29,交渉
――かつての戦友「策略家クリム」の、何者かによる暗殺。この事実はソリディアの闘志に火をつける事になる。そしてクリム暗殺から翌日、ソリディアはハリスと共に、サルバナ森林地帯にある「サンバナの町」を目指そうとしていた。
「では、ティーダ。留守の間、パーシオンの守備を任せるぞ?」
ティーダは静かに頷いた。
軍力を結集させる為には、サンバナの町を拠点に行った方が良いと判断する。サンバナ攻防戦時の、多大な人数。サンバナの町周辺には、まだ見ぬ多くのレジスタンスチームが存在するはずなのだ。同じくソリディアと共に三剣士と謳われた最後の一角「剛力丸のバース」率いる、レジスタンス「コロセオン」も周辺にあるはずなのだ。城国軍との最終決戦、この三剣士の一人バースの力は大きな戦力となる。
「では行ってくる……」
「後を頼んだよ、ティーダ」
こうしてソリディアとハリスは、南にあるサンバナの町へ、軍力結集の交渉をする為に出かけていく。
(――軍力結集、か。俺が知る限り、協力をしてくれそうなレジスタンスはバースのコロセオン。ラックのザードリブ。そしてサンバナの町……この他、大小様々なレジスタンスが手を貸してくれるだろうが、はたしてそれで城国が倒せるか……。無理だろうな、一生の半分以上を城国で過ごした俺にはわかる)
この戦いは最初っから、勝てる見込みがほとんど無い戦いだと、ティーダは判断している。しかしそれを止める術も無いのも事実である。この戦いの連鎖を長引かせていっても、消耗戦には絶対的に不利な地上のレジスタンス。ならば守備力の低下するという今が、最大の攻撃チャンスなのも事実である。いずれにしても、神の振るうコインは表と出るのか、裏と出るのか、それは振ってみなければわからない。
パーシオンの守備は任されたが、特にやる事の無いティーダは、一人で近場の小さな土手へと移動する。このパーシオンへ来たばかりの時ほどではないが、根本的にうるさいのは好きではないのか、やはり活気を苦手とする。土手は静かな為、ティーダにとっては絶好の隠れ場所となる。
「――ふぅ、やれやれ……」
土手に寝転がると、やや曇りがちな空を見上げる。
(空、か。思えば最初も、俺が城国から飛び降りた事から始まっていたな……空を見ていると、色々な事を思い出す)
頭の中から、今までの事柄が沸き出るように思い出せていた。
最初はカザンタ山岳地帯。ティオとソリディアとの出会い。パーシオンの仲間達。サンバナの町から、それに至るサンバナ攻防戦。ラティオとの戦い。北の大地への旅立ち。シュネリ湖制圧作戦の防衛。デュアリスとの再会。セレナとの死闘。そして――デュアリスを自らの手で殺した。
ティーダは自分の手を、空高く掲げて、それを見つめた。何人もの命を奪い、デュアリスを殺めた手だ。
「俺は……いつまでこんな事をすれば良いのだろう?」
自分の手を見ながら、ポツリと一言呟く。
「――いつまでだろうね」
そんな呟きに対する言葉が、突然走り出す。姿は確認していないが、ティーダはその声の主を知っている。
「何の用だ、ティオ。お前はあの馬鹿のお守りがあるんだろう?」
「駄目だよ、人の事を馬鹿って言っちゃ!」
めずらしく、やや強めな口調で注意するティオ。そんなめずらしい態度に、ティーダも黙り様子を見る事にする。
「カルマン君も、ティーダの事を最初は『ヨソ者』って言ってたけど……今はちゃんと名前で呼んでるでしょ? だからティーダも『馬鹿』って言わないで名前で呼んであげて。名前って……私達が思っている以上に大切なものなんだから」
「……わかった。覚えていたら、次回からはそうしよう」
「約束だからね!」
ティオは笑顔で、小指だけを立てた手を、ティーダに向ける。
「何だ、それは?」
「んもぅっ、指切り。約束したら指切りするのが、当たり前なんだよ」
「そんなガキ臭い恥ずかしい事を、この歳でやれるかっ!」
結局、ティーダはティオの指切りをする事はなかった。やや寂しそうな顔を見せるが、半ば予想していた事だったのか、ティオの切り替えは早かった。
「ティーダ……何だか、ここに来たばかりの頃より、明るくなったよね?」
「気のせいだ。それか単純に雰囲気に慣れたか――」
「違うよ。慣れたとかそういうのじゃなくて、根本的な性格というか、さ?」
「根本的な性格?」
「うん。ここに来たばかりの頃のティーダは……何か怖かった。ごめんね、もしかしたら私、酷い事を言うかも」
「良い、それで?」
「うん、それでね。ここに来たばかりの頃はとても人間とは思えなかった。だって貴方は殺す事に関して、何も感じずに行動していたから……まるで殺す事だけに作られた人形のようだった。……けど、今のティーダは明らかに違う。何て言うか、その……人間らしくなったって言うのかな? どことなく、優しい雰囲気になった気がするんだ。本当にごめんね! こんな心にもない事を……」
