緊急事態②
ノエルは明らかに震えていた。
説明を求められている立場でありながら、言葉が前に出てこないのは、彼女自身の自己肯定感の低さを物語っている。
どうせ自分の言葉は信じて貰えないだろう、言っても無駄だろう、そんな所だろうか。
それとも──見知らぬ人が多くて警戒しているのだろうか。
「ノエルさん──安心して話してください。ここにあなたの敵となる人間は居ません。僕たちは味方です」
「は、はい……」
少し彼女の表情が和らいだ気がした。
ノエルはひと呼吸置くと、おもむろに語り出した。
「現在──エルフ王国では、フリーゲル総司令の指揮の下、魔族の侵攻に対し防衛戦を展開してます。しかし──状況は悪化の一歩を辿り、トゥルメリア王国に居るアンジェラお母様に支援の要請をしに来ました」
なるほど──
それならダンタリオンが何故僕を殺さなかったのか合点がいく。
ダンタリオンが僕を殺さなかったのは、純粋にエルフ王国に侵攻している時に、人間側が介入してこない為の引き付けだった。
しかし──乗っ取った器の元々の人格、ジェイド・マーセナスが不用意なことを言って、それが露呈してしまった形だ。
ジェイドがそのことを言わなければ、僕たちは未だエルフ王国の窮地に気付かず、ノエルの言葉にも耳を貸さなかった可能性がある。
でも──先にノエルの話を聞くべきだった。
「だとしたら──かなり厄介だわ。ノエル、教えてありがとう」
「いいえお母様。それと──」
「なに?」
「わたしは、お母様に会いたかったです。いつかお母様と一緒に暮らせる日を夢見て、今日まで耐えてきました……」
「私は……」
アンジェラ先生の顔が曇ってしまう。
やはり──アンジェラ先生が彼女に対して抱く感情は良好ではないようだ。
自分の子供なのに、どこか敬遠しているような素振りにも見える。
「ひとつ疑問なんですが、アンジェラ先生とノーマンはハーフエルフである彼女をエルフ王国に置いてここに居るのですか? 自分の娘なら一緒に暮らしたいと思いますよね? 何故そうしないのですか? 」
純血思想が根強いエルフ王国なら、彼女が居る場所は過酷な場所だ。
ハーフエルフというだけで迫害され、蔑まれ、忌み嫌われる。
普通だったら、自身の娘をそんな場所に置かないはず。
「それは──」
「──わたくしから説明しましょう」
ノーマンはアンジェラ先生の言葉を遮って割って入ってきた。
バツの悪そうにしているアンジェラ先生よりかは、ノーマンの方が的確に答えてくれそうだ。
「わたくしとアンジェラは先程お伝えした通り、15年前──ノエルを授かりました。わたくしたちはかつて愛し合った仲です。しかし──互いの国は純血思想が根深く、同盟国とはいえそれは形骸化し、仲は良好ではありません。そんな折──ハーフエルフのノエルが生まれたと知ったエルフ王国の上層部は、ノエルの引渡しを要求し、アンジェラをエルフ王国から追放する処分を与えました」
だから、一緒に暮らせなかったのか。
純血であるが為に、ハーフエルフという混血が生まれてしまうのは、エルフ王国にとっては最大の汚点なのだろう。
自分たちの手元に置いておけば、外に漏れる心配はないだろうし、何より──確実に自分たちの手で処刑できる。
ノーマンの話は続く。
「最初は抵抗しました。大事な娘ですから。しかし──エルフ王国は許さなかった。ノエルを引き渡さなかったら、アンジェラの抹殺を行うと」
「そこで出てきたのがフリーゲルよ」
フリーゲル・カリオペ──
アンジェラ先生の弟で、エルフ王国軍の総司令。
「弟のフリーゲルは、ノエルを引渡し──身の安全を保証する代わりに、私の抹殺命令を取り下げても良いと交渉してきたわ。そして私は──」
身の安全を選んだというわけか──
そしてアンジェラ先生はエルフ王国を正式に追放され、ノエルは監禁状態になったと。
「ノエルを引き渡してしまった罪悪感から、私とノーマンは互いの道を進むことになり、私は二度と他の種族を愛さないと誓いました」
やはり──シェナがアンジェラ先生に拾われたと言われた時から怪しいと思っていたんだ。
この人は純血に拘らず、分け隔てなく誰かを愛せる心の広い方だと。
王都には彼女が運営する孤児院がいくつもあり、子供たちを保護しては面倒をみている慈善活動だってしているのだ。
孤児院を運営していることは、ノエルに対する贖罪だろうが、それでも──
「アンジェラ先生は、ノエルさんを愛してますか?」
「もちろんよ──片時もノエルを忘れたことなんて無かった。私はノエルに会いたかった」
「ノーマンは、ノエルさんを愛してますか?」
「もちろんですとも。出来るなら三人で平和に暮らしたかった……」
「ノエルさんは、二人と一緒に暮らしたいですか?」
「はいッ!! わたしはお母様とお父様の側に居たいです」
なら──もう答えは出てるじゃないか。
三人の行く末を阻むのなら、それが例え──エルフ王国でも、僕はそれを排除する。
しかも──今、エルフ王国は魔族侵攻という、未曾有の大危機に陥っている。
ここでしっかり貸しを作っておけば、エルフ王国もなにも言ってこないだろう。
「わかりました──なら、エルフ王国に行って支援しましょう」
「でも──私は追放された身。今更故郷に帰るなんて」
「何を言ってるんです。フリーゲルって人は、追放したアンジェラ先生をわざわざ頼ってまでノエルさんを寄越したんです。それをした手前、アンジェラ先生を追い返すことなど面子丸潰れもいいとこです」
