幕間のひと間 その15
我ら悪魔にとって吉報が届いた。
長年復活を待ちわびていた、【偉大なる御方】ルシフェル様が目覚めたのだ。
これほどまでに長かった時がようやく報われたのだ。
「おかえりなさいませ、ルシフェル様」
我はルシフェル様の御前に跪く。
だが──ルシフェル様は我々が用意したウィル・トゥルメリアの複製体ではなく、モーガン・トゥルメリアの器に入っていた。
「久しいなバアル。余が眠っている間に色々と苦労をかけたな」
「滅相もございません。我はルシフェル様をお守りするのがお役目、目覚められたことに我は心から歓喜しております」
天使たちがこの世界を見つけるまでにルシフェル様が目覚めたのは、我々にとって幸運だ。
これで──奴らと対等に戦える。
それと同時に、純粋な悪魔たちに我々の力を誇示できるのもありがたい。
「ですが、ウィル・トゥルメリアの複製体を用意させて頂きましたが、何故──モーガン・トゥルメリアの器を?」
「やはりあの複製体を用意したのはお前か。あれは余が利用するには脆すぎる。物の数分で器の崩壊が始まった」
やはり──本物の器を手に入れないとダメだということか。
複製体はあくまで複製体、コピーでしかない。
ルシフェル様の絶大なるお力の前では、複製体はもたないということだ。
「早急にウィル・トゥルメリアを確保し、ルシフェル様の御前に献上しましょう」
「それはダメだ──」
「どうしてでしょう?」
天使たちの侵攻は目前へと迫っている。
時間が無いというのに、何故ルシフェル様はお止めになるのか。
「クラウリー、説明しろ」
「かしこまりました」
我の後ろに控えていたクラウリーが前にやってきて説明を始める。
「先程、ウィル・トゥルメリアをひと目見ようと、ルシフェル様は彼と接触しました。しかし──ルシフェル様が器にするには、彼の力が覚醒仕切ってないのです」
どういうことだ?
器を手に入れれば、ルシフェル様は完全体になられ、あの忌々しい人間の世界を蹂躙できると思っていた。
なのに覚醒仕切ってない?
我にはさっぱり分からなかった。
「とにかく──余の器としてはまだ役不足だ。奴らの侵攻までまだ時間はある。それまでウィル・トゥルメリアを泳がせることにした」
ルシフェル様がそう言うのであれば仕方がない。
我は深々と頭を下げた。
「時にバアルよ、ベリアルはどうした。アザゼルも姿がないのだが」
「そ、それは……」
我は言葉に詰まってしまった。
ルシフェル様にとってベリアルは我同様、直属の部下であった。
そのベリアルが消滅したと知ったら、さぞお怒りになるだろう。
しかし──隠し通せる訳もない。
いずれかは明るみになること。
変に小細工を仕掛けて、ルシフェル様の機嫌を損ねてしまったら、我の身にも危険が及ぶ。
「どうした、ありのままを話せ」
「アザゼルは現在、クラウリーに代わって離反したアスモデウスを追っています。捕まるのは時間の問題かと。ベリアルはその……消滅しました……」
「消滅だと……? 誰に」
「ウィル・トゥルメリアです……」
我はベリアルが消滅した経緯をありのままに話した。
話していくうちにルシフェル様の表情が険しくなる。
我が話し終える前に、「もうよいッ」と語気を強めて制止した。
「大変申し訳ございません。我が居ながらベリアルを消滅させてしまいました」
「ベリアルは勇敢であったか」
「最後までウィル・トゥルメリアの捕獲を諦めませんでした。彼は勇敢に戦いました」
慣れないアウェイキングを行使して、自我が暴走し倒されたなんて口が裂けても言えない。
どうにかこの場は上手く収めなければ。
しかし──ルシフェル様の前では、我の思案など稚拙なものにしかすぎなかった。
だが我の焦燥感とは裏腹に、ルシフェル様は落ち着きを取り戻した。
「勇敢に戦ったのならそれでいい。ベリアルをまた天界に連れて行きたかったが、やられてしまっては仕方の無いことだ」
「大変、申し訳ございませんでした」
なんとか落ち着いて貰えてよかった。
我は心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「バアルよ。お前に勅命を下す。クラウリーもだ」
「はっ────」
「なんなりと──」
「先程、アスモデウスが離反したと言ったな。奴をここに連れてこい。もちろん消滅させたら許さん」
「かしこまりました。ルシフェル様の仰せのままに」
アスモデウスを連れてくる?
離反した奴になんの価値があるというのだ。
捨て置けばアザゼルに勝手に消滅させられるというのに。
ルシフェル様は何をお考えになられてるのだ。
「それでは、我はアスモデウスの捕獲に参ります」
「頼んだぞ、バアル────」
「必ずや、ルシフェル様の御前に」
我は玉座の間を後にした。
ひとつため息をつくと、横から人影のようなものがあった。
「人間か────」
我はその人間の下へと詰め寄る。
人間の男は女を庇うように前に出た。
「ティア皇女陛下、お下がりください──」
「でも──ここは私たちの国です」
そういえば、こんなチリ虫がここに居たな。
我は人差し指をスっとスワイプする。
人間の男は壁に激突した。
「──────うッ!!」
「ライト────ッ!!」
「ティア皇女陛下、ダメですよ。ここは我々のテリトリーです。チリ虫同然の人間がここに来てはなりません」
だが女は怯まない。
むしろ──我に軽蔑の眼差しを送ってくるのだ。
人間風情がなんとも汚らわしい。
「私はあなたたち悪魔からメイス帝国を取り戻しますッ!!」
「それを言う為だけに来たのなら、貴様ら人間はとてつもなく愚かということだ。やれるものならやってみろ人間──」
まだ適合した悪魔たちが居ないから生き延びているだけなのに、こうも強気で居られると我の虫の居所が悪くなるな。
しかし──この二人はメイス帝国を掌握する為の傀儡として無くてはならない存在だ。
殺せないのが惜しい──
「せいぜい大人しく隅で生きていろ。我の視界に入ったら殺す────」
そう言い捨てると、我はアスモデウス捕獲の為にその場を後にした。
しかし──今日は本当にストレスが溜まるな。
イライラも止まらない。
それもこれも全部ウィル・トゥルメリアのせいだ。
あいつさえなんとかできれば。
「この怒りは全て、アスモデウスにぶつけてやる」
そう心に誓いながら、我は足を進めた──
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