12. 悪夢の幕開け
首都セリカを発って2日が経った。
トゥルメリア国境付近までオールテレポーテーションを使ったが、国境を越えると僕でも行ったことがない、砂漠の緩衝地帯がある。
そこを挟んだ先にエルフ王国があるのだが、この緩衝地帯──今となっては一面砂漠が広がる場所ではあるが、砂漠になる前は人が住んでいたのか、長い年月をかけて風化していった建物の残骸が見受けられる。
エルフが神格化しているゼノ大森林からエルフ国に入国すれば、こんな足場の悪い砂漠から入国することもないのに。
でもそれはできなかった。
数百年前──人間とエルフは魔族に対抗すべく、同盟関係を結んだ。
種族間の争いはその当時から今でも続いているのだが、この同盟関係にはもう一つ取り決めがある。
それは──ゼノ大森林の所有についての取り決めだ。
トゥルメリア王国の北部領土の一部にゼノ大森林の南側が組み込まれている。
当時──その領有権を巡って、人間とエルフは争いが耐えなかった。
ゼノ大森林を神格化しているエルフ王国はトゥルメリア王国北部にあるゼノ大森林の南側を奪還したいし、逆にトゥルメリア王国はゼノ大森林の南側がエルフ王国のものになると、王都セリカが国境付近に隣接することになってしまう。
軍事戦略上、王都が国境付近にあると侵略されやすい傾向にあり、トゥルメリア王国側はその防波堤としてゼノ大森林の南側を防衛の緩衝地帯にしたかったのだ。
だが──その争いに乗じて魔族がエルフ王国とトゥルメリア王国両方に侵略戦争を仕掛けたのだ。
国家単体では数と戦力で劣る二カ国は同盟を結び、それと同時に両国は、ゼノ大森林に踏み込まないという、不可侵条約も締結した。
だから僕たちはゼノ大森林から入国するのではなく、南西にある砂漠の緩衝地帯から入国しなければならなかった。
でも、エルフってなんでゼノ大森林を神格化させてるんだろう。
アンジェラ先生は何かしってるかな?
「アンジェラ先生、どうしてエルフ族はゼノ大森林を神格化させているのですか?」
「それ、俺も気になってたな。出発前に色々と調べたが、それらしい文献は見当たらなかった」
「当然です。ゼノ大森林が神格化されている理由は、エルフ王国の中でも限られた者だけが知れる情報ですからね。人間側の文献に記載されてないのは当然のことです」
「じゃあ、アンジェラ先生はなぜ神格化されてるのかご存知なんですか?」
「ええ──しかし、このことはいついかなる時も他に伝え教えるのは禁忌とされてます。ましてや──他の種族に教えるなどというのは以ての外です」
それほどエルフ王国にとっては大事なことらしいな。
まさか神格化されいることを知っているのは、一部のエルフだけだとは。
だとしたら、アンジェラ先生ってエルフ王国のなかでは、かつて──位の高いエルフだったってことなのか?
だとしたら、人間との間にハーフエルフの子を授かったことは、エルフ族にとって相当不味いことしたってことになるな。
むしろ──追放されたのがまだ温情のある追放だって感じてしまう。
「神格化されていることを話せないのは仕方ないけど、でも──なんで魔族はいきなりエルフ王国に攻め入ったんだ? 神格化されているゼノ大森林に危険を及ぼせば、簡単にエルフ族を引っ張り出せると思わなかったのかな」
「それについては大丈夫です。魔族はゼノ大森林に危険を脅かすどころか、入ることすらできません。それは何故か。ゼノ大森林には神聖魔法で護られており、神聖魔法に弱い魔族は、大森林に入ろうとしたら一瞬で身体が消え去ります」
それは知らなかった。
ゼノ大森林にそんな力があるなんて。
でも──ベリアルと戦った時は魔素溜りが出来ていてかつ、ベリアルとはゼノ大森林の中で戦闘した。
じゃあなんでベリアルはゼノ大森林に入れたんだ?
「待って──なら、ベリアルは何故ゼノ大森林に入れたんですか? その話が本当ならベリアルが入れたことが矛盾になります」
「それが矛盾ではないの。魔族は入れないけど一部の悪魔はゼノ大森林に入れるの。理由はわからないけど、悪魔でも神聖魔法が使える悪魔は居るでしょ?」
そういうことか──
おそらく、この世界の人々は天使という存在を知らない。
ベリアルは元々天使だった。
だが堕天して悪魔になったが、元天使ということもあり、神聖魔法が使える。
なら──神聖魔法が使える時点でゼノ大森林に入ることが出来るのだろう。
高い魔力を持つゼノ大森林に魔素溜りを発生させ、そこから大量の魔獣やモンスターを顕現し、王都に対しスタンピードを行ったというわけか。
やはり──ベリアルは狡猾な悪魔だった。
戦闘スタイルは猪突猛進で一辺倒な感じだったが、もしそこに頭を使った戦闘だったら、僕は負けていたかもしれない。
「──さ、そろそろエルフ王国に着くころですわね」
「シェナもエルフ王国に来るのは久々です。あまり歓迎はされませんが」
「それはどうして?」
「シェナが半獣半魔の猫人族だからです。純血思想が強いエルフには、シェナの存在は軽蔑の対象ですからね」
「ウィル様──エルフ族は自分たちを高潔で誇りある種族だと自負しています。自分たちが種族の頂点だと思っているので、エルフ族と相対する時の無礼はご容赦お願いします」
深々と頭を下げるアンジェラ先生。
たまに自分の立場を忘れちゃうんだよね。
ウィル・グレイシーって今は名乗ってるけど、元々僕は王家の血筋だし、アンジェラ先生が畏まるのは当然のことだ。
王家の血筋という武器は、この遠征で有効活用できるかもしれない。
トゥルメリアの姓を名乗るのはちょっと気が引けるけど、王家の血筋が直々に支援に来たとなれば、これは大きな貸しになる。
外交にとって、貸しというのは大きな武器になる。
今のところ使い道は思いつかないけど。
砂漠の緩衝地帯を抜けると、大きな大森林が見えてきた。
森林と森林の間には、木で造られた門があり、高さは5メートルを優に超す。
目の前に着くと、アンジェラ先生は大きな声で叫んだ。
「我が名はアンジェラ・カリオペ。エルフ王国軍総司令、フリーゲル・カリオペの姉にして、元エルフ王国第三王女である。門兵、ここを開場して頂きたい」
アンジェラ先生ってそんなに凄かったの!?
