27,帰還と新たな戦況へ
「――それではな、ザードリブの発展を願っているよ」
「ありがとう。ソリディアさん、貴方程の人が今回の戦いに参加して下さり、真に助かりましたよ。ザードリブ以下シュネリ湖のレジスタンスを代表して礼を言わせていただきますよ」
旅立ちの日。短い間だったがティーダ達一行は、ザードリブを後にして、パーシオンへの帰還を目指す。
出発前の挨拶として、ソリディアとラック兵士長が、別れの挨拶を済ませていた。
「いや、しかし……」
そう言うと、ラック兵士長はティーダを見る。
「ティーダ君、といったね。特に君の活躍は目覚ましいものだった。……君は、この支配の時代に、神が 我々に与えてくれた勇者なのかもしれないな」
「勇者……俺が?」
勇者という単語に、奇妙な感覚を覚える。そしてそれと共に、自分が今までに殺した人達を、自ら手をかけてしまったデュアリスの姿がフラッシュバックされる。ティーダは勇者と言われ、良い気分になれないでいる自分を発見する。
「――俺は、勇者なんかじゃない!」
「はっはっは、真の勇者たる器の人間は、そうやって謙遜するものだ! 胸を張ってくれよ、ティーダ君」
「……っ!」
ラック兵士長に悪気は無い。ティーダもそれはわかっているのだが、そのラック兵士長の態度を流す事ができず、舌打ちをしてその場から離れていってしまう。
「な、何か悪い事を言いましたかね?」
「いえ、申し訳ないです。後で私から注意しておきますので……」
「いや、いやいや、構わない。戦いの後だ、きっと過度なストレスが溜まっているのだろう。そんな兵士達の苛立ちを受け止めてやるのも、我々指揮管の役目じゃないかな?」
「仰る通りです。――あの、少し宜しいでしょうか?」
ソリディアは改まって真剣な顔で、話しかける。ラックもそんなソリディアの表情を読み取り、耳を傾けた。
「何でしょうか、遠慮無く申してください」
「ありがとうございます。……あまりにも信憑性の無い話なもので、申し訳ない事を先に謝っておきます」
「……ふむ。それほどの事なのですか?」
「単刀直入に申しますと、城国軍への直接攻撃の作戦と日時です」
そのソリディアの発言に、ラックはこれ以上無い程の、驚愕した表情を見せる。
「城国軍への直接攻撃? はっ、またまた、予想の斜め上をいった発言ですな……」
「……はい。これは最近、私の友人に聞いた情報なのです。近々、城国の守備力が落ちるから、レジスタンス軍は総攻撃をかけよ、とね」
「眉唾物の話ですよ。あの城国の守備力が低下するなんて……とてもではないが信用できません」
「私も半信半疑です。しかし嘘か誠か、信じるしか道は無いとも思います。まともに戦えば、レジスタンスの戦力では城国を倒すのは不可能に近いです」
「うぅむ、しかしな……」
陽気な方の性格のラックだが、この内容にはさすがに真剣にならざるを得なかった。
「私達も協力したい。今回助けてもらった恩もありますしね。……しかし、この話は一個のレジスタンス間の助け船話ではない。これは……全レジスタンスを巻き込んだ、過去に類を見ない大戦になりますよ?」
「……でしょうね。勝てば支配の歴史は終わる。しかし負ければ地上に住む人々は皆殺しにあうでしょう。しかし……どこかでやらなければならないのです。それならば勝機は今ではないでしょうか?」
「――その情報提供者は、信頼できるのですか?」
「はい、それは間違い無いです。私と共に前大戦を戦い抜いた戦友です」
クリムへの信頼に関しては、ソリディアは絶対的な自信があったのだ。
「……わかりました。ですが少し考え、と言いますか、気持ちの整理をさせてください。お返事は後日、こちらから使いの兵を出します」
「戦いが終わったばかりだというのに……本当に申し訳ない!」
ソリディアは深々と頭を下げる。
「いえいえ、どうか頭を上げてください、ソリディアさん。確かにこれは絶対的な勝機なのです。やってみる価値は充分にあります」
「ありがとう……ラック兵士長」
