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5◇本当に、ささやかな

 







 潜入から一月が経過したが、経過は順調すぎるほどに順調であった。


「で、もうヤッたのか?」


 『蛙』に経過報告をすると、小太りの男はそのようなことを訊いてきたのだ。


「下衆が」


 ロランは吐き捨てるように言うが、『蛙』はどこ吹く風だ。


「つーことは、まだか。まぁ、仮にも貴族令嬢だもんな」


 貴族は血を重んじる。

 だからこそ、未婚の女性に求められるのが貞淑さであった。


 性的に奔放な者では、嫁に迎えたあとで生まれた子供が、自分の家の血を継いでいるか定かではない、ということだろう。


 隔離されているとはいえ、ディーナも貴族令嬢。

 ロランに心惹かれている様子はあるが、それだけで身体を許すことはない。


「気色の悪い笑みを浮かべるな」


「んだよ。大事なことだろうが。ていうか、そこも計画に入ってんだからな?」


 ディーナの父は、後妻ほど娘を嫌っているわけではないようだ。

 仮にだが、彼女が本当に呪われていて、ロランがそれを解呪できれば、屋敷に戻すことも真剣に検討しているようだ。


 しかしそんな当主も、娘がまじない師と肉体関係を持ったとなれば、擁護はできない。

 もし呪いが解けても、そのような娘を娶ってくれる者はいないからだ。


 依頼主は、ディーナをどこまでも絶望の底に叩き落としたいらしい。


「……仕事は果たす。お前の妄想のネタにされるのが不快なだけだ」


「はは! そりゃ悪いな!」 


 悪びれもせず笑う『蛙』。


「……もう行く」


「しっかし、普段は正義の味方やってる『蛇』が、貴族ってだけで無垢なお嬢さんを呪い殺すとはねぇ。一体、何があったんだ?」


 ロランはただ黙って、『蛙』を一瞥した。

 小太りの男はすぐに両手を掲げ、降参とばかりに笑う。


「無用な詮索だったな、悪い悪い」


 ロランは黙って狭い事務所をあとにする。


 ◇


 かつて、ロランの一族は、小さな村でつつましく暮らしていた。

 世間から迫害されたまじない師が集まって出来た、まじない師だらけの村だった。


『この力を、自分の為に使ってはいけないよ』


『誰かを助ける時にだけ使うんだ』


 特別な力を持っている、優しい人達が、ロランは好きだった。


 ある時、村の噂を聞きつけて、助けを求める者がやってきた。

 心優しい村の人達は、それを助けてしまう。


 今でも思う。

 この時点で、みんなを止めていれば、と。


 弱者を救済したところで、その者が恩義を感じてくれるとは限らない。

 次々と頼みごとをする者が村に押しかけ、まじない師の領分を越えているからどうしもない問題でも「なんとかしろ」と喚き立てる始末だった。

「前のやつは治したんだろう」と、当然の権利かのように主張した。


 やがて村の存在は貴族の耳にも入り、悪霊に取り憑かれていたその貴族を助けることに成功。

 だが、待っていたのは報酬ではない。


 霊をどうにか出来るのなら、特定の人物に悪霊をけしかけることも出来るのではないかと言われたのだ。

 しかし、村人たちは、それだけは出来ないと断った。


 そして、ロランを除く村人は、皆殺しにされた。


 自分に協力しない者は要らない、あるいは他の貴族に協力されては厄介など、貴族なりの理屈はあったのだろう。


 だが、全ては理不尽の一言に集約される。


 ロランはその日、両親と喧嘩して一人森で家出ごっこをしていたおかげで、助かった。

 どうせいつかは戻るしかないのに、意地を張って家を出た。


 だが、腹が減って渋々家に戻ると、村人全員が殺されていた。


 ロランの最初の殺人は、村に残っていた貴族の私兵の一人。

 そいつは、村から金目のものを漁ろうと残っていたのだ。


 ロランはその者に悪霊をけしかけ、黒幕の貴族に関する情報を全て引き出すと、その私兵を祟り殺し、復讐の為に悪霊を集めた。


 簡単だった。

 いくら温厚で優しい村人たちでも、このような仕打ちを受ければ魂が恨みに染まる。

 彼ら自身の魂を引き連れ、ロランは復讐を果たした。


 悪霊に取り憑かれて正気を失った貴族は、自分で自分の心臓をえぐり出して死んだ。

