第1話(1) 嘘つきな僕らと、ハートを抱えた猫
針田虎太郎の部屋は、今夜もだいたい散らかっていた。
床の上には飲みかけの炭酸ジュース。ローテーブルには封の開いたポテトチップスと、食べかけのチョコ菓子。ソファ代わりにしている大きなクッションには、脱ぎっぱなしのパーカーが引っかかっている。
お世辞にも片づいているとは言えないが、ゲームをするには十分な空間だった。
「っしゃあ! そこ!」
コントローラーを握りしめ、画面の中のキャラクターを勢いよく動かす。派手なエフェクトとともに、格闘ゲームの自キャラが相手へ突っ込んでいった。
隣に座る根石要が、苦々しく舌打ちする。
「うわ、今の通るのかよ」
「通るんだよ。実力だからな」
「実力っていうか、今のほぼぶっぱじゃん」
「勝てばいいんだよ、勝てば」
「出た。針田の性格悪いとこ」
「うるせぇ」
得意げに笑いながら、さらにボタンを押し込む。相手の体力ゲージは残りわずか。このまま押し切れる――そう確信した瞬間、要のキャラクターが急に身を引いた。
「はい、読んでました」
「は?」
カウンターが一閃。虎太郎のキャラクターが宙に浮き、そこから容赦のない空中コンボと追撃が叩き込まれる。仕上げとばかりに、画面いっぱいに必殺技の演出が広がった。
「ちょ、待て、今のはなし!」
「なしじゃない。入った」
「いや、今の絶対ラグっただろ!」
「オフラインでラグのせいにするなよ」
画面には、無情にも『YOU LOSE』の文字。虎太郎がコントローラーを握ったまま固まっていると、隣で要が満足げに背伸びをした。
「はい、俺の勝ち」
「……もう一回」
「いやいや、今ので三本先取終了だろ」
「今のは事故!」
「事故も含めて実力ですー」
要はニヤニヤしながら、ポテトチップスを一枚つまんだ。軽い音を立てて噛み砕きながら、わざとらしくこちらを覗き込んでくる。
「で、どうする?」
「何が」
「このまま普通に終わるだけじゃ、つまんなくない? せっかくお前の家まで来てんだからさ。ただ対戦して終わりじゃ、いつもと同じじゃん」
「いつもと同じでいいだろ。何だその言い方」
「若者なんだから、もっと刺激を求めようぜ。――負けた方、罰ゲームな」
虎太郎は思わず眉をひそめた。
「大学生にもなって小学生みたいなこと言うな」
「大学生だからこそ、こういうのが楽しいんだろ。次の一戦で負けた方が、勝った方の言うことをひとつ聞く。どう?」
そう言いつつ、虎太郎の胸にも少しだけ火がついていた。確かに罰ゲームがあるとなれば、多少は燃える。
要はそれを見抜いたように、コントローラーを軽く掲げて挑発してきた。
「怖いならやめてもいいけど? 針田、負けるの嫌いだもんなー。言い訳できない勝負は避けたいよなー」
「誰が避けるか! やってやるよ、次でお前ボコる」
「言ったな?」
「じゃあ、負けた方は絶対だからな」
完全に乗せられている自覚はあったが、今さら引けなかった。
要は強い。けれど自分だってこのゲームにはかなりの時間を費やしている。さっきのはただの不運だ、次は勝てる――。
そう思っていたのに。
「はい、終わりー」
「……は?」
数分後、虎太郎のキャラクターは画面の端で綺麗に転がっていた。
「いや、待て。今のはマジでボタンの入力が入ってなかった」
「だからオフラインだって」
「道具の調子が悪いんだよ、最近ちょっと反応が……」
「出た、負けた時だけ道具のせいにするやつ」
要は笑いながら、虎太郎の手元からコントローラーを取り上げた。悔しさのあまり床を軽く蹴る。
「くそ……。分かったよ、コンビニ行ってアイス買ってくればいいんだろ」
「そんな普通の罰ゲーム、面白くないじゃん」
要の目が、妙に楽しそうに濁った。嫌な予感がして身構える。
「おい、何する気だ」
「針田のスマホ、貸して」
「嫌だ。個人情報の塊だぞ」
「言うこと聞く約束だろ。ちょっと操作するだけだから」
「もっと駄目だろ!」
慌てて手を伸ばしたが、一歩遅かった。ローテーブルの端に置かれていたスマホを、要がひょいと持ち上げる。
「おい、返せ!」
「パスコードは?」
「言うわけねぇだろ!」
「へえ、針田って負けた時だけ約束破るタイプなんだ。ゲームでは偉そうに『勝てばいい』とか言ってたのにさぁ」
「……チッ、〇〇〇〇だよ!」
渋々パスコードを告げた瞬間、猛烈に後悔した。要の口元が完全に悪だくみの形になっている。
「よし」
「変なことすんなよ! 人のSNSに勝手に投稿するとか、変な写真送るとか……」
「そんな雑な嫌がらせしないって。見るな見るな、今だけこれは俺の罰ゲーム道具だから」
身体をひねって画面を隠す要の指が、メッセージアプリを開く。虎太郎の背中に嫌な汗が流れた。
「おい、マジで待てって!」
「えーっと、履歴、履歴……」
トーク一覧には、家族、バイト先、大学の友人、ゲーム仲間といった名前が並んでいる。その中で、要の指がぴたりと止まった。
「石上朋也」
心臓が、ドクンと嫌な跳ね方をした。
「……そこはやめろ」
「なんで? 怪しい」
「怪しくねぇよ。同じ授業取ってるだけだ」
「石上って、あれだろ。占い好きで有名なやつ。女子にめちゃくちゃ人気あるよな」
「知らねぇよ」