初めて聞く肩書きに、僕とケインは驚きを隠せない。
「アンジェラ先生って、エルフ王国の王女様だったんだ……」
「申し訳ございませんウィル様。いつかお伝えしようと思ってたのですが、中々タイミングというのがなくて」
まあ世の中タイミングってのは重要だよね。
それが今ってことなだけだし。
「門兵ッ!! おらぬのか。我が名は──」
「──んだよッ。気持ちよく寝てたってのに、偉い邪魔……ほーん、人間とエルフかよ。それに……猫人族にハーフエルフ。面白い組み合わせだな」
アンジェラ先生の言葉を遮って出てきたのは、魔族の兵士だった。
それもその数、ざっと見て30人以上は居る。
数ではこちらが圧倒的に不利だ。
砂漠の緩衝地帯が隣接する門が魔族に占領されているということは、エルフ王国は甚大な被害が出ているということになる。
「悪いが、ここを通すってのは無理な話だな。女とぶきを置いて男は立ち去れ。痛い目は見たくないだろ?」
ニヤニヤしながら僕たちに警告する魔族。
なんとまあ、不埒な物言いでしょう。
しかし、一介の兵士に過ぎないこの魔族でも、練兵した兵士10人でやっと一人を倒せるくらいの強さをもっている。
油断はできない。
「勝手な侵略をしておいて、その不遜な物言いは看過できない。貴様ら魔族がここを立ち去れ」
だが──魔族たちは大きな声で笑った。
「不遜な物言いねぇ。立場が分かってねえのはエルフの嬢ちゃん、あんたのほうだろ」
「エルフ王国の大半は俺たち魔族が占領した。お前らが来たところで、状況なんてひっくり返すことはできねえんだよ。だから──滅亡まで俺たちと気持ちいいことしようや」
「貴様ら──」
怒りで震えるアンジェラ先生に、ノーマンは肩を叩き前に出た。
「ここはわたくしに任せなさい、アンジェラ」
「ノーマン、でも──」
「今はすでに老体の身だが、わたくしもひとりの武人だ。アンジェラが愛した地を穢すことは許されぬ」
ノーマンは構える。
だが──その姿を見て、魔族たちはまた大きく笑った。
「おいおい、人間のオッサン。無理すんなって。弱い者イジメは趣味じゃねえんだ」
「手合わせすればわかる事だ。魔族の兵士たちよ、かかって来なさい」
「おい──俺たちも舐められたモンだなぁ。テメェらッ!! あの死に急ぎ野郎を始末して来いッ!!」
「「「うらぁぁぁぁあ!!!!」」」
魔族が一斉に襲いかかってきた。
いくらノーマンでもこの数は無理だ。
「ノーマンッ!! いくらなんでも危険すぎる!!」
「ご心配痛み入ります、ウィル様。ですが──ここはわたくしにお任せを」
そういうとノーマンは一人で魔族たちに立ち向かって行った。
父さん曰く──
『ノーマンと喧嘩はするな。あいつこそアングリーベアの大群を素手で倒せる男だ』
と言っていたのを思い出す。
だが──アングリーベア以上に知性がある魔族だ。
状況が違うし、いくらノーマンでも──
「──アケチ桔梗流格闘術……」
アケチ……桔梗……どこかで聞いたことあるフレーズだ。
ノーマンはそう唱えると、ノーマンの身体から覇気が溢れ出してくる。
魔族の一人が切りかかろうとすると、ノーマンは拳を突き出した。
「破ッ──」
拳のインパクトが魔族に当たると、当たった魔族はおろか、周りの魔族も衝撃で一気に吹き飛んだではないか。
す、凄すぎる……。
しかも──吹き飛んだ魔族たちは凄まじい威力だったのか、白目を剥き泡を吹いて気絶している。
ノーマンの攻撃をもろに食らった魔族は、四肢が曲がってはいけない方向に向いていて、絶命していた。
「て、テメェらッ!! なに寝てやがるッ!!」
だが起き上がる魔族は一人として居なかった。
無理もない。
あんな凄まじい威力を食らっては、魔族といえど立ち上がるのは困難だ。
それにしても──練兵した兵士10人でかかって一人倒せるのがやっとの魔族を、ノーマンはひと突きで全滅させてしまったのだ。
「さぁ、次は貴様の番だ。魔族の兵士よ」
このおじさん、強くないですか──
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