 その妻も、娘もロランは呪い殺した。


 だって、笑っていたのだ。

 ロランの村の人間を虐殺したことを、一家揃って、下品にゲラゲラと、まるで笑い話でも聞いたみたいに。


 民から搾り取った金で己を着飾ろうとも、中身の醜悪さは隠せない。

 善良な者を際限なく利用しようとする悪人も。

 平民の命をなんとも思っていない貴族も。

 この世から減った方がいいに決まっている。


 あぁ、だが自分も大して変わらない。

 人を殺すことで糧を得るような生活に身を窶しながら。

 自分だけは残りの人生を静かに過ごしたいなどと、傲慢なことを考えているのだから。


 ◇


「ロラン様」


「なんでしょうか、お嬢様」


 ディーナの部屋で紅茶を飲んでいると、少女がもじもじした様子でこちらを見ている。


「えぇと……そのですね……」


「私はお嬢様の『お話相手』なのですから、なんでも仰ってください」


 微笑みと共にそう語りかけると、少女は意を決したように口を開く。


「な、名前っ、を、呼んで頂きたい……な、と」


 後半は消え入るように、そんなことを言う。

 ロランは少し驚いたように目を見開いてから、こぼれるように笑う。

 もちろん、演技だ。


「よろしいのですか?」


「も、もちろんです……!」


「それでは、ディーナ様」


 まるで、彼女の背後に花畑でも出現したかのようだった。

 パァッとディーナの顔が華やぐ。

 内心の幸福感を、ここまで表に出せるとは。


 ロランは頬を染め、頬を掻く。


「照れてしまいますね」


「う、嬉しかった、です」


「では、慣れるように努力いたします」


「よ、よろしくお願いしますっ」


 ここまで初心(うぶ)な者がいるのかと、ロランは内心で驚く。

 それほど、ディーナという少女は純心であった。


 ちくり、と胸を刺す痛みを、ロランは無視した。


 ――どんな人間であっても、貴族は貴族。


 この娘がこのような性格に育つことができたのも、貴族という立場あってこそだと、自分に言い聞かせる。


「では、ディーナ様。本日はどのようなお話をいたしましょう」


 話し相手として雇われてから、ロランは彼女に様々な話を語ってみせた。


 船で海を渡った話、樹海で迷った話、砂漠をラクダに乗って越えた話、雪山を踏破した話などなど、故郷を出てからの経験を語るだけで、少女は目を輝かせた。


 もちろん、ロランが手を染めた悪事については、話から省いている。


「ロラン様は、各地で、まじない師として活動されていたのですよね?」


「そうですね」


「他のまじない師のかたに会われたことはあるのでしょうか?」


 ある。

 まじない師だらけの村で生まれ育ち、お前たち貴族に全員殺されたのだ。

 とは、口にしない。


「まじない師を語る偽者は多くいますね。本物となると、数えるほどでしょうか」


「こう、どのようにして、その力を得るのでしょうか」


「先天的なもので、持って生まれなければ、まじない師になることはできません。持ってさえいれば、努力で力を磨くことはできますが」


「まじない師のかたは、死した者と語らうことができると聞いたことがあるのですが……」


「そうですね。ただ、その者の魂が現世に残っている必要があります。どういうわけか、負の感情を抱えて死んだ者の魂ほど現世に残留しやすいようです」


 だから、ロランは殺し屋として力を活用している。


「幸福に亡くなったかたは、そのまま天国に行かれるのでしょうか」


「そうであるとよいな、とは思っています」


「……では、その、わたしの母は、このお屋敷におられますか?」


 彼女の母は既に亡くなっている。


「いえ、おられませんでした」


 この一ヶ月で、ディーナから実母の話を聞く機会があった。

 念の為、屋敷に住まう霊の類は確認済み。


「そうですか……よかった……」


 普通、大切な者を亡くすと、再び逢うことを求めるものだが。

 彼女は母が地上に縛り付けられなかったことを、幸いに思っているようだ。


「ディーナ様のような素敵な女性の母君なのですから、きっと素敵なお方だったのでしょう。きっと天の国に迎えられていますよ」


「あ、ありがとうございます」


