4◇おぞましい/うつくしい
本日複数更新
こちら4話め
視界に入ってきた少女を見て、ロランは思った。
――あぁ、なんと醜い。
これまで彼女と会った全ての人間が、その悍ましさに目元を歪めたことだろう。目を背け、震えた者さえいたかもしれない。
それくらい、彼女の姿は神話に語られる魔女そのものだった。
色の抜けたような白き長髪に、鮮血のごとに瞳。
顔の造形が異様に整っていることが、また魔女めいている。
なにせ、魔女は神を誑かすほどの美貌を持っていたというのだから。
そして、魔女の写し身は、何かに怯えるような顔をしていた。
己の醜さを、人の表情が鏡のように映す瞬間が、嫌で堪らないのだろう。
だが、無用の心配だ。
ロランは、醜いだけの者に心を動かされはしない。
だから、己の役目を果たすべく、優しげに微笑むことにした。
「なんと美しい」
「え?」
それからロランは、思わず口にしてしまった言葉を照れるよう、頬を染めながら口元に拳をあてがい、斜め下を見ながら謝罪する。
「も、申し訳ございません。一介のまじない師ごときが。ご無礼をお許しください」
片膝をついて詫びるロランに、少女が困惑するのが気配で分かった。
「あ、あのっ。顔を上げてくださいっ」
予想していた通りの言葉に、ロランはゆっくりと立ち上がり、今度は胸に手を当てて再度謝罪する。
「どうかご容赦を」
「い、いえ、お気になさらず!」
顔を赤くする少女に、ロランは再び見惚れるような視線を送り、今度は言葉は発せずに首を横に揺すった。
「ありがとうございます。以後気をつけますので」
「ほ、本当に、お気になさらないでください」
「……ディーナ様、それではお茶のご用意をして参ります」
「そ。そうねっ。お願いしてもいいかしら、ミル」
メイドの名はミルというらしい。
「失礼いたします」
メイドが去ってから、ロランは気まずい空気を十秒ほど演出し、頬を掻きながら不器用な笑みを浮かべてみせる。
「出会い頭に無礼を働いてしまいましたが、職務には真剣に取り組みますので」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
深々と礼をする少女。
「早速、始めさせて頂いても?」
「ど、どうぞっ」
耳まで赤くする姿から、男慣れしていないことが窺える。
隔離された上で男の雇人たちは近づけないようになっていたのだから、当然なのだが。
ロランは彼女に近づき、じっくりとその姿を眺める。
あまり外に出ないからか肌は白く、若いからかきめ細やかだ。
胃が小さいのか食事が質素なのか、体も細い。
それでいて胸部は膨らみに富んでおり、これも魔女の伝承と共通している。
ロランよりは背が低いが、女性にしては高い方だろう。
緊張でガチガチになっているディーナに、ロランは困ったような笑顔を向けた。
「申し訳ございません、私ではなんともいたしようがないようです」
少女の目に悲しみと諦観が浮かぶ。
分かってはいたが、それでも辛いのだろう。
ここからが、ロランの演技のしどころであった。
彼女が呪われていると嘘をつくことは出来るが、これまでも誰かにみせたことがあるのなら、診断が矛盾してしてしまう。
もちろんロランの診断を信じさせることも出来ようが、彼女の髪と瞳を常人のそれに戻すことは出来ないのだ。
ならば、最初から正直に伝えた方が余計な疑念を抱かれずに済む。
「お、お気になさらないでください」
「は、はい。ですが、これでは……」
ロランはいかにも困っています、という顔をする。
だが自分からは口にしない。
相手に訊かせるのが重要だった。
「あの、どうかなされたのですか?」
「いえ、その……私は奥様より、ディーナ様を絶対に治療するよう仰せつかっております。一日目にして、そもそも呪いなどないなどと言えば、どうなるか」
「それは……」
「いえ、余計な言葉でした。どうかお忘れください」
悲しげな顔で無理に笑みを作ってから、ロランは背を向ける。
「お役に立てず申し訳ございません。ですが、ディーナ様は呪われてなどおりません。それだけは保証いたします」
「……ま、待ってください」
――きた。
あまりに想定通りの展開だが、そのことにロランは喜びもしない。
