3◇依頼を引き受ける、対象に会う
本日複数更新。
こちら3話め
何故、無駄な手間をかける必要があるのか。
その理由を、『蛙』はこう語った。
「ぶっちゃけ、後妻の仕返しだな」
後妻の女は、元々当主と付き合っていた。
互いの家格を考えても、結婚は不可能ではなかった。
しかし、そこによりよい縁談が舞い込み、男は最初の妻と結婚。
現在の後妻は、その妻が死ぬまで、側室に甘んじるしかなかった。
愛を掻っ攫われた苦しみを、その娘に味わわせようというのだ。
「なるほど、忌々しい『呪いの子』を排除したいのではなく、後妻の憂さ晴らしというわけか」
「まぁ、殺しの理由なんてどうでもいいさ。いや、お前にはどうでもよくないのか。だがこいつは貴族だぜ?」
「依頼主も貴族だ。貴族に雇われるなど御免こうむる」
「でも報酬がいいんだ。二度と殺しをしなくて済むくらいにな」
確かに、このような暮らしからはさっさと脱却したいものだ。
どこか、誰も自分を知らないような場所で、静かに暮らしたい。
ロランはこのような生活に疲れ切っていた。
だが、一度足を踏み入れた暗闇から抜け出すには、金がいる。
完全にこれまでの人生全てと決別し、新たな人生を何の不安もなく過ごそうと思えば、莫大な金が必要になる。
――だからといって、その為に貴族の犬に成り下がるのか?
「……」
「じゃあ報酬を貰ったあとで、依頼主も殺せばいいだろ」
悩むロランに、『蛙』がむちゃくちゃなことを言う。
「……お前、いかれた仲介人だな」
そんなことが罷り通るわけがない。
仲介人としての信用も下がるどころでは――いや、そうか。
ロランは途中で気づく。
「普段はこんなこと言わねぇよ。だが、今回は『呪いの子』が絡んでる。つまり――」
「関係者がどれだけ死んでも、『呪いの子』に関わったから、と解釈されるわけだ」
「そうそう!」
世間体を気にしてか、『呪いの子』に生まれた娘を家から出さない当主も、それを殺そうとする後妻も、金を受け取ったあとで始末してしまえばいい。
最低の考えだ。
実行できることと、実行することの間には大きな差がある。
「そんなことをするなら、最初から強盗でもやっている」
報酬のない殺しまでするのなら、ロランは最早殺し屋でさえなくなる。
いや、違う。そんなことはどうでもいい。
だが、貴族というだけで殺しの対象にするのなら、ロランは国中を回って貴族を駆逐しなければならない。
死んでもいい、殺しても気にならないくらいの恨みはある。
だが、世界中を回るような熱量など、胸の内には残っていない。
依頼されれば殺す程度の線引きが、ちょうどいいのだ。
そこを自らの意思で超える気は、少なくとも今のロランにはなかった。
そんなロランを見て何を思ったか、『蛙』は肩を竦める。
「まぁ、好きにすりゃいいさ。俺はこの依頼、受けるべきだと思うがね。ちなみに報酬は――」
聞いた額は、面倒な働きをするだけの価値があるものだった。
これまでロランが引き受けた仕事の中で、間違いなく最高額。
そこまで、義理の娘が疎ましいく、恨めしく、呪わしいというのか。
「……わかった、引き受ける」
断ったところで、何が解決するわけではない。
ロラン以外の殺し屋が雇われ、『呪いの子』は殺される。
ならば、自分が引き受けてしまえばいい。
「へっへ、正義のまじない師も、金には勝てないか」
嬉しそうに笑う小太りの仲介人が、やけに腹立たしい。
「黙れクソ『蛙』。俺は自分を正しいと思ったことはない」
「じゃあなんで、殺す人間を選ぶんだよ。女子供を殺せないとかいうやつもいるが、俺にはとんと理解できんね。人は人だ。違うか」
「お前はただ、自分の言う通りに人を殺す駒が欲しいだけだろうが」
「ははは、バレたか」
「いいから、さっさと続きを話せ。潜入するにも情報がいる」
「はいよ」
◇
ロランが引き受けると、話は凄まじい速度で進み。
早くも、まじない師として潜入する日がやってきた。
のだが、ロランは早くもうんざりしていた。
権威づけの為だけの、無駄に広い屋敷。
約束の時間に尋ねたというのに、応接室で一時間も待たせる貴族のプライド。
おまけに、夫人本人は現れず、案内の為にやって来たのは執事だった。
壮年の執事は、こちらを一瞥するなり視線を逸らし「こちらへ」と慇懃無礼に言う。
「はい」
ロランが本物のまじない師であることは、知らされているのだろうか。
偽者だと疑っているなら詐欺師として、本物だと知っているなら得体の知れない存在として、どちらにしろ忌避するのは理解できる。
このような態度にいちいち傷つくような繊細な心は、とうに失ってしまった。