 些細な言葉にも、いちいち顔を赤らめるディーナ。

 この調子ならば、仕事を果たすことも容易いだろう。


「ロラン様のお言葉はどれもお優しくて、幸福のおまじないのようですね」


 まるで贈り物でもされたように、両手を胸の前にあてるディーナ。


「光栄です」


 辛い時、救われたい時に唱える言葉というのは、無数に存在する。

 神に祈る者もいれば、先祖や母に祈る者、精霊や悪魔に祈る者だって。


「ですが、この世には悪しきまじない師もおります。どうかお気をつけください」


 何故、そのようなことを言ったのか。

 ロランは自分のことなのに、理解できなかった。

 だが動揺を表に出すことはなく、ディーナの反応を待つ。


「悪しきまじない師というと、人を呪ったり?」


「その通りです。単身で人を呪い殺せるような術者は稀ですが、死者の魂をけしかける程度は三流でもできますから」


 なにせ、子供の頃のロランでも出来たのだ。


「まぁ、怖いですね……」


 ディーナが顔を青くする。

 まじない師である自分にまでその恐怖が向けば、任務達成が遠のく。

 だというのに、何故警戒を促すような真似をしてしまったのか。


 あまりに平和ボケした少女に対する苛立ちでもあったのか。

 ロランは自分の行動をそう解釈したが、心にかかった靄は晴れない。


「私はそのようなこと致しませんので、ご安心下さい」


「えぇ、信じています」


 ロランが微笑むと、つられるようにディーナも微笑んだ。


「でも」


 と、少女が続ける。


「もし、ロラン様が人を呪うなら、それはきっとそれだけの理由があるのだと思います」


「ーーーー」


 ロランの硬直は、一瞬にも満たないものだった。

 だから、ディーナがそれに気づくことはなかっただろう。


「ありがとうございます。ディーナ様は本当に、お優しいですね」


 如才なく微笑むロランに、ディーナがまた照れるように顔を赤くする。


 ◇


 ロランは街に借りている自分の部屋で、ベッドに腰掛けていた。

 あのあと、何事もなくその日の交流を終え、屋敷を出た。


 だがロランの胸中ではずっと、ディーナの言葉が渦巻いていた。

 どこへも行くことなく、心の中に残って繰り返されている。


 復讐を終えたあと、ロランは特定の住処を持たずに各地を転々とした。そこで場に溶け込む術を身につけ、どのような場所にでも必要とあれば潜り込めるようになった。


 容姿も相まってロランを受け入れる者は多く、ほとんどの仕事は円滑に進んだ。

 それでも、悪しきまじない師と露見すれば恨みを買う。


 この街で『蛙』に出会ったことで、正体を悟られることなく多くの仕事をこなせるようになったが、互いに利用し合っているだけだ。


 虚構を肯定されるのは慣れているし、肯定されるための偽物を構築することには慣れている。

 だが、今日のあれは違った。


 ディーナは、仮定の話に過ぎないとはいえ。

 人を呪うロランの所業を、肯定したのだ。


 今のロランは、ただの殺し屋だが。

 大切な人全てを失った、あの日の自分を抱きしめられたような。

 そのような錯覚を、ロランは覚えた。

 覚えてしまった。


 そのようなことは、これまでの人生で一度たりともなかったというのに。

 心を救われてしまったのだ。


「だからなんだ」


 ロランは表情を歪める。


「あの小娘も貴族だ」


 だが、村人の死を嘲笑っていた貴族とは違う。


「いつまでも、こんな暮らしをするつもりはない」


 だから、無実の娘を殺すのか。


「…………くそ!」


 ロランは拳を寝台に叩きつける。


「……こんな、些細なことで」


 愚かしいと自分でも思うのに、最早どうしようもなかった。


「……あの娘は、殺せない」


 だが、依頼を断っても無駄だ。


 別の殺し屋が雇われるだけ。


 ロランは彼女を殺したくないのではなく、死なせたくないと思ってしまった。


「ひとまず、やることは変わらない、か」


 真実を隠し、少女を騙し、家を捨てさせる。

 だが、結末を変える。


 彼女は死なせない。




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