24,氷結世界
「俺はセレナ……いや、敵の大将を叩きに行く」
「うむ……それはティーダに任せるしかないのだが……大丈夫なのか、そんな怪我をした状態で?」
「大丈夫じゃなくても、俺が行かなければ、セレナは皆殺しにする。戦うしかないんだ」
「そうだな……。また、お前に全てを任せる事になってしまうな。正直、すまないと思っている」
「気にする必要は無い。アンタはまだまだ必要となる人間だ。アンタの経験を活かして、あの馬鹿とかを導いてやるんだ」
ティーダはそう言い、颯爽とシュネリ湖の空を、翔ぶように走る。そんな姿を、ソリディアは申し訳なく思いながらも見送った。
(――馬鹿者。お前も必要なのだぞ? お前を、ティーダを待つ人がいるではないか。……死ぬのでは、ないぞ)
怒号とばかりの、兵士達の気合いと共に、ソリディアも戦場へと入る。今回はレジスタンス側も、温存していた兵力を使っているらしく、戦力差は攻めてきている城国軍と大差がない程である。最前線では既に戦いが始まっているのだろう。剣と剣が弾きあう金属音が、ザードリブまで聞こえる程だった。
ティーダは、レジスタンスと城国の、両方に捕まらないように、高く速く動き、いち早くセレナを見つける事を最優先とした。
(――おかしい。これだけ捜しているのに、セレナを見つける事ができない……。見逃したわけでもないはずだが……あるいは、まだ出ていないのか)
ティーダの考えは、的中していた。セレナはまだ前線に出ていなかったのだ。
「――うふふ、私が兄さんとまともに戦って勝てるわけがない。兄さんは最強のアルティロイド……勝つ為には、私好みの戦場にさせていただくわ」
セレナは、全身に力を溜めるように、掌に集中させる。すると白く輝く、光の玉が発生する。
「このシュネリ湖を制圧する前に、私なりのコーディネートをするわ……氷結世界!」
セレナの力の解放と共に、シュネリ湖は、一気に氷に包まれていく。広大な湖の水は、その力によって全て凍りついてしまっている。
「これで良いわ。さぁ、兄さん……殺戯曲、第二幕を始めましょう」
冷笑し、トライディアを装備する。セレナも、その最前線へと、己が身を進めていく。
(――どういう事だ。突然、湖が凍りつくなんて)
その異常な現象に、驚いたのはティーダだけではなかった。いや、むしろザードリブを筆頭に、シュネリ湖周辺に住まう、レジスタンス兵が何よりも驚いている。
この北の大地シュネリ湖は、寒さこそ極寒と呼べるものかもしれないが、何故か雪、あるいは氷に関係した現象が起こらないのである。それ故に、突然大地が凍りつくなんて事は、起こりうるはずのない現象なのだ。
(こんな事ができるのは、デュアリスの膨大な精神能力の成せる技だ。肉体は同じといえど、セレナも同等の事ができるみたいだな。そして、こうまで仕掛けたという事は、セレナも動き出したという事だ)
「――うふふ、御名答、かしらね」
「……むっ!?」
突然、後方からトライディアによる突撃が、襲ってくる。それを咄嗟に避けると、距離を置くように軽く後ろへ飛ぶ。
「あら、さすが兄さんですね。遊びもなにもなく、心臓を一突きして殺してさしあげようとしたのに……」
「……生憎、お前に易々とくれてやる命は、持ち合わせていないんでな」
「うふふ、見た目通りに食えない人。……ま、それも良いわ。そうなったらいたぶり殺すのも、また一興かもしれないわ」
一人楽しそうに、微笑しているセレナ。
ティーダは黙って、そんなセレナを無表情に見つめる。
「――デュアリスの為よ、死んでください、兄さん!」
微笑を終わらせると、一気に残忍な本性を表す。カルマンを刺した際には、殺意すら無かった。それはセレナにとって、その程度の事は呼吸をするのと一緒だからだ。だが、今は明確な殺意をティーダに向けている。
一気に間合いを詰めると、再びトライディアの槍の特性を活かし、そのリーチと、鋭い突きを繰り出す。
ティーダもヴェルデフレインを用いて、トライディアを捌いていく。
激しいオリハルコンの超金属音と、その衝突による火花は、近くで見ていた兵士の敵味方を問わず、その視線を釘付けにした。
「さすがです、兄さん。全ての攻撃は、貴方を殺すように仕掛けているのに、難なく避けていくなんて」