「では……無事に帰還できる事を祈っていますよ」
最後にラックと握手を交わし、ついにパーシオンへと帰還するのだった。
「――デュアリス」
デュアリスが光となり消えた場所。そこに残っているのは、デュアリスとセレナが愛用した清蒼の槍トライディアがある。
――そして風の騎士ジュークの姿があった。
「逝ったのか……デュアリス……。お前にだけは、生きていてほしかったのに……」
トライディアの前で、ジュークは涙を流す。その涙は静かに、静かに流れ落ち、それに気付く者はいない。
「大将。その槍……回収するんだろ?」
「頼みます、クリム」
クリムは地面に刺さった、トライディアを引き抜きにかかる。が、予想以上の重さに四苦八苦する。
「……スラっとして、見た目は軽そうな槍だってのに……重てぇ!」
クリムの他に、ニ、三人の男達を使い、トライディアを運び出しにかかる。
「こんな槍を女の細腕で振り回してたってのかい。アルティロイドってのは凄いなぁ……」
「アルティロイド、という理由もありますが、そのトライディアは、デュアリスの為に作られた特別な武器です。いわば専用武器。その本来の持ち主が、武器を振るえば羽毛のように軽く、風よりも速く攻撃できます」
ジュークは簡単な説明を、クリムに伝える。クリムもある程度の理解を示していた。
「なるほどな! こんな良い武器を使ってたってのかい。アルティロイドはセコいなぁ」
「……ふっ。まぁ、そう言ってやらないでくださいよ。これでも必死なものでね」
「ふぅん。とりあえず槍は回収するぜ。先に戻る」
槍と数人の男達と共に、一足先に城国へと戻る。ただ正確には城国ではなく、ジュークが作った地下の秘密の保管庫に、である。
一人そこに残ったジュークは、デュアリスが最後に倒れた、その場所をただ見つめていた。
「僕達は、実の兄妹ではなかったけど、幼い頃から共に過ごした身だ。……情が、無いわけないだろう……死んで『はい、そうですか』と、割り切れるわけないだろう……!」
誰もいなくなった地で、ジュークの嗚咽が響いた。やり場の無い、悲しみと怒りに耐える為に、唇を噛み、そして血を滲ませた。
「――ティーダ。……こうなったら、なにがなんでも計画を成功させてみせる! デュアリスが望んだ、優しい世界を」
ジュークの言葉は、天空高く響き渡った――。
一方、ザードリブを出立したティーダ達は、順調にパーシオンへの帰路を歩いていた。シュネリ湖制圧作戦が失敗に終わった為だろうか、城国の警備は手薄であり、決して体調は万全とはいえないパーティには、好都合な展開である。
「はぁ……はぁ……くそぅ」
「大丈夫、カルマン君?」
胸を突き刺され、まだ数日しか経っていない。本来ならば歩き続けるのも、避けねばならない状態のカルマン。その防護服の下は、今も頑丈に巻き付けられた包帯が痛々しく残っている。
「し、心配はいらないよ。……早く、帰らないといけないんだろ」
「でも……とっても辛そうなんだけど……」
ティオの言う通り、カルマンは体中に汗をかいている。ザードリブからはそんなに離れたわけでもなく、まだ寒さの残る森のはずなのにだ。それを見かねて、ソリディアは声をかける。
「……ふむ。ならばここで少し休むかね」
「ソリディア兵士長!? 大丈夫です、自分は全然行けますよ!」
「無理をする必要は無い。お前はよく頑張った、今ここで休んでも、誰も迷惑には思わんさ」
「そうだよ、カルマン君。無理をしないで休憩しよう?」
ソリディアとティオの説得により、カルマンは渋々休憩する事になった。しかし本音を言わせると、この休憩はカルマンにとっては助かった事は、明確な事実である。ティオはカルマンの汗を拭いたり、水を飲ませたりと、介抱に努めている。
介抱を受ける一方、カルマンの視線はティーダに向かっていた。
(――あいつは、あいつも大怪我を負ったはずなのに……。俺とあいつの実力差は悔しいがわかっている。でも……この回復力の差は何だ? よくわかんないけど……こんな不公平な事は無い……!)