一度本邸を出て、離れへと案内される。
すれ違うメイドや庭師たちがロランを見て怪訝な顔をしていた。
ロランは彼ら彼女らと目が合う度に、ニッコリと微笑みかけた。
これからしばらく通うのだ、中の人間たちには好印象を与えていた方がいい。
まじない師として来ているのだから、無駄かもしれないが。
世の中にはまじない師に悪感情を持っていない者もいるので、試して損はない。
幸いというべきか、ロランの容姿は優れている。
彼自身はそのことを、仕事で役立つこともある程度にしか感じていないが。
「ここだ。ここから先は、別の者が案内する」
そう言い残して、執事は去ってしまう。
「……あぁ。男を惑わす『魔女』だから、近づきたくないのか」
執事の忙しない動きを理解するロラン。
そこから待つことしばらく。
離れの扉が開き、茶髪にそばかすのメイドが顔を出した。
「まじない師さまでしょうか?」
ロランは如才なく微笑む。
「ロランと申します。本日より顔を合わせることもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「あぁ、はぁ……こちらへどうぞ」
メイドは曖昧に頷くと、中へ戻っていく。
ロランも彼女に続いた。
「……失礼になるかもしれないのですが、お嬢様の呪いを一介のまじない師さまに解くことが出来るのでしょうか?」
出来ない。
そんな呪いはないからだ。
「力を尽くします」
「お嬢様の解呪については、これまで幾度となく様々な方法がとられ、全て失敗に終わりました」
それはそうだ。
存在しない呪いを解くことなど、誰にも出来やしないのだから。
ただこれに関しては初耳でもあった。
話に聞く後妻がそんな親切とは思えないから、対象の実母が存命だった時の出来事なのだろう、とロランは考える。
「お優しいのですね」
「は?」
メイドが立ち止まり、ロランに振り返って怪訝な顔をする。
「お嬢様を慮ってのお言葉でしょう? 貴女のようなメイドが側にいることは、きっと支えになっていますよ」
ロランが微笑みと共に向けた言葉に、メイドは心苦しそうな表情となった。
「……そのような美しい感情ではありません。私は……いえ」
かぶりを振って、メイドは再び歩き出す。
メイドは、世話をしているお嬢様を恐れているのだ。
なにせ、呪われた魔女なのだから。
だが同時に、哀れんでもいる。
人間は時に、このように複雑な感情を抱くものだ。
少なくとも、このメイドが自己嫌悪に陥る必要はない。
「呪いを恐れる気持ちを恥じる必要はありませんよ。それだけ信心深いということなのですから」
「……ですが、お嬢様が神をも誑かす魔女の生まれ変わりだとは、どうしても思えないのです」
「けれど、恐ろしい?」
メイドがぎりぎり認識できる程度の動きで、首肯した。
「何もおかしくありませんよ。信仰に沿って呪いを恐れ、心に沿ってお嬢様を信じている。貴女は極めて健全です」
「そう、なのでしょうか」
「私が保証しましょう。まじない師などが請け負ったところで、安心できないかもしれませんが」
冗談っぽく微笑むと、ようやくメイドも綻ぶように笑った。
どうやら事情を知らないようだが、これからしばらく顔を合わせるのだ、好感を与えておいて損はない。
思ってもいない言葉がスラスラ出てくるようになったのは、いつからだったか。
ロランも最初からこうだったわけではない。
「こちらでお嬢様がお待ちです」
「ありがとうございます」
「あ、あの」
「なんでしょう?」
「お、お嬢様のお姿を見ても、その、表情を変えないで頂きたいのです」
信心深い者が、神を誑かしたとされる魔女と同じ容姿の者を見たら。
その悍ましさに、どうあっても反応してしまう。
このメイドはきっと、そのことでお嬢様を傷つけてしまったことがあるのだろう。
だからロランに、自分と同じ失敗はしないでくれと頼んでいる。
なんと心優しいことか。
「……大丈夫ですよ」
豊かで繊細な心を持っているから、世界にいちいち反応してしまうのだ。
そのような心をとうに失ったロランにとって、人の醜さなど顔に出すほどのことではない。
ロランの答えに納得したのか否か、メイドはドアをノックし「お嬢様、まじない師さまがご到着です」と声を掛けた。
「どうぞ」
と、か細い声が聞こえる。
緊張に震えた声だ。
これから騙し、やがて殺す女の声。
ロランは何の感慨も湧かないまま、メイドが扉を開くのを待ち、部屋に踏み入る。
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