それと──アンジェラ先生に頼ってるってことは、有効な対抗策が尽きかけているっていう証拠だし、今エルフ王国は余裕があるようには思えない。
「だが──今トゥルメリア王国は非常事態宣言下にある。軍は動かせないぞ」
父さんの言う通りだ。
トゥルメリア王国が非常事態宣言を出している最中、表立って軍の投入は出来ない。
こちら側も国防に徹しなきゃいけない為、もし軍を動かしたとなれば、数で勝る魔族軍はトゥルメリア王国にも侵攻を開始するだろう。
その混乱に乗じて他国が侵攻を開始するということも有り得る。
「なら──こちら側は少数精鋭で遠征しましょう。魔族は悪魔に隷属している為、もし悪魔が出てきたら、唯一の対抗手段の僕が行くのは決定として、アンジェラ先生とノーマン、そしてノエルさんが行くのは確定」
「──ちょっと待て。ウィル、お前が行くのはリスクがある」
「どうしてですか? 父上」
「もし──また王都にダンタリオンが現れたらどうする。ダンタリオンに対抗できるのはお前しかいないんだぞ」
確かにそうだが、それに限ってはないだろう。
ダンタリオンの目的はあくまでも人間の足止めだったはずだ。
でも──ジェイドの言葉によって、エルフ王国が危機に陥っているということは既に露呈している。
ダンタリオンにとってこれ以上足止めする理由は無いし、これだけ時間を稼がれたんだ。
きっと──ダンタリオンもエルフ王国に向かってる。
「大丈夫です。おそらく──ダンタリオンは既にエルフ王国に向かってるでしょう。頭の良いダンタリオンなら、わざわざ敵の多い王都で僕を捕獲するのではなく、仲間の少ないエルフ王国で捕獲すればスムーズに事が進むと考えてるはずです」
「それでも──お前が危険だってことは変わりないじゃないか」
「危険は承知の上です。リスクを払わない人間に、誰かを守る資格などありません」
それに──ダンタリオンには辛酸を舐めさせられた。
あんな完璧に敗北を喫して、簡単に負けを認めるなど僕はしたくない。
彼の手のうちは理解している。
勝てる見込みは今のところ見つからないが、遅かれ早かれ、ダンタリオンと戦うことは明白だし、もう──僕も負けたくはない。
「ウィル様が行くならシェナも行くわ。ウィル様を守れるのはシェナだけだから」
「ありがとうシェナ。とても心強いよ」
「お褒めに預かり光栄です」
人選はこんなものだろう。
父さんは非常事態宣言下で国防の任務があるから遠征には参加できない。
アリスはこの国の王女だから連れて行けないし、シノとケインは強いとはいえまだ学生だ。
この間のスタンピードで実践は詰んだだろうが、それは魔獣やモンスターとの交戦であって、今回は練兵した兵士10人でかかって勝てるかやっとの魔族を相手にする。
連れて行った所で命を無駄にするのは目に見えている。
「ウィル──俺も連れて行ってくれ。このまま負けっぱなしってのは、俺のプライドが許さない」
「ダメだ。ケイン──君は死にたいのか?」
「そうじゃない。俺だって戦えるって証明したいんだ」
「君は強いよ。でも──これはそう生ぬるい言葉で片付けられるほど簡単な話じゃないんだ」
「でも──」
「──いいじゃねえかウィル。連れて行ってやれよ」
父さんの意外な言葉に僕はびっくりしてしまった。
まさか──父さんがケインの帯同を許可するなんて。
「でも父上──ケインはまだ魔族と戦えるほど力はありません。ケインをこのまま向かわせて死なせるのが分かってて、僕はそんな非道なことはできません」
「お前だって魔族と戦ったことないだろう。確かに魔族は悪魔ほどの強さは無いが、それでも強いのは確かだ。──要は何事も経験ってヤツだよ。それにケインももう大人だ。己の身の振り方は自分で分かってんだから、お前が水を指すことじゃねえ」
それを言われたら反論出来ないじゃないか。
この世界に於いて、自身の命を守ることは自己責任だし、弱い人間は弱いまま淘汰されるのは常だ。
確かに──ケインはまだまだ弱い。それは本人も重々理解しているだろう。
それを理解しているからこそ、ケインは強くなりたいと嘱望しているし、僕がそれを阻害してしまってはいけないのだ。
やはり──父さんって凄いや。
しっかり周りのことを見極めて適切な判断を下せている。
僕ももっと見習っていかないと。
「わかりました。今回の遠征、ケインも加えます。しかし──命の危険を感じたら、すぐに撤退してください」
「ありがとうウィル。必ず──力を証明してみせる」
「頑張ってねケイン。アンタ死ぬんじゃないわよ」
「今回は素直に応援してくれるんだな。でも──ありがとう、必ず自分の力を証明して、ここに帰ってくるよ」
「うるさいッ。もう……」
あれ? シノさんデレました?
いつもケインと言い争ってるのに、今回は凄く素直に頑張ってねって言うんですね。
これはもしかして、ツンデレってやつですか?
ははーん。シノさんも隅に置けないわね。
そんなこんなで、今回エルフ王国の救援に向かうメンバーは、僕、シェナ、ケイン、アンジェラ先生、ノーマン、そして──このことを報せに来たノエルに決まった。
この戦いが凄惨を極める戦いになるとは、この時の僕はなにも知らなかった──
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