「いや、良いんじゃないのか、たまにはお互いに思っていた事を吐き出してしまっても。俺は人の印象なんて気にはしないしな」
それからしばらくの間、二人は流れる川の動きを見つめていた。いつの間にか、曇り空は晴れ始めていて、暖かさと共に、小鳥のさえずる声も聞こえる。これに戦争さえ無ければ、とある日常の平和な風景である。しかし、現実は今もどこかで殺しあいが起きている。
「――それで?」
「ん、何だよ?」
「いや、ティーダから見た私の最初の印象は? 私だけ言うのもなんか悪いもん!」
「お前の印象、かぁ……」
ティーダは出会った日の事から、今までの事を振り返る。そして、思い返した結果、ある一つの印象の答えが出てくる。
「最初は、そそっかしいというか、そそっかしいというか、そそっかしい印象だったな」
「うっ……どんだけそそっかしいの私」
「でも……今、振り返ってみると――」
「う、うん……」
「最初の頃に比べると、そそっかしいと感じるようになったな」
「ティーダ、それわざと? わざとならさすがに怒るよ?」
ティオは一人、怒りの握り拳を作る。
ティーダも気にする様子もなく、ただ空を見つめ放心している。
「……ふぅ、わかったわよ。そそっかしいのは、そそっかしいなりに仕事を頑張ってきます! カルマン君の看病もまだかかりそうだしね」
ティオは立ち上がり、土手を駆け上がっていく。
「だけど……初めて見た時から、お前には優しさというか、暖かさを感じた気がする。……それは今も続いている」
「ティーダ? ……ありがとう。行ってくるね!」
ティオは元気よく駆けていった。そんな小気味良い足音が消えるまで、ティーダは耳をすませた。
「……人間らしくなったか。それは究極の生命体兵器として、良い事なのかな」
それは不思議な感覚だった。嬉しいとも、悲しいともつかない感情が芽生える。
しかし今は考える事による答えは出なかったのだ――。
そして数時間後、サンバナの町へ向かったソリディア達は、無事に目的地にたどり着いていた。
「ここがサンバナの町ですか? 凄いですね、活気の凄さならレジスタンスは負けないものだと思いましたが、これでは顔負けだ……」
「そうか、サンバナ攻防戦時、ハリスはここへ来ていなかったな」
二人はサンバナの町を軽く歩き回り、様子を見てみる。攻防戦終結後、サンバナ町長は多くの死者と共に自害している。遺書らしきものも発見できなかった為、その町長の心意はわからなかった。だが恐らくは多くの戦死者を出した事に対する、償いの行動だろうと噂されていた。
そして現在は、前町長の意思を継ぎ「支配の無い、平和な世作り」を胸に、ハインズ新町長が町をおさめていた。
(さて……振られたコインは表と出るか、裏と出るか……)
ソリディアとハリスは、町長のいる建物前へとたどり着く。やはり人が多く通る町だからか、町の人々はソリディア達を不審に思ってもいないようである。大方「旅人が町長に挨拶をしに来た」程度にしか、思ってはいないのだろう。
「ハインズ新町長は、どんな男か、私には皆目見当もつかん。もしかしたら、牽制程度の挑発をしてくるかもしれん。仮にそうなっても、決して挑発に乗るのではないぞ?」
「わかっています。……交渉のご成功を祈ります」
「うむ。……では行くとしよう」
建物の扉を二、三回ほど叩いてみる。すると落ち着いた声と共に、一人の女性が顔を出す。
「はい、どうしましたか?」
「私達はレジスタンスパーシオンの者です。私はソリディア、これはハリスと申します。宜しければハインズ町長にお会いしたいのですが、お目通りは叶いますかな?」
「パーシオンの……ソリディア様とハリス様、ですね。少々お待ちください」
その女性は柔らかい雰囲気と口調を残し、建物の中へと入っていく。
「今の人、相当に美人でしたね」
「うむ……なかなかのものだ」
「しかも美人によく似合う豪華な建物ですね。他の建物と見比べても、明らかにここだけが凄い」
「そりゃあ、町一番のお偉いさんがいるのだ。そんな町のトップが、チャチな場所にいたら格好もつかんだろう」
そんな他愛の無い話をして数分、ようやく先ほどの女性が現れる。
「――お待たせしました。どうぞこちらへ」
女性に連れられるままに、内部へと入る。見た目の大きさに比例し、中の構造も大したものである。扉がいくつもあり、案内人がいなければ最初の時点で迷ってしまう。
「こちらです。――ハインズ町長、ソリディア様とハリス様をお連れしました」
「入ってもらってくれ」