「……お前は殺気がありすぎるんだ。そこまで殺す気マンマンだと、逆に避けるのは容易いものだぞ?」
鋭いトライディアによる、突撃を避けながら、そう言葉を発する。ただ攻撃のほとんどが、気を抜けば一気に突き殺されてしまう、そんな一撃ばかりである。
難なく避けれているのは、ティーダの身体能力に大きく依存している。
「セレナ……と、いったな。デュアリスを出せ、お前には用は無い!」
「デュアリスを? デュアリスを出してどうする気?」
「決まっている、ここから退いてもらうように説得する。お前に言っても無駄だろうからな」
「――くっ、あっはっはっは! 兄さん、動きはキレても、頭のキレは鈍いみたいですね。私がデュアリスを出すと思って? せっかく表に出たのに、また裏に戻る私じゃないわ」
まさに馬鹿にするかの如く、高らかに笑ってみせる。
姿を見ても、ティーダは表情を変えず、極めて冷静だった。
「――もう一度言う。デュアリスを出すんだ」
「……答えはノーに決まっているでしょ?」
「……ではどうすれば、デュアリスを表に出せる?」
「そうねぇ、人格交代の条件には、わかっているだけでも三つあるわ」
セレナは人差し指、中指、薬指の 三本の指を立て、相変わらずの妖しい笑みを浮かべている。
「一つは精神的に追い詰められた時」
(――そうか、デュアリスがセレナに交代したタイミング。デュアリスにとっては王の命令と、俺の頼みとの板挟みになっていた)
「二つ目は、自分の意思で人格交代する事。……当然だけどこれは無理ね、私は交代する気なんて微塵も無いわ。――そして三つ目は現在の主人格の意識を断つ事ね」
そう、セレナから人格交代の、具体的な条件が述べられた。
「なるほどな。それがお前達の交代条件か。そしてお前が口の軽い奴で助かったよ、それならば三つ目の条件を達成させるのみだ」
「うふふ、できるのかしら? いくら最強のアルティロイドだからって、私をそう易々と倒せると思ったら大間違いよ」
「……そうだな。だが、やらなければならないのなら、俺はどんな手段を使ってでもやってみせるさ」
「そう、ですか。……兄さん、私がどうして大地に氷化粧を施したかわかりますか?」
セレナは、自分で作り上げた氷世界を、ゆっくりと見回しながら問う。
ティーダの考えとしては、自分に有利な条件にする為のもの。自分自身がフィールド形成能力を持っていない為、詳しい心情までは読み取れなかったのだ。
「わかるけどわからない……そんな顔をしていますね。それでは半分の正解と、半分の不正解です。と、いっても、大方の正解はしていると思いますけど……」
「御託はいらない。何かがあるのなら、それで来れば良い。お前の全てを打ち砕いて、デュアリスを引っ張り出す!」
言葉通り、全てを倒して進む気迫を見せている。
挑発を受けたわけではないが、セレナもつられて戦闘意欲をかき立てる。いずれにしても、最初に挑発したのはセレナであり、この場合、先に動くべきなのもセレナである。
(兄さんには力押ししても勝てない。……どんな卑怯な手を使おうと、私はデュアリスの為に勝ってみせる。それが、私のこの世界に生まれ、デュアリスに寄生している最大の使命!)
目を瞑り、心の中で気持ちの整理をつけていたセレナは、その決心がつくと、カッと目を見開いた。
「……全力で、殺してみせます。行きますっ、大地の氷棘!」
勢い良く、自身の左手を下から上へと掲げる。
「――むっ!?」
すると、ティーダの足元から、無数の氷の棘が形成される。咄嗟に上空に逃げたティーダを、セレナも追撃する。再びオリハルコンの剣と槍による、火花散る攻防が行われる。
セレナの攻撃は、見た目以上に鋭く速い。単純な戦闘能力ならば、風の騎士ジュークと引けをとらないであろう。しかし、単純に戦ってしまえば、セレナがティーダに勝てる道理はない。ティーダを抜きにすれば、戦闘能力の最も高いのは爆炎の騎士ラティオだが、そのラティオでさえ、善戦したとはいえ真っ向勝負において、ティーダに敗れたのだ。
「どうした、その程度では俺には勝てないぞ」
「うふふ、焦っちゃいけませんよ、兄さん――」
(――しかし、先の戦いによる傷が癒えてないはずなのに、ここまで戦闘差があるなんて!)
