幕間のひと間 その3
「ごめんね──ごめんね、ウィル。あなたを戦いに巻き込んでしまった」
「………………………………」
だが──ウィルから返事は無かった。
安らかに眠る顔。
普通人間は魔力切れを起こしても気絶したり眠ったりしないのだが、神聖魔法の使い手は違う──
神聖魔法を使う人間は膨大な魔力を使う為、人体に対する負荷がかかる。
神聖魔法と通常の魔法の魔力切れの構造自体が異なり、神聖魔法で魔力切れを起こすとゼロになるのに対して、通常の魔法で魔力切れを起こしても、魔力は1残るのだ。
だから通常の魔法を使用して魔力切れを起こしても気絶したりしないことになる。
だからといって神聖魔法を行使して、魔力切れを起こしたからって死ぬことはないが、あまり行使しすぎると、返って自身の身体に悪影響を起こすから、みんな本気は出さないんだけどね。
まさか──こんなところでベリアルと会うなんて、予想以上に相手の勢力は勢いを増してきている。
やはり──既に彼の存在が相手にも周知されていることになる。
でもどうしよう──ウィルに私が秘密を隠していることがバレてしまった。
戦いの準備が整うまで隠し通そうとしたのに。
ベリアル──ことごとく私の邪魔をしてくる。
それよりもまず、ここから脱出しないと。
私たちは辛うじてベリアルを退けたけど、ここが何階層なのかも分からない。
インペリアルドラゴンの死骸を見る限り、ここは80階層といったところか。
実力も知恵も何もかも劣っている私たちが居ていい場所では無いのだ。
だからと言って──この脱出用リングが正常に作動するか分からない。
ここは私も、腹を括るしかない。
「ねぇ、2人とも」
「どうしたのアリス」
「悪いが、今は脱出が優先だ。話は後にしてくれ」
「いいえ、聞いてケイン」
「わかった。手短にお願いする」
ケインとシノは私の話に耳を傾けてくれた。
あとは私が勇気を出して言うだけ。
「おそらくこの脱出用リングは低階層向けの物だわ。私たちが居るのは深層で間違いないし、まず──この脱出リングは使えないと思う」
「ならどうしたら」
「私もね──使えるの、神聖魔法」
「………………はっ?こんな時になんの冗談を」
「なら──私に捕まってて。今から見せるから」
私はひと呼吸を置いて気持ちを整えた。
何せこんな大技、久々に使うんだもん。
そして私は──唱え始めた。
「親愛なる光の神よ、我が言の葉の願いを聞き光の加護を。オールテレポーテーション!!」
私たちの周りが光に包まれていく。
やはり──通常のテレポーテーションとは違い、かなりの距離を移動できるオールテレポーテーション。
魔力がごっそり持っていかれる。
それでも──私は、みんなを元の場所に帰さなきゃいけない。
そして私たちは気づいた時には、最初のダンジョン入口に着いていた。
「やった……できた」
「ほ、本当に使えるのね、アリス」
「疑ってすまない。でも、君は──」
「えぇ、私は神聖魔法を使えるの。訳あってそのことを伏せていたけど、必ず後で説明する。だから──」
「──アリス!シノ!ケイン!!」
私の言葉を遮るようにアンジェラ先生が息を切らせて駆け寄ってくる。
先生の表情から察するに、私たちが行方不明になったことは外に知れ渡っていたようだ。
「あなたたち大丈夫なの!?それに──ウィルくんはどうしたの!?」
「アンジェラ先生、事の顛末は後で説明します。でも──まずはウィルを治療してからです。王宮の医療施設までお願いします」
「でもあなた──」
「事態は急を要します。早く!」
「え、えぇ……わかったわ。みんな、私に捕まって」
アンジェラ先生のテレポーテーションで王宮の医療施設に移動した私たちは、ウィルを医療班に任せると隣接する控え室に身をよこした。
「一体どういうことなの?アリス!!」
「先生落ち着いて聞いてください。ベリアルが現れました──」
「ま、まさか──」
アンジェラ先生も驚きを隠せていなかった。
そうだよね、あの時──アンジェラ先生も、あの場に居たのだから。
そして──私は、ダンジョン内で起きた事を一から漏らさずに話した。
「もしかして、彼の御方も神聖魔法を?」
「えぇ、使いました。圧倒的な力でベリアルを退けましたが消滅した訳ではなく、おそらく──器を無くして地獄に戻ったのかと」
「ねぇ待って、アリス。私たち話に付いていけないんだけど」
「そうだ。ベリアルの陰謀もアリスたちが話してる内容も、俺たちには何もかも理解出来ない」
無理はないよね。
あなたたちにはこの国が──いや、この世界が危機に瀕しているなんて知らぬことだもんね。
あらかじめ伝えておくしかないのかな。
「これは一切の他言を禁止します」
私は話を続ける。
「ウィル・グレイシーは──いや、ウィルは、王家の人間よ。本当の名前はウィル・トゥルメリア。この国の王子なの」
「おい、嘘だろ?だって、ウィルはグレイシー家の人間じゃないか」
「いいえ──訳あって、生まれた時からグレイシー家に身を寄せ、グレイシー家の人間として育てられたの。これはごく一部の人間しかしらない」
「だから──神聖魔法が使えるのね。でも、王家以外の人でも使えるからなんの証拠にもならないわ。現にアンジェラ先生だって使える訳だし」
「その件だが──王家の人間以外にも使えるという噂は真っ赤な嘘だ」
そう──遥か昔に人間は悪魔に敗北しかけた事がある。
その時に人間の街に潜り込んだとある悪魔が、「神聖魔法は王家以外にも使える魔法だから、研鑽を積むが良い」と、嘘を喧伝し、その嘘が世の中に浸透してしまったのだ。
実際に今まで王家以外の人間が神聖魔法を使ったという記録は無いし、そもそも──王家以外使えないのだから存在しないのだ。
「──でも、何故そんな嘘を」
「ウィルが目覚めた時に全て説明します」
部屋のドアが空いた。
タキシードを着たノーマンが入ってくる。
「失礼しますお嬢様。お久しぶりでございます」
「久しぶりね、じぃや。彼の御方の容態は?」
「神聖魔法の酷使による魔力切れで、一時的に眠っておられます。回復には、最低3日はかかるかと」
「わかったわ。じぃやは彼の御方から離れず看病をしてちょうだい」
「かしこまりました」
私はそう告げると、部屋を後にしようとした。
「アリス!どこに行くの?」
不安げな顔をしているシノ。
ごめんね、シノちゃん。
今はやるべきことがあるから、あなたの側に居られない。
「ごめんね──」
私はそう言い残し、部屋を後にした──




