58 今日の日よ(2)
兄はいつも優しく、オレや周りのみんなに気を使ってくれる。
自分のことは後回しにしてでも、誰かのために一生懸命頑張れる。そんなひとだ。
オレはと言えば周りを気づかってはいるつもりでも、結局は自分のことを優先してしまうような気がする。
まだ本当に守りたいと思えるひとがいないからなのかもしれない。
これも年齢を、経験を重ねるごとに変わってゆくものなのかもしれないが。
兄貴はオレの憧れだ。
いつかは兄貴みたいに、自然に相手のことを気遣える人間になりたいなと思う。
* * *
野球ボールとグローブを持って、子供の頃兄貴とよくキャッチボールをしていた公園に向かう。
懐かしさも相まって、気分が高揚する。
兄貴とこんな風にキャッチボールをするなんて、本当に久しぶりだ。
もうお互い高校生と大学生だというのに、まるで子供の頃にかえったみたいにはしゃいでいる。
パーン
グローブにボールが吸い込まれる音が、夕景にこだまする。
「お、なかなか上手いじゃないか。まるで高校球児みたいだ」
兄貴がおどけて言う。
「高校球児ですけど」
オレもおどけて返す。
「そうだったな」
ハハハと笑い飛ばす兄貴にオレは言ってボールを投げた。
「最初に教えてくれたひとが良かったからね」
パーン
ちょっとばかし照れくさかったけど。
「お! それ、俺のことか?」
パーン
「まあねー」
パーン
満更でもない様子の兄が微笑ましくもあるが、どうしても拭えない違和感というか、胸のざわめきを憶える。
なにかひっかかりはするが、考えないようにと自分の気をそらすように、軽い気持ちで話題を変えた。
「それで、兄貴は優希さんに告白したの?」
オレが言うと、兄貴は投げようとしていたポーズのまま一瞬止まり、ゆっくりと右手を下ろす。
「それな」
切なげに見える兄貴の表情に、オレは聞いちゃいけないことだったのかと反省する。
兄の少し茶色に染められた髪が、夕暮れの生暖かい風に靡いた。
髪の毛を染めてはいるが、兄貴は別にチャラチャラしている訳ではない。バイトだって頑張っているし、大学だってそこそこ頭の良いところに通っている。将来は大手企業に就職するのだろうか、それとも夢を追い続けるのだろうか。
「そろそろ帰ろっか」
兄の言葉にオレは頷き、夕間暮れの中、家へと向かった。
途中、兄はひと言小さな声を発した。
「気にかけてくれてありがとな」
オレは考えなしに放った言葉を悔いた。
「夕飯のあと、聞いてくれるか?」
兄はそう続ける。
「話したくなければ、ムリに話さなくていいんだよ」
オレが言うと、兄貴は小さく微笑んだ。
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