案内をしてくれた女性は、扉を開けるとソリディア達に道を譲る。軽く一礼をすると扉を閉め、女性は出ていった。
「貴方が?」
「そう、私が新町長のハインズです。防衛戦の際は、お力を貸していただきありがとうございます」
そこには前町長とは全く毛並みの違う男がいる。頭はスキンヘッドにし、剛毛な口髭を蓄え、体つきの良い、パッと見ると怖い親父である。その見た目と口調があまりに不釣り合いだった。
「初めまして、ハインズ町長殿。改めまして私は――」
「前大戦時の英雄の一人、三剣士ソリディア様ですね」
「私を……ご存じで?」
「そりゃあ、こう見えて私も兵士だったもので、鬼のソリディアの名前は当然の如く存じています」
「事実は英雄などと、崇められるものは無い。私は数え切れない命を奪い奪われ、数えられる程の命すら守れなかった哀れな兵士だ」
このソリディアとハインズの会話に、ハリスは黙って立っている事しかできなかった。
ハインズも軽く咳をすると、本題に入ろうとする姿勢を取る。
「それで、本日は一体何のご用件で?」
「――今から二十日後、いや十九日後。城国へ攻撃をかけたいと計画しています」
「……何ですって!?」
平静を装っていたハインズだが、この言葉に少しは驚いてみせた。
「昨日、私の戦友である策略家クリムより連絡がありました。『今から二十日後、城国の守備力が低下する為、総攻撃をかけろ』とね」
「……策略家クリム。間違いは無いのですか? それに一体どうやって鉄壁の要塞と化している城国の守備力を低下させるのです?」
「残念ですが、それはわかりません。だが一つ言える事は、我が戦友クリムが言い出したのならば、それは現実になる、という事です」
「そんな不確定要素を信じろというのですか? これを行うという事は、全地上人の命を賭けた大戦争になるのですよ、貴方がそれをわからぬはずが無いでしょう」
「わかっているつもりです。……が、我々には道を選んでいる余裕が無いのも事実です。それが不確定要素の塊であっても、確率の低い戦争になっても、僅かな光があるのならば、それにすがらなくてはならない。地上のレジスタンスが、まともに城国と戦い勝つ可能性は、万に一つも無いのですから」
ハインズは、自らの頭を撫で回し、深いため息と共に黙り考え込んでしまう。それは一統率者としては、当然の反応だろう。個人の意思では動けないからこそ、団体を率いるというのは難しいのだ。
「――それで、ソリディアさんは私にどうしろと言うのですか?」
「このサンバナの町を基点とし、周辺のレジスタンスを戦力として集めていただきたい。かつてサンバナ攻防戦時に協力したレジスタンスの名簿のようなものはあるでしょう?」
「そりゃあ、ありますが……戦力を結集させたのは前町長です。私にあれほどの戦力を集める事ができるとは……」
「やらねば、この計画は失敗に終わります。今ここで動かないのなら、僅かな可能性がある現在のチャンスをも無駄にするだけです。今後、我々地上の人間が城国の支配から逃れられる事は完全に潰えるのですぞ!」
「う、うむ、しかしな……もしかしたら、今後に更なる可能性があるという事も……」
「城国と地上は対等ではないのだっ! 我々には道を選ぶ事はできない。だが道を切り開く事ができる。その切り開くチャンスを無駄にしたのなら、今までに命を賭けて死んでいった者達に何と言うつもりだ!」
「……元とはいえ、私も兵士だった男です。そうまで言われて動かぬわけにはいきますまい。私にも、この時代を終わらせると誓い合い……そして死んでいった戦友達がいます。――わかりました、できるとは約束できませんが、私ができる全力を尽くしても、戦力をかき集める事を誓いましょう」
ついにハインズから、その言葉が出る。ソリディアもそっと胸を撫で下ろした。
「ありがとう、ハインズ町長。この近隣にコロセオンというレジスタンスがあります。そこにバースという私の旧友がいるので、是非使ってやってください。私の名を出せば、バースはきっと動いてくれるはずです」
「まさか、噂には聞いていましたが、あの剛力丸のバース殿が……いやぁ、これで策略家クリムも集まれば、鬼に金棒ではないですか」
「――クリムは、死にました。昨日、何者かにより暗殺されたのです」
「なっ、なんと……。そうですか……貴方の気迫の理由、少しはわかった気がします。そしてそれを聞いてしまっては、私も頑張らざるをえませんな」
「頼みます。この周辺のレジスタンスを集めるには、貴方の力が必要なのです」
「任せてください。サンバナ攻防戦時よりも、大きな戦力を作ってみせる事を約束します」
ソリディアとハインズは、固く強い握手を交わした。城国攻略戦の軍備は、小さいながらも、確実に集まりつつあった。
――決戦まで、あと十八日。