てが満足げな表情を見せる王と、身を切り裂かれ体に力の入らないティーダ。
(不本意だな。こんな……誰にでも倒せるような火の騎士を倒して、最強などと言えるものか)
漆黒の鎌ソウルイーターを、ティーダの首にかける。ちょっと力を入れれば、一瞬にして首を飛ばす事ができる。
「キャハハハ、早く殺っちゃいなよ、もうリオは疲れちゃったー!」
深緑の王と、光と闇の騎士。そこには火の騎士が処刑される様相がある。
ラティオを見ると、リオに完全に倒されたのか、大の字になり倒れている。今立っているのは、深緑の王と、リオ、クリッパーのみ。この光景を見て、王は心の中でほくそ笑んだ。
(これで、私に逆らう愚か者は全て消えた。良い遊戯であった)
「――悪く思うなよ、火の騎士。そして……さらばだ」
クリッパーは、その鎌に力を入れて首を飛ばしにかかる。
「――だか、ら、言っただろ? 兄貴、を倒すのは、俺だ、って。お前等、なん、か、に、くれてやるわけにはっ……いかねぇんだ!」
その言葉を放ったのはラティオであり、見るとその右拳は最大魔力が集中し、火花のように荒れ狂っている。
「ま、まさか……!?」
「二撃目装填! 二撃目の衝撃!」
まるでファーストインパルスのように溜めた魔力を、地面に向かって殴りつける。その威力に地面から大爆発を起こし、辺りを爆炎が巻き込んでいく。外から見れば、城国の遥か上の方全てが大爆発を起こしている。その場にいた全ての者を巻き込む大技である。
王も、クリッパーも、リオも、ティーダも、そして技を放った本人であるラティオでさえ、どうなったのかが全くわからない程の大爆発。
「――ラティオめ、よもやあんな事をしでかすとはな」
「ご無事ですか、王よ?」
「うむ……大した傷はない。――しかし見ろ、最強の火の騎士も、爆炎の騎士も、水氷の騎士も、そしてこの体である風の騎士も、私に逆らう戦力はもういない!」
「キャハハハ、これで邪魔者は消えた。王様の世界構築の独壇場ですね?」
「ふっはっはっは! さぁ、この世界を、大地を、悪しき手から浄化せねばいかんな」
この地上軍と城国軍の戦いは、地上軍の敗北に終わった。数ある強者達、そして兵力を失い、地上軍は撤退を余技なくされる。過去希に見ぬ大戦に、参加したレジスタンスの被害は大きく、戦意を失うには充分過ぎたのだ。そして、ここから城国軍による地上弾圧が急速に始まっていったのだ。