「……なんでしょう」
「し、しばらく、通ってみてはいかがでしょう?」
「そ、それは一体どういう」
戸惑うふりをするロラン。
「わ、私の治療に専念するフリをするのです。お義母様は、ロラン様のお言葉を信じないでしょうし、このままでは詐欺師呼ばわりされてしまうやも」
ロランが本当に治療目的で呼ばれたまじない師ならば、そうなるだろう。
「要望に応えられなかったのですから、覚悟しております」
思ってもいないことを、ロランは神妙な顔で口にする。
「で、ですが、『しばらく治療したが成果が出なかった』とすれば、私が呪われていないと言うよりは、お義母様の心証が変わるのではないですか?」
「そのような、依頼主を騙すような真似は……」
「患者である私が望んでも、ですか?」
「そのようなことをしていただく理由がございません」
ディーナが頬を赤くする。
「り、理由なら、あります」
「……お聞かせ願えますか?」
「わ、私を見て顔色を変えなかったのは、貴方が初めてだったから、です」
消え入るような声で、彼女が言う。
「……それは」
同情を滲ませてはならない。
憐れむのではなく、純粋に胸を痛めたかのように、ロランは表情を歪めた。
「しばらくでよいのです。わ、私のお話相手になっては頂けませんか?」
水気を帯びた瞳で、ロランを上目遣いに見上げながら懇願するディーナ。
ロランというと、あまりにうまくいきすぎて、違和感を覚えるほどだった。
だが、その可能性はない。
自分を騙そうとしている者を助けるなんて、誰がするだろうか。自分で自分を詐欺にかけるようなものだ。
だから、ロランはその違和感を掻き消した。
「……まじない師は人を救う者。偽りの治療と言えど、それがお嬢様のお心を救う一助となれるのでしたら」
「な、なります!」
必死な様子の少女に、ロランは目を丸くしてから、こぼれるような笑みを向けた。
「ありがとうございます。それでは、しばらくご厄介になります」
「は、はい!」
花が咲くような笑顔は、魔女だという先入観がなければ、掛け値なしに美しいものだったが。
やはり、ロランは何も感じないのだった。
まじない師ロランは、まだ己に豊かな心があった頃の記憶を頼りに、感情表現を再現しているに過ぎない。
そうでなければ、貴族の娘に微笑みかけるなどといったことができるものか。
幼いロランの家族を、友人を、大事な人全てを奪ったのは、他ならぬ貴族だというのに。
そのようなことを考えながら。
ロランはディーナに見惚れたような顔を作る。
ほどなくして、メイドが茶を運んでくるまで、ロランは甘ったるい空間を演出することになる。
◇
ディーナは、目の前の青年に心を奪われてしまった。
はしたなくも明言するならば、初恋であった。
甘い容姿、とろけるような笑顔、柔らかな声、宝石の輝きのような眼差し。
胸が締め付けられるような、甘い苦しみに襲われ、これが恋なのかと衝撃を受けた。
ロランは、あまりに完璧だった。
あまりに完璧な、嘘つきだった。
――なんて素敵な人なのかしら。
こんなにも醜いわたしを見ても、眉一つ歪めないだなんて。
ディーナは彼が殺し屋であることも、義母の思惑も知っていた。
その上で、彼女はこの幸運に感謝した。
唯一の懸念は、自分が『気づいている』ことに彼が気づいてしまうことだが……。
その心配はないだろう。
彼は自分を騙すつもりでいる。彼の言葉に喜び、幸せを感じるようになった頃合いで、呪殺するつもりでいる。
ならば、何の問題もない。
彼の完璧な嘘を、迫真の演技を、演出される虚構を、ディーナは心より喜んでいるのだから。
呪いの子を愛する者などいない。
呪いの子を愛するふりできる者さえ、これまではいなかった。
だが、ロランほどの嘘つきであれば、自分は浸ることができる。
巧みな演技は、充分に人の心を満たしてくれるのだ。
義母は自分を不幸にしたいのだろうが、ディーナは感謝の念を抱いた。
ロランという嘘つきと巡り逢わせてくれたことは、ディーナに許される中で最も大きな幸運だから。
こんな感じの二人がハッピーエンドを迎えるまでの おはなしとなります
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