カルマンはやはり悔しかった。好きな女の前で良い格好ができなかったからでもない。目の前の、自分が好敵手と認めた男の、その実力や身体能力が足下にも及ばないからだ。
「……カルマン君、どうしたの?」
「えっ、あ、いや……」
気付くと、握り拳を作っていた自分に気が付かされる。それを指摘されて、慌てて握り拳をしまう。
「駄目だよ、カルマン君はまだ怪我人なんだから。そんなに力んじゃ……」
「わ、わかってるって。無理は、しないよ。――って、うわ!?」
突然、ティオが顔を近づけてきた為、顔を真っ赤にして驚くカルマン。
「な、何?」
「約束だよ、あまり……無茶しないようにね」
「う、うん。頑張るよ、無茶しないように」
長い時間の休憩の後、再び歩き始める。カルマンの体調も若干ながら回復したようで、その足取りは多少軽やかになっている。周囲の警戒はティーダとソリディアがし、ティオはカルマンの介抱をしながら歩き続ける。
――ザードリブを出立してから、順調に一日が経過する。全く城国兵に出会う事もなく、歩み続けた為、行き道よりも早いペースで進行している。
「大分暖かくなってきたな、南に……森林地帯や、山岳地帯が近づいてきたという事か」
ソリディアは気候から、自分達の大体の位置と、その進み具合を計算する。南に進むに連れて、暖かい格好をしていた一行は、少しずつ薄着へと変わっていった。
(やっぱりこっちの方が、何となく懐かしい感じがするなぁ。北の大地も良かったけど、やっぱり暖かい南の大地が好きかな)
ティオは改めて、自分の元々済んでいる地方の良さに、気が付かされていた。長く歩き続けた為、疲労はあったが安心した為か、ティオの足取りは軽くなっていく。
「はっはっは、若いというのは良いな。軽い身のこなしだな」
ソリディアも見慣れた土地になり安心したのか、その表情は笑顔が多くなっている。
「おい、あまりはしゃぐなよ。敵はすぐ近くにいるかもしれないんだぞ?」
「大丈夫、そうなったらティーダが助けてくれるでしょ!」
このやり取りに、ティーダはデジャブのような錯覚を覚える。
「……ったく、お前はいつもそれだ」
ティオが動くたびに、再び結ばれたポニーテールが揺れる。そのポニーテールと、赤いゴム紐を見ると、どうしてもデュアリスの事を思い出してしまっていた。
(――デュアリス。お前は、セレナと合流できたのか? 大丈夫、こっちではティオの事は俺が守る。セレナもデュアリスの事を頼むぞ)
通じるとは思っていなかったが、遥かな空を見上げ、ティーダはデュアリスとセレナに報告する。
「――あっ!」
突然、一言発し、身を小さくするティオ。それを見たソリディアは、同じく身を小さくしながらティオに近づいていく。
「どうしたのだ、何かあったのか?」
用心し、小声で話しかける。
「待ってください、静かに!」
「むっ……」
特に気にする様子もなく、指示された通りに黙るソリディア。
(聞こえる……何だろう、動物でも植物でもない。これは……人の、声?)
不思議な声を聞き取るティオ。その声を聞くティオは、あまりの気持ちの悪さに吐き気を覚えている。
(――あぁ、見回りなんてめんどくせぇ。サボっちゃおうかな)
(人が、人が斬りてぇよぉ。できれば若い女が良い! へっへっへ)
(三日後には娘の誕生日か。さて、何を贈ろうか……)
様々な声が聞こえてくる。その生の感情は、ベットリとまとわりつくような、嫌らしい感覚をティオに与える。
「……うぅ」
「ティオ、大丈夫か? 顔色が急に悪くなったぞ」
「大、丈夫です。それよりも、私達がいる場所から右手前方……城国軍が来ます」
「何っ?」
ソリディアは軽く顔を上げ、その方向を確認すると、確かに城国兵士の姿が確認できた。数は五人。見つかりさえしなければ、このままやり過ごせる位置だった。ティーダとカルマンに、身を隠すように合図すると、息を潜めるようにして兵士の通り過ぎるのを待つ。兵士達の進行は思いの外早く、ものの数秒ですれ違う。
「……ふぅ、行ったか。助かったぞ、ティオ」
「いえ、偶然ですよ」
既に吐き気は治まっていた。うっすらと額にかいた汗を拭き取ると、軽い深呼吸をする。
(――今のは、人の声? 今までは人の声だけは、聞こうと思っても聞こえなかったはずなのに……。それにしても、人の心の声を聞くのがこんなにも気持ち悪いなんて……動物や植物のような感覚が、まるで感じられなかった)
偶然的にとはいえ、人の感情を聞いてしまった事に、軽い罪悪感を感じる。
「さて、もう一息でパーシオンに帰れるぞ。カルマン、あと少し頑張れよ」
「了解です、ソリディア兵士長!」
パーシオンまでは、目と鼻の先にまで迫っていた。ティーダ達は、無事に帰り着く事ができたのだ。