言葉の割に、焦りではないが、内心良く思っていなかったのはセレナだ。予定では不意打ちによるダメージがある為、肉弾戦でもそれなりに対抗できるはずだったのである。
(もっと弱らせる必要がある。そういう事ね……)
最後の突撃をわざと防御させ、その瞬間に後方へ下がる。そして後方へ飛ぶのと同時に、先程と同じように左手を勢い良く掲げた。
「――飛べ、飛翔する氷棘!」
すると、形成されたグランドニードルが、ティーダ目掛けて足元から襲ってくる。
「ちぃっ……!」
向かってくる氷の棘を、自分も火の幕を張る事により、かわしていく。氷の棘は、火の熱により無惨にも溶けていく。
「はっ!」
その防御行動による、一瞬の隙を見逃す事無く、セレナはトライディアによる追い討ちをかける。しかしこれだけ揺さぶりをかけても、ティーダの剣の防御を突破する事ができない。いや、ダメージが無いわけではないのだ。現に所々でかすり傷程度なら与えている。しかしかすり傷をどんなに与えても、それではこの最強のアルティロイド、火の騎士ティーダを倒す事はできない。
「……何ていう防御力、いえ戦闘センスというべきかしら。これなら最強のアルティロイドというのも、 ラティオの馬鹿がやられたというのも信じられる」
「……いや、戦闘センスはお前の方があるぞ、セレナ」
「どういう、意味かしら?」
「これは俺の当てずっぽうの推測だが、お前はデュアリスに寄生したのは数年も前の事だろうが、その事 実としては戦闘経験はあまり無い、もしくは全く無い、違うか?」
「――えぇ、確かに私は兄さんの推理通り、これといった戦闘経験はありません。それが何か?」
「だからだよ。戦闘センスが凄いところは、経験が全く無いにも関わらず、俺と渡り合っている。自慢する気は無いが、俺はアルティロイドにこの身を改造されてから、幼い頃より実戦を経験させられた……それだけ、人も殺した」
その話を、セレナはただ黙って聞いている。
「わかるか? だからこそお前は凄いんだ。そのセンスは尊敬に値する」
「……どうも」
「だが逆に経験の無さが、この俺との戦いに勝てない理由にもなる」
「ほぅ、それはどういう?」
「わからないのか? 天才的なセンスで、経験が無いにも関わらず、互角の戦いができている。しかし経験が無いからこそ、ここからもう一伸びができない。だから攻撃回数の割に、致命打を当てられない事に、焦りなんか感じてしまうんだ」
ティーダは、セレナの心の中の焦りを見抜いていた。しかしそんな言葉を聞きながらも、その動揺を表に出さなかった。
「なるほど、戦闘経験の不足。それが私の弱点ですか……」
「そういう事だ。組み手とかだったら、ここで終わりにしても良かったが……生憎と今は実戦中だ。その 天才的センスが覚醒する前に、お前の意識を断ち、デュアリスを出してみせる!」
これまでのスピードとは、一線を画した速さで、セレナに斬り込む。この速さはやはり電光石火と形容するのが相応しい。
「――くっ!」
その身のこなしも、剣の走る速さも、全てが電光石火。セレナもトライディアを盾にして、かろうじて防御する事が精一杯になってしまう。
(これが、本気を出した兄さん……なるほど、私なんかでは話にならない。根本的にデキが違いすぎる。センスとか経験の差とかうんぬんの話じゃない!)
何とか防御だけでもできているのは、ティーダの攻撃がセレナを殺す目的ではなく、デュアリスを覚醒させる事にあるからだろう。事実、殺気を持って攻められれば、一瞬で葬り去られてしまうのは、戦っているセレナが一番わかっている。
(――もう、限界ね。物理的に戦っては、勝てないのは明白だし、何よりも、もう守りきれない。……切り札だったんだけど、使わざるを得ないわね)
その防御の壁の向こう側で、セレナは気づかれないように、ほくそ笑んでいる。
ティーダは、そんなセレナの企みを見つける事ができずに、怒濤の攻めで追い詰めていく。最も気付く事ができても、はたして避けられたのかは定かではない。
「……氷結爆弾」
「……っ? ――ぐぅっ!?」
セレナが小さく、その言葉を発した。ティーダもはっきりとは聞き取れなかったが、何かを呟いたのがわかった。
しかし、その瞬間である。突然、ティーダの腹部に激痛が走り出す。まるで不意打ちを受けて、氷の刃が刺さった時のように。
咄嗟に刺されたのかと思い、セレナを見るが、その両手はトライディアを握っている。氷で形成した飛び道具らしきものすら見えない。だが確かにティーダの腹部からは、おびただしい量の血が流れ出ている。そしてそこは氷の刃で刺された場所と、寸分違わぬ位置だった。
(馬鹿なっ、こいつは一体何をした!? 反撃の隙は与えなかったはずだ……)
「どうです、さすがに効いたでしょう? 同じ位置を攻撃されると。一回目は刺されて、二回目は内部から爆発です」
(内部から爆発? ……まさか!)
「お気付きになられたようですね。最初に刺した時点で既に仕掛けられていたんですよ。氷の爆弾が、ね。癒えてない傷もそうですけど、体の中で氷が拡散するのも痛いでしょうね。経験が無い私でも、それぐらいは予想できますよ。……ふふふ、あーはっはっ!」
「……貴、様!」
通常、刺された程度の傷ならば、アルティロイドの自然治癒で簡単に治ったはずだったのだ。それが全く 完治しなかったのは、セレナに宿っている氷の獣の魔力が働いていた為だった。
「さぁ、今度は私が一方的に攻撃させていただきますよ。……卑怯なんて仰らないでくださいね? これは遊びでも模擬戦でもないんですから。これは……命のやり取りをしている戦争ですから」
見下すような笑みを浮かべ、セレナが